32
二日間、ジーンは部屋に籠もっていた。
――ずっと、というわけではない。
一度だけ、自室を出た。
風呂の時間だ。
共同の浴場は、白い湯気よりも重たいものに満ちていた。
疑心暗鬼。
誰もが互いを値踏みするように睨み合い、誰一人として湯船に身を沈めようとはしない。
掛け湯をして、すぐに立ち去る者ばかり。
湯の熱よりも、視線と沈黙のほうがよほど息苦しい。
それ以外の時間、ジーンは口を閉ざしていた。
食えば眠り、眠れば食う。
ただその繰り返し。
孤独というより、無関心で自分を覆う。
そうして――気がつけば、会場にいた。
観客の大歓声が押し寄せる。
甲高い嬌声、罵声、興奮した笑い。
それは耳障りで、同時に血の匂いを想起させる熱狂だった。
そのざわめきの中、天井から黒い影が落ちてくる。
ヌルノ。
両足を揃えて着地した瞬間、石床がひび割れた。
演出のように、観客のどよめきが大きくなる。
彼は今日もきっちりとしたタキシードに身を包み、舞台俳優のように両腕を広げた。
「さぁ皆さん――魔女裁判、お疲れさまでした!
見事に生き残った諸君、おめでとう!」
喝采と嘲笑が入り混じる。
ジーンは周囲を見渡し……違和感を覚える。
見知らぬ顔がある。
(誰だ……? 生き残り以外の奴が混じってる……?)
ヌルノはその視線を読んだかのように、にやりと笑った。
「おや、気づいたかな? 知らない奴がいるだろう? まあ、すぐに理解できるさ」
そして声色を落とし、言葉に重みを持たせる。
「――これから君たちには“懸賞金”がかけられる」
ざわめきが広がる。
観客席からも、待ち望んでいたとばかりに喝采が飛ぶ。
「そう、それは君たち自身の価値だ。額はゲームごとに変動する。上がる者もいれば、墜ちる者もいる」
一拍、間を置いて。
「そして――懸賞金がゼロになった者は、奴隷か……死。好きな方を選びな」
一瞬で会場の空気が冷えた。
さっきまで喧しいほど騒いでいた観客たちすら、息を呑んだように沈黙する。
ジーンの胸にも、氷のようなものが流れ込む。
「もちろん、ゲーム外で勝手に殺し合うのはご法度だ。しょっぴかれるからね!」
わざと軽口で告げるヌルノ。
その落差が、余計に不気味さを強調していた。
「ああ、そうそう――言い忘れていた」
指を鳴らす。
途端に、宙に無数の紙が舞い、雪のように降り注いだ。
ジーンもその一枚を拾い上げる。
「サービス」と題された一覧に、治療・休息・食事の質向上……と項目が並び、横には金額が記されている。
「その紙にあるのは、懸賞金を消費して利用できるサービスの数々だ。交渉の道具にもなるだろうね」
観客席から笑いが漏れる。
人の命を弄ぶことに快楽を覚える声だ。
ヌルノはさらに笑みを深めた。
「そして――懸賞金によって“ランク”が決まる」
彼の背後に巨大な幕が下りる。そこには三段の階段。最下層には痩せた人影が群れをなし、その上には豪奢な装いの影が並んでいた。
「最下層は農民。君たちは今ここだ」
ざわめき。
ジーンは無意識に紙を握りしめる。
「次に待つのは平民、商人、騎士。……そして最高位は聖職者、貴族」
その言葉に合わせて、観客席の上層に視線が集まる。
絹の衣、宝飾品を纏った者たちがこちらを見下ろしていた。
小馬鹿にするような笑みを浮かべ、グラスを掲げる姿。
「ランクが上がれば、懸賞金の獲得量も施設の質も変わる。君たちの生き様は、観客の前で余すところなく試される」
ヌルノは両腕を観客に向かって広げる。
割れんばかりの歓声が会場を揺らす。
「――そして幸運な者は、観衆に“気に入られる”かもしれない。そうなれば、この遊戯からの脱出も夢じゃない。
さぁそれではゲームを始めようか。」




