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ヌルノが転移してきた先に広がるのは、豪奢な大広間だった。
天井からは無数のクリスタルがきらめく巨大なシャンデリアが吊り下げられ、幾百という灯火が宝石のように光を放っている。煌びやかな光が赤い絨毯を照らし出し、その両脇には鎧兜をまとった兵士たちが等間隔に並び立っていた。誰ひとりとして微動だにせず、ただ玉座に座る主のために静寂を守っている。
ここはグーニグル城――この国の心臓であり、権力の象徴でもある場所だ。
その正面、最奥に鎮座するのは重厚な玉座。そこに腰かけているのは、この国の王にして絶対権力者、シュリク・グーニグルであった。
年齢は五十を過ぎているはずだが、背筋はまっすぐに伸び、鋭い眼光には未だ衰えがない。その一瞥を受けるだけで、人は膝を折りたくなるほどの威圧感を放っていた。
王の左手には王妃、エレナレス・グーニグルが座している。彼女は淡い金糸の髪を頭上で束ね、宝石をちりばめた冠を戴いていた。薄紅の唇には一言の声もなく、ただ冷たい瞳で場を見つめている。右手には王の息子、ヴォント・グーニグル。
その周囲には家臣たちが列席していた。宰相、財務卿、軍務卿、各省庁の高官たち。いずれも身なりを整え、だが緊張にわずかに汗を浮かべている。ここで交わされる言葉ひとつが、国家の未来を左右することを知っているからだ。
やがて王はゆっくりと重々しい声を発した。
「……例のやつはどうだった、ヌルノ」
呼ばれた男は、玉座の間の中央で跪いていた。
漆黒のタキシードに身を包み、砂から生まれたような異様な存在感を持つ男――ヌルノである。
彼は口の端をわずかに歪め、しかし声は恭しく響かせた。
「はっ。ジーンと名乗る男は、自分には一切関与がないと、そう申しておりました」
「ふむ……」王の眉がわずかに動く。「其奴は嘘をついておるのではないか? あの家族に直接問いただしたのだ。泣きながら“知らない”と言ってきたぞ。もう残っているのは、あの男ひとりだけだ」
玉座の間にざわめきが走った。家臣たちは互いに顔を見合わせ、低くささやき合う。
だがヌルノは動じない。逆にゆっくりと立ち上がり、片手を胸に当てて言葉を紡いだ。
「確かに、陛下の仰るとおりかもしれません。しかし、彼の言い分にも一理ございます。曰く、自分は無能力者ゆえに家族から雑に扱われ、まるで存在しないかのように過ごしていたと」
「無能力者……」王妃が初めて口を開いた。声は氷のように冷たい。「王家に関わる案件に、そんな存在がいるとは皮肉なものですわね」
ヌルノは軽く一礼し、続ける。
「さらに彼の屋敷に仕えていた召使どもに聞き取りをいたしましたところ、誰もが口をそろえて彼を嫌っていた様子。無能と蔑まれ、邪魔者扱いされていたのは事実のようでございます。そう考えれば、彼の証言にはある程度の信憑性があると愚考いたします」
王は深く顎に手をやり、目を細めた。
「……つまり、召使どもが裏で動いたということか。確かに関わりはあるだろう。しかし、あの量をどうやって……」
声が途切れ、玉座の間は再び沈黙した。重い空気が張り詰め、誰も軽々しく口を開けない。
やがて王は決断したように声を張り上げた。
「よし、一度その男を我が目で確かめる。私が直々に判断する」
臣下たちがざわめき、兵たちの視線が一斉にヌルノへと集まった。
「それと――兵どもには命じよ。アルバント家に仕えていた召使をすべて探し出せ。徹底的に事情を聞き出し、真偽を明らかにせよ」
「はっ!」兵士たちが一斉に応じ、重々しい足音を響かせながら玉座の間を後にした。
広間に残るのは王族とヌルノ、そして緊張に縛られた臣下たちのみ。
王は静かに玉座から立ち上がり、長いマントを翻す。その眼光は鋼のように鋭く、誰もが下を向かざるを得なかった。
「……もうよい。下がれ、ヌルノ」
「はっ。陛下の御心のままに」
ヌルノは恭しく一礼し、次の瞬間、砂の粒となって広間から掻き消えた。
その場に残された者たちは、ただ彼の不気味な気配の余韻に息を呑むしかなかった。




