-Side Episode-08
まだ朝もやが辺りに立ち込める時間。
時間的には6時頃か。現代とは違い日の出る時間に働き日の沈む時間に寝るのが普通のこの世界では早くも動き始める者達が居る。
井戸で水汲みをする者や出店のカーテンを上げ荷物の整理をするもの。見えない範囲では宿で朝の準備や朝食を作り始める者もいるだろう。
だがこの王都ラグナを守護する門は眠らない。常に交代制で人が見張りを続け松明の炎が辺りを威嚇するように照らし続ける。
「ふ~、そろそろ交代かな?」
軽く伸びをして街の様子を眺めるのは守衛の一人であるロイスだ。
今は槍は持っていないが無骨だが確かな頑強さを感じさせる鎧が彼の力強さを伝えてくれる。
もうすぐ交代の時間であり朝方になってようやく家に帰れるという頃だ。
そんな時に見覚えのある一団がやって来た。
「ん?あいつらは……」
ロイスの目に入って来たのは最近急上昇中の”飛竜の団”だ。
皆若いメンバーだが大きな怪我や失敗を負ったことが無く、古参の冒険者連中からは”運がいいだけ””いつか痛い目を見るのが楽しみだ”などと言われている。
だがロイスはそんなふうに考えたことは無い。冒険者などというなんの保障や手当も無い身一つで危険な領域に踏み込みモンスターの討伐や希少な素材の採取を行う者達。そんな彼らに求められるのは第一に生き残ること。第二に大怪我を負わぬこと。
命を優先するというのは当たり前だが大怪我を追わない様に気を付けるというのはつまりは次の冒険に向かう為に絶対に必要なことなのだ。
仮に大物を討伐することが出来ても腕を斬られたや、足が動かなくなった、などになればその者の冒険者としての命は終わってしまう。
だからこそロイスは考える。彼らのような冒険者にとって最も重要な才能は”保身の才能”だと。
そして飛竜の団はその才能を持っていた。
「よう!クラース君!朝早いね。これから冒険にでも行くのかい?」
いつもと変わらぬ明るい調子で声を掛けるロイス。
冒険者ならば王都の外に出ることも度々あるため必然的に門を預かる衛兵ともよく顔を合わせるという訳だ。
「おはようございます、ロイスさん。いえ、今日は冒険じゃなくて護衛の依頼なんです。相手が貴族様なもんで失礼のないように先に来て待っておこうかと思いまして」
人当たりのいい笑顔でロイスに返す。飛竜の団が舐められているのはこの団長の明るさや人当たりの良さ、言い返せば苦労を知らぬようなこの笑顔が古参の冒険者達を苛立たせるのか?と考える。
だがこの人当たりの良さや礼儀はロイスとしては好ましく思う。
「へぇ、貴族様の護衛ねえ……そりゃ大変な大役じゃないか!頑張ってくれ!」
「ありがとうございます。まあ僕達だけじゃなくて他にも来るんですけどね」
「ん?」
よくみればクラースの後ろに控えている最も小柄な金髪の少女、確か名前を……
「ラウラちゃん……だったっけ?何か不機嫌そうな顔してるけど……何かあったのかい?」
「……べつになんでもないわよ!」
何かあるようにしか感じられないのだが……?
普段は明るい子だったはずだが何かあったのかと考える。
ばつが悪そうにロイスは軽く頭を掻く。
「いや、すいませんロイスさん!ちょっと今回の依頼でいろいろとありましてラウラの奴昨日からこんな調子なんですよ」
「私は不機嫌じゃない!」
声を荒げラウラが主張するがどう見ても不機嫌にしか感じない。
その声にロイスとクラースが軽くため息を吐きつつ話を続ける。
「ま、まあ細かい事情は知らんが危険な依頼なら降りるのも一考だぞ?命あっての物種だからな」
「御忠告ありがとうございます。でもまあ多分大丈夫ですよ。今回は秘密兵器がありますから」
「?」
クラースの秘密兵器という声に続いてラウラが更に不機嫌になりカールがそれを窘め、セシリーはどこ吹く風、クリスタは微笑を浮かべている。
「……なんなんだ?」
それからしばらくした後、続いて”撃剣”のメンバーがやって来た。
中堅のパーティの撃剣は堅実な行動が特徴でありほぼ全ての討伐や依頼を完璧にこなすのが特徴だ。
特に強力なモンスターに挑んだりはしないが、そういったパーティにこそ逆にこなしづらい”モンスターの特定の部位を集めてきて欲しい””レアメタルの採掘依頼”などの、知識と器用さが求められる依頼で彼らの右に出る者はいない。だからこそ彼らに名指しで依頼を出す者達が数多くいる。信頼と実績を持つ確かなパーティだ。
だからこそ彼らが不確定要素の塊であるヴォルフの参加を渋ったのをロイスは知る由もない。
「よお、オイゲン!相変わらずのしかめっ面だな!」
「ふん、手前こそ嫁が出来てから大分腑抜けちまったみてえだな!」
「それはしょうがねえな。結婚して娘が出来てから俺の腑抜けっぷりも大分進んじまったよ!」
大きな声で笑うロイス。自虐というより現状で満足しているという雰囲気だ。
口では乱暴な言い合いだがロイスとオイゲンのやり取りには遠慮というものが無く、むしろそれらを楽しんでいる風に見える。
「あの~……ひょっとしてロイスさんとオイゲンさんって知り合いなんですか?」
気になったクラースが二人に声を掛ける。
「ああ、知り合いっていうか、まあ同じ村の出身で同い年なんだよ」
「え!そうだったんですか!?」
どうやら飛竜の団のメンバーは初耳だったらしく、相応に驚きの表情を浮かべている。
「俺は騎士になりたくてこの王都にやってきて、オイゲンの奴は冒険者になりたくて、ってな感じだ」
「ま、こいつは嫁さんが出来てから昔の勢いがめっきり無くなっちまったがな。昔言ってた”騎士団長になってやる!”って夢はどこにいったんだよ」
「それを言うなって。家族が出来ちまったらなかなか危険なことにも挑戦しづらくなっちまうんだよ!」
夢を諦めた男のセリフだがロイス言葉には微塵も後悔の感情が現れず、むしろ幸福に満ち足りているといった様子だ。
「へ~、世の中って結構狭いんですね」
「そうだな。なあオイゲン、家族はいいぞ!家に帰る度に”お帰り”って言ってくれる嫁と娘の顔を見たらその日一日の疲れも吹っ飛ぶってもんよ!」
「はいはい、その手の話は聞き飽きたよ。俺は所帯を持つ気はねえ。動きづらくなるだけだ」
昨日は暗くて重たい雰囲気のオイゲンだったがロイスと話すときはうんざりしつつもそれを楽しんでいる様に見える。彼にとっては数少ない親友、という奴なのだろう。
「と、話してたらやって来たみたいだぜ」
そろそろ朝もやも晴れ、太陽がその姿をはっきりと現したころ、通りを掻き分け三台の馬車がやって来た。
「んん?あれって……ひょっとしてカルド候か?」
「よく分かったな?」
「馬鹿にすんな、これでも騎士団職なんだぜ。貴族様の家紋ぐらい覚えてるさ」
近づいてきた馬車はどれも馬が二頭つけられた強力な物だ。馬車の荷台の方も豪華な飾りつけが施されており所有者の財力や権威をありありと証明している。
馬車は門の脇に停まり、そのうちの両端の馬車から人が出てきた。
先頭の馬車から恐らく、貴族に仕える近衛の者達なのだろう。美しい銀の鎧に装飾が施されており思わず目を引いてしまう。近衛の騎士たちは中に四人ほどで構成されておりその内の二人は大盾にロングソード、もう二人はショートソードを二本腰に差している。攻撃役と防御役ということなのだろう。
最後尾の馬車には給仕の為のメイド達が出てきた。彼女らも騎士と同じく四人で、皆かなりの美しさを持つ。昔から仕えていたのか雇ったのかは知らないがよくもここまで揃えたといったものだ。
他にも三台の馬車の手綱を預かる御者が三人おり彼らは風雨に耐える為に厚手の服にマントを身に着けていた。
メイドの一人が中央の馬車の扉を空け、中から堀の深い精魂な顔つきの男性と煌びやかなドレスを身に着けた美しい女性が出てきた。
「ふむ……君達が此度の領地への帰参の護衛を務めてくれる”撃剣”と”飛竜の団”だね?」
重くしっかりとした声で放つ確認の声を放つ男性。彼こそがカルド候その人だ。
金がかった茶髪をオールバックに整えており、髭も丁寧に剃られている。年頃の娘がいるほどの年齢にはとても見えない。来ている衣服も一応旅装として見た目よりも機能性を重視した頑丈な物だが、やはり着ている者の風格に合わせて相応の高級品に見える。
二人の団長、クラースとオイゲンはカルド候の問いに答える。オイゲンはやや適当な感じだが。
「はい!」
「ああ……」
「ふむ……今回の依頼を受けてくれたこと、嬉しく思う。私の名前はツェーザル・デ・カルドという者だ。我ら貴族としても君達冒険者との付き合いは依頼越しで結構あるものだからね。今回の護衛依頼は話題のパーティの実力をこの目でしかと見てみたいという思いがあったのだ」
カルド候が挨拶を行い、今回の依頼の目的を告げる。
貴族としては自分の兵を浪費せずに金さえ払えば何かと仕事をしてくれる冒険者達のことは結構重宝している。だからこそ仕事を任せるには信頼できる優秀な者の見極めをしたいというのは当たり前のことだろう。とはいっても一部の荒くれ冒険者のせいで治安が悪くなることもあるので完全に信頼しているという訳でもないが。
「今回の依頼は私たちが自分の領地へ帰る道中で安全を確保してほしいというものだ。期待しているよ。さあフィオーネ、挨拶しなさい。」
隣に控えていた豪華なドレスの女性は娘なのだろうか。ツェーザルが挨拶を促す。
「は、はい!えっと、フィオーネ・デ・カルドです。よろしくです!」
人見知りなのか、少し顔を赤くしながらも挨拶を行う。年のころは14~15といったところか。
まだ少女と呼んでもいいぐらいだ。とはいっても普段からいいものを食べているからか、肌は大理石の様に白く、美しい滑らかなブロンドはラウラと比べるのも失礼といったところだ。おまけに年齢に不相応な双丘に男共はどうしても目を惹かれてしまう。
「それで、もう出発してもいいのかね?」
律儀にツェーザルが確認を取る。
その声で心臓を鷲掴みにされたような気分になるのはクラースだ。
「え、え~っと、それなんですがもう一人来る予定でありまして…………もう少し待っていただけたら…………」
恐る恐るといった調子だ。このやりとりでオイゲンのヴォルフに対する評価は更に下がっただろう。
「む?まだ人が居るのかね?どのパーティの所属が遅れているのだ?」
ツェーザルが遅れている輩を問う。今回の依頼は有力な冒険者に対する評価を付けるという目的も含まれている為、時間に遅れる様な輩は減点-1といったところだろう。
「えっと、それなんですが、実は急遽参加が決定した臨時の者でありまして、どこの所属でもないソロの冒険者といいますか……」
クラースの胃がきりきりと痛む。そして必死に説明する様子を同情の目で見つめるパーティメンバー達。
オイゲンを興味なさげに中空を眺めている。
「ん?今回の依頼は”撃剣”と”飛竜の団”を指定してあったはずだが?」
ツェーザルの最な言い分に更に冷や汗が出るクラース。
どうやって言い訳しようと必死に頭を回転させている時に、場違いな能天気な声が聞こえてきた。
「お~い!」
声を掛けてきたのはいつもの白銀の鎧の男。それこそカルド候の近衛の着ている鎧ですら比べ物にならないほどの圧倒的な威圧と美しさを誇る鎧。足の先や指先、関節部に至るまで無駄のない装甲の配置や装飾が巧みに絡み合い一本の巨木の様な安心感、安定感を放つ。
だがそこから聞こえてきた声が相も変わらず能天気な物だった。
おまけに急ぐ様子も無くのんびりとこちらに歩いてくる。
「おはよ!クラース君。オイゲンさん。あ、それにロイスさんも」
「あ、はいおはようございます……」
「……」
「あー、うん。おはよう……」
「ん?なんだか元気がないな」
やはり空気が読めていない、というかいつもの調子で喋りかけるヴォルフ。
そこに割って入ったのは以外にもフィオーネだ。
「……ちょっとあなた!」
「へ?」
「さっきからなんなんですか、その態度は!いくらなんでも失礼だと思わないんですか!」
この場にいる全員が良く言ったと頷く。
いくらなんでも自由人すぎるだろうとツッコミを入れずにいられない。
「あ、はいすいません…………」
異世界に召喚されてから初めて本気で怒られた為、呆気にとられるヴォルフ。
と、そこでようやくツェーザルが声を出した。
「飛竜の団団長……クラース君……だったかな?君に問いたい、彼が臨時のメンバーかね?」
「は、はい!その通りです」
「呼んでもいないのに連れてきた。その一件については今は置いておこう。それで、使えるのかね?」
ツェーザルの睨み付ける様な瞳に若干気圧されそうになるものの、それをぐっと抑え真剣に答える。
「はい」
「ふむ……ならば構わん。それで君、名はなんと言うのか?」
「あー俺ですか?えっとヴォルフです。ヴォルフガング」
「ヴォルフか……よかろう、覚えておこうじゃないか」
「ちょ、ちょっとお父様!怒らないんですか!?」
先ほどの静かな様子とは打って変わって声を荒げ父に問う。貴族の淑女としてしっかりと育て上げられた彼女からすればヴォルフの適当な、ともすれば人を舐めた態度は馬鹿にしている様にしか映らないだろう。だがヴォルフにそんな礼節など期待できない。なぜならついこの間まで普通の大学生をやっていたのだから。
「まあ着ている鎧の格式の高さとは打って変わって適当な喋りだが……彼からは不思議な”何か”を感じる。それを見るのも中々面白そうじゃないか」
「何かって…………お父様?」
ツェーザルは貴族として、人の上に立ち命令を下す者として、相応の”目”を持っている。
すなわち危険な存在か、有能な存在か、それとも単なる阿呆か。
ツェーザルがヴォルフを見て本能的に出した答えは”不明”よくわからなかったのである。
ツェーザルとしてはこんなことは初めてである。今まで大なり小なりある程度はあいての存在がどんなものかを感じ取れたのにこのヴォルフに対してだけは欠片も理解できなかった。
だからこそ大いに興味がある。この者が”一体何なのか”見てみたいと、そう思ったのだ。
「ところで君、顔を見せてはくれんかね?これからしばらくは一緒に旅をするのだ。同行者の面子くらいは把握しておきたい」
「あ、こりゃどうも失礼しました」
そういってヘルムを取る。
鎧の下から現れたのは世の女性達を虜にし、男性達の嫉妬……いや、これにはさすがに敵わないと諦めを買ってしまうほどの銀を纏った美しい青年だ。目元や鼻立ち、口の位置まで神が造形したような完成された美しさである。
「ほう…………これはまた中々…………」
「…………///。ちょ、ちょっと顔がいいくらいで調子に乗らないで下さいね!フン!」
分かり易いフィオーネの反応に父親のツェーザルが軽く苦笑する。
おまけにこのやり取りは飛竜の団が昨日見た光景にデジャブを感じる。皆の視線を感じラウラは「あはは///」と苦笑いする。
撃剣のメンバーやロイスもヴォルフの顔を見るのはどうやら初めての様で、あまりの美貌に口が開いている。
「(しかし今回の旅は中々面白くなりそうじゃないか…………これなら彼らの実力を見るというよりは彼の実力を見ることになるかもしれんな)」
ツェーザルが今回の旅は一波乱来るかもしれないと考え、期待に胸を躍らせる。
何もかもが未知、意味不明なこのヴォルフという男に。
「それでヴォルフ君。同行者は君で最後かね?」
ツェーザルがヴォルフに最後の確認を取る。
それを受けてヴォルフが軽く周囲を見渡し、昨日集まったメンバーが全員居ることを理解する。
「え~っとそうみたいですね」
「よろしい。それでは皆!出発しよう!準備してくれ!」
「む~、はい……わかりました」
ツェーザルの声を受け皆が準備を始め、カルド候のお付の者達は主が馬車の乗ったのを確認して自分達も馬車に乗り込む。
「それじゃロイスさん。行ってきますね」
「じゃあなロイス。また」
「行ってきま~す!」
「ああ、行ってらっしゃい」
馬車が門を出発し、それを円形に取り囲むように冒険者達が追従する。
「はあ、何だかどっと疲れた。さっさと交代して家に帰って寝よう」
少し間が開いてしまい申し訳ありません。
今後は週一の土曜投稿になっていくと思います。
よければ暇つぶし程度に読んで下さい。




