第103話:返事の行方
「助けてあげたでしょ?」と書かれた真白のノートを見つめたまま、蓮は小さくため息をついた。
心臓のバクバクはまだ収まっていない。それが先生に見つかりかけた緊張のせいなのか、それとも、すぐ隣でクスクスと悪戯っぽく微笑んでいる真白のせいなのか、蓮には判別がつかなかった。
(……完全に、また真白のペースだ)
悔しいが、先生の指名を切り抜けられたのは真白がノートで見せてくれた『82ページ』の文字のおかげだ。貸しを作られた状態のままでは、この「授業中バトル」を終わらせるわけにはいかない。
蓮はシャープペンの芯をカチリと一つ出し、真白に見えないように手元を隠しながら、自分のノートの端に素早く文字を書き込んだ。
『……ありがとう。でも、次は負けないからな』
小さく折りたたんだそのメモを、先生が黒板に背を向けた瞬間に、真白の机の端へと滑らせる。
真白は、すっと伸びた綺麗な指先でそのメモを開いた。
書かれた文字を読んだ彼女は、声を立てずに「ふふっ」と肩を揺らす。そして、楽しげに目を細めると、今度は自分のノートではなく、蓮から送られたそのメモの裏面にサラサラと何かを書き込み、すぐに蓮の机へと押し戻してきた。
蓮はゴクリと唾を飲み込み、机の下でそのメモを広げる。
そこには、真白の丸っこくて綺麗な文字で、こう書かれていた。
『じゃあ、今日の放課後、”次”の勝負しよっか。負けた方は、駅前のクレープ屋さんで好きなトッピングを奢る。どう?』
(クレープ……! いや、そんなことより放課後に勝負だって!?)
不意打ちの「放課後の約束」に、蓮の耳がカッと熱くなる。
真白は窓の外を眺めるフリをしながら、いたずらが成功した子猫のような笑みを口元に浮かべていた。
キーンコーンカーンコーン――。
絶妙なタイミングで、4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
途端に、教室の中がガヤガヤとした日常の騒がしさに包まれる。
「じゃあ蓮くん、そういうことで。放課後、校門の前で待ってるね」
真白は教科書を机の中にしまいながら、蓮にだけ聞こえる小さな声でそう言い残し、クラスの女子たちの輪へと歩いて行ってしまった。
一人席に残された蓮は、手の中のメモをぎゅっと握りしめる。
チャイムが鳴ったことで、お昼休みの賑やかな空気が教室を満たしていく。しかし、蓮の頭の中は、すでに放課後のことでいっぱいになっていた。
(放課後……絶対に勝って、真白の驚いた顔を見てやる……!)
チャコールグレーのマフラーを自分の机の横にかけ直しながら、蓮は密かに、放課後のリベンジマッチに向けて闘志を燃やすのだった。




