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ざわめきの収まらぬ会場に、ナタルの朗々とした声が響いた。
「続いて――ジーンvsリン!」
その一言が投げかけられた瞬間、観客席のあちこちで小さな歓声やどよめきが生まれる。期待と驚きが混じり合ったざわめきだ。名の知れた強者と、悪名高い奇人が並び立つのだから当然である。人々の視線は一斉に舞台へと注がれ、そこに立つ二人を値踏みするかのように鋭く光った。
発表が終わると、ナタルの部下らしき人物がジーンを促し、対面の場へと案内する。軽やかな足取りで進むジーンの姿は、観客の緊張をどこ吹く風といった様子だった。
「やぁ、俺はジーン。よろしく――」
気楽に差し出された手。
だが、リンは眉ひとつ動かさず、その手を見下ろした。
「気安く触らないでくれる? あんたみたいな貧弱な男に興味ないの」
冷たい声色。刺すような言葉。彼女の態度は、初対面からすでに敵意と侮蔑に満ちていた。
ジーンはそんな反応にもひるまず、肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「そう言わずに。これから勝負するんだから、仲良くしようよ」
「自分が負けるのを心配してる? でも無駄よ。私の能力は、このゲームを支配できるの。それに、私はチェスが得意。……あんたは?」
問いかける声は、試すような響きを帯びていた。
ジーンは頭をかきながら、飄々と答える。
「いや、全然。攻め方とかまるでわからんし」
その答えを聞いた瞬間、リンの瞳がわずかに細まる。
「……ふぅん。ずいぶん自信家ね。その自信が命取りになるかも」
挑発めいた視線が突き刺さる。しかしジーンはどこか楽しげに口角を上げ、受け流した。
やり取りが途切れたところで、係員が静かに合図を送る。二人は舞台の奥へと移動させられる。そこに広がっていた光景は、誰もが息を呑むほどの異様さを放っていた。
黒と白の大理石が盤面のように床一面へと敷き詰められ、その上に巨大な格子模様が浮かび上がっている。まるで神殿の祭壇をそのままチェス盤に仕立て上げたようだった。石造りの空間には冷たい光が差し込み、床に立つ者たちの影を長く引き伸ばす。
そこにすでに人の姿をした駒たちが並び立っていた。彼らは無言のまま、定められた位置に立ち尽くしている。その表情からは感情の色が抜け落ち、ただ役割を果たすために存在しているかのようだった。
観客はわずか十数名にすぎなかった。しかしその視線は冷たく鋭く、数の少なさを補って余りある圧を舞台に刻み込んでいた。
「では、ゲームを開始する前に――作戦会議の時間を与えます」
ナタルの部下が、両側の壁際に設けられた小部屋を指し示す。その扉は鉄格子のように重厚で、内部の様子は伺えない。
「そちらで作戦を練ってください。ただし、会議を行う場合は、チームの全員が揃ってもらいます」
その説明に、ジーンは小さく口笛を吹き、興味深げに目を細めた。
「へぇ……こんなのまで用意してあるのか。中に囚人でも入ってるんだろ?」
係員が淡々と答える。
「はい。あの部屋には囚人が待機しています。ただし、説明した通り、危害を加えてくることはありません」
ジーンはわざとらしく頷き、気楽な声を上げた。
「なるほど、安心設計ってやつか。じゃあ、早速入らせてもらうかな」
軽い調子で振り返り、リンへ片手を振る。
「じゃあ、また会おうね――りんちゃん」
挑発めいた言い方に、リンは鼻で笑った。
「そうやって生意気に言ってられるのも、今のうちよ」
彼女の言葉は冷ややかで、感情を削ぎ落とした刃のようだった。
ジーンはその刃をものともせず、相変わらずの薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりと小部屋の扉を押し開けた。
静寂の中で、舞台の空気は一層濃く、重くなっていった。




