13 打算
長い夢を見ていた。
まだ私が普通で、幸せだったころの夢だ。
いつもと変わらない日常。
朝早くに起きて顔を洗い服を着替え、水汲みをする。
それが終わればお母さんと一緒に朝ごはんの準備を手伝う。ある時はお母さんと一緒に裁縫の練習をしたりある時はお父さんと一緒に畑を耕したりもした。
代わり映えの無い日常だが私はそれ以上の世界を知らず、また世界の理不尽も知らなかった。
ある時、村に盗賊団がやって来た。やつらは目当ての金品や適当な女性を見繕った後は村の家屋や藁に火を付けてそのまま去って行った。
お父さんは盗賊に殺されお母さんは私を庇う様に崩れた家に巻き込まれ、そして私は半身に大きな火傷を負いながらも生き残った…………違う、生き残ってしまったんだ。
「お母さん…………お父さん…………っ!!」
泣いたのは一日だけだった。
後の事はよく覚えていない。
辺りをふらふらと歩いていたら奴隷商かなにかに拾われ、そのまま商品として放置されていたような気がする。奴隷達が私の髪の色を変だ、と言っていた。これだけ時間が経って、ようやく私は自分の髪の色がまっさらに変色していたのだと気付いた。髪の色が変わってしまうほどの出来事だったのだろう、と今更どうでもいいこととして私の興味はすぐに消え去った。
ある日変な客が私を買いたいと言ってきた。
その人はとても若く見え、しかも冒険者だという。
自分でも物好きな人だ、とそれ以上の感想も無く私はただ黙って奴隷商とその買い主のやり取りを見ていた。だがそれで終わることはなく、その人は私と同じような何らかの傷持ちばかりを狙って買って行った。変な人だ……そういう趣味なのか?だがこんな薄暗い牢屋みたいなところから出られるならなんでもいいか、とほんのわずかな期待を秘めていた。
その後のことはあんまり覚えていない。
確か他の二人の奴隷と一緒に何かを飲んで、そのまま倒れちゃったような…………?
「……はっ!?」
目が覚めるとそこに移っていたのは木製の天井だった。
隣を見ると私と同じように他の二人の子、シルヴィアとルネがすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
軽く周囲を見渡すと自分たちが寝ていたのは大型のベッドだったことがわかる。清潔なシーツにふわふわとした柔らかなクッションが枕元に敷き詰められており、体の上にはご丁寧にタオルケットまで掛けられている。
「ここ……は……?」
一体全体どうしてこんなところで寝ているのだ?いやさっさと起きて退かないと怒られてしまうかもしれない。今私は奴隷の身分なのだからこんなベッドで寝ていたら元の所有者に怒られてしまうかも。
「お、起きたッスか」
ドアを開け入って来たのは金髪の青年……思い出した!この人だ!私を買ったのは!
「す、すいません!今すぐ退きます!」
「いやいや、別に退かなくてもいいッスよ。それより痛みはとれたッスか?まだキツイってんならもう少し寝ててもいいッスよ?」
えっと、この人は何を言っているのか……あ、そうだ。確か変な蒼い液体を飲んで……。
「あ、あの!」
「ん?」
「私達が呑んだあれって一体何だったんですか?」
「ああ、それはッスね……」
彼は私の疑問に答えながらも壁際にある机の引き出しを開けごそごそと中を探り、そこにある手鏡を取り出した。
「こういうことッスよ」
彼が見せてくれた手鏡に移っていたもの。それは何の汚れも無いスベスベとした肌を持つ私の姿だった。
「ええ!?え、どうして!?なんで!?」
思わず大きな声を上げてしまう。信じられない!?まるで魔法でも見ているかのような……!?
私の声の大きさに思わず他の二人も驚き、目が覚めて起き上がる。
「な、なに!?」
「!?」
半分寝ぼけながらも辺りをきょろきょろとして様子を窺っているさまがジーンとしてはとても微笑ましいものに映る。僅かに笑っている。
「はいはい、一旦落ち着くッスよ。シルヴィアちゃん、腕の様子はどうッスか?」
「うで?……って、あれ?動く!?なんで!?」
まさしく信じられないものを見ているといった様子で自身の腕の具合を確認するシルヴィア。
「よしよし、大丈夫みたいッスね。そんじゃルネちゃんの方は?」
「わたし?えっと……なんか下半身が変なかんじ……って、うそ…………足が…………動く!?」
まるで猫が足で自分の首筋を掻くようなポーズで足をブンブンと振り回しているルネ。
「よし!みんな大丈夫みたいッスね!とりあえずはご飯にしようか!説明は飯を食いながらでも出来るッスからね!」
ジーンは自分の言いたいことだけ言ってさっさと下に降りていってしまった。
「何だろう、コレ。夢でも見てるのかな?」
「う~ん、たぶん現実だと思うけど…………」
「と、とりあえず下に降りてみようよ!」
ルネの言葉で私たちはベッドから降り立ち、ドアを開ける。
微妙に細い廊下だがそこには日の光が良く差し込み、なぜだか広く感じる。こんな廊下にも掃除は行き届いており、ゴミ一つない。
下に降りると、そこにはとてもいい匂いが漂っていた。
「ちょっとだけ待ってて下さいッス。すぐ用意するッスから」
まるでどこぞのお姫様のような待遇だ。待っているだけ食事が出てくるなんて。って、いやいや!どこの世界に主人に食事を用意させる奴隷がいる!?手伝いに行かねば!
「あ、あの!手伝います!」
「ん?いや別にいいッスよ。今だけはみんなお客様ってことで、その辺にくつろいでいて欲しいッス」
断られてしまった。
なんだか展開に追いつけずに私は思考を放棄してポケっと手近なところにあったソファに座って待っていた。他の二人はどうしていいか分からずにおろおろしているシルヴィアや自身の足の再起に対して興奮が抑えられずに足をいじりながらニコニコしているルネなどがいる。
こうしてみると少しばかりくつろぎすぎなような…………まあいいか。
「よ~し!出来たッスよ~。熱いうちに食べるッス!」
テーブルに上に出された食事は今まで見たことが無いようなものばかりだった。
青年が言うにはグラタンとサラダ、マルクという人から教わった特製のパンという料理らしい。
パンは分かるしサラダもまあわかるがグラタン……ってなんだろう?なんだかとっても温かくて優しい匂いがするが……。
そのグラタンという食べ物をスプーンですくい、恐る恐る口に持っていく。
「あ、あつ!あつつ!」
「ひゃ!」
「み、水!」
一口目こそとても熱くて火傷してしまいそうだったが、慣れてきて二口目三口目と口に運ぶ度に今まで味わったことのない複雑で濃厚な味が口いっぱいに広がる。
それらを無我夢中で食べる私達。世の中にはこんなに美味しい食べ物があるのかと涙目になりながら頬張った。
結局その場で金髪の人は話はせずに、私たちが食べ終わるまで待っていてくれたようだ。なんだか恥ずかしいところを見せちゃったな。
「みんな人心地ついたみたいッスね。それじゃ話をしていきましょうか」
「あ。その前にみんな俺の事はちゃんと覚えてるッスよね?」
…………。
申し訳ないが覚えてません。なんだか色々とありすぎて……。
「え、え~っと。その~」
「忘れちゃったッスか。そんじゃ改めて紹介させてもらうッスけど自分の名前はジーンッス。ちゃんと覚えていて下さいッスよ?」
ジーン様……。それが私たちのご主人様の名前……。
私はこの人の名前や顔、声を絶対に忘れない様に心に刻みつけた。
今まで、数えきれないほどの絶望を突き付けられ、真っ暗な地獄の中を救いだし私たちに光を与えてくれた人……!
どうやら他の二人も同じように心に刻み込んだらしい。ご主人様を見る目がなんだか光り輝いているように見える。ルネにいたっては先ほどから興奮を抑えられないのかふさふさとした犬のような銀の尻尾をブンブン左右に揺らしている。
「はい!絶対に忘れません!」
「わ、わたしも!心に刻みました!」
「わ、わたしも絶対に忘れないから!」
皆が皆、必死の様子で主人に答える。まるで少しでも主人に気に入られようとアピールする犬か猫のようだ。
「うんうん。大変よろしいッス。それじゃまず、皆に飲ませたあの蒼い薬ッスけど……」
そうだ、そういえば確か私たちはあの蒼い薬を飲んだせいで気絶したんだった。
「あれは……そうッスね、皆ポーションってしってるッスか?」
ポーション?というのは……う~ん、聞いたことが無いな?
と、私とルネが悩んでいるとシルヴィアが答えた。
「えっと、たしか薬草をベースとして数種の錬金素材を用いて合成する回復薬の一種です……よね?」
「お!さすがエルフのシルヴィアちゃんッスね!正解ッス!」
褒められたのといい笑顔を直接貰ったことによってシルヴィアの顔がやや赤くなりながらも面白い様ににやけている。
「えへへ……!いや、それほどでも……!」
そしてその様子を面白くない様子で見る私とルネ。
「実はッスね、皆に飲ませたのはそのポーションの最上級であるエクスポーションと言われるものなんス」
「え…………?」
「えっと、それって…………」
「ほんとに?」
いきなりの爆弾投下に私たちの頭が真っ白になる。
だがそんな状況にもギリギリ持ちこたえ、言葉を返すシルヴィア。
「あの、えっと、確かエクスポーションって竜の血液とか世界樹の滴とかを使ったとかどこかの本で読んだ気がするんですけど…………」
「そうそう。そのエクスポーション。いや~効果はばっちりだったみたいッスね!」
この人は一体何を言っているんだ?えくすぽーしょんとやらがどれくらい凄いものかははっきり言ってよくわからない。だけど龍なんて、おとぎ話でしか聞かないようなそんな伝説のモンスターの素材を使う薬…………。私は今更ながらに戦慄した。
「ま、ぶっちゃけそんなところはどうでもいいんスよ。大事なのはその薬を使った結果、皆の体がちゃんと治ったかッス。どうスか?調子は?」
「え、ええっと。い、いたって普通です……あ、でも髪は白いままだったですけど」
「わたし今まで動かなかった両腕が動くようになってとっても嬉しいです!」
「わたしもわたしも!これでまた昔みたいに走り回れるよ!」
みんなが朗らかな笑顔でジーンに自身の状態を嬉しそうに伝える。それを聞いてまたジーンもにこやかな表情になる。
「そうッスか。それはよかったッス。あ、でもレアちゃんの髪の色が戻らなかったのはちょっとまずかったッスかね……」
「……別にいいんですよご主人様!だって、この髪の色はご主人様と出会えた証みたいなモノですから!」
「そ、そうッスか。いや、しかしご主人様呼ばわりはちょっと照れるッスね。普通にジーン様でも、なんならジーンって呼んでくれてもいいんスよ?」
「じゃあジーン様で!」
私を心配》してくれる声にちょっとうれしくなってしまう。それにさっき言ったことは本気だ。私は変わってしまった今の髪の色がジーン様と出会えた証のような気がしてならない。そう思えばこの髪にもなんだかとても愛着が湧いてくる!
「あ、ズルい!私はご主人様って呼ばせて貰います!」
シルヴィアも今までにないような嬉しそうな笑顔で答える。
「え、え~と私はその、ジ、ジーンって呼んでもいい、かな……?」
ちらちらと怯えながらこちらの様子を窺うルネ。先ほどまでのちょっとぶっきらぼうな様子から一転してしおらしく尋ねる様子は同性の私たちでも思わずキュンと来てしまいそうだ。また、三角の耳がペタンと下りているのもとっても可愛らしい。
「いいに決まってるじゃないッスか。よろしくッス!レアちゃん!シルヴィアちゃん!ルネちゃん!」
「ジーン様!それなら私達も呼び捨てにして下さい!」
「ええ!?いやでも小さな女の子を呼び捨てってのは……」
「私たちは奴隷なんですから!どうぞ遠慮なく呼び捨てにしちゃってください!さあシルヴィア!って!」
「あ、ズルい!最初に呼び捨てにしてもらうのは私だ!ジーン!ルネって呼んでいいぞ!」
「なんであんたはそんな偉そうなの!さあジーン様!どうぞレア!ってお呼び下さい!」
その後も女子達による小さな争い、本人たちにとってはとても大きなことなのだろう、が続いた。
「え~っと、奴隷って…………なんだっけ?」
ジーンの疑問に答えてくれる者はおらず、その後しばらくジーンはレア、シルヴィア、ルネの三人に言いよられ続けた。
時刻は昼、シルヴィアとルネは起きたのが早朝だったということもあって再び眠ってしまった。
ソファを二人で占領して寝ている様がなんとも微笑ましい。
一方レアとジーンは一緒に洗い物をしていた。
「あの、ジーン様、少し聞いてもいいでしょうか?」
「ん?何スか?」
「あの奴隷商館には他にも見た目の綺麗な子や学のある子がいたと思うんですけど……どうして私達だったんですか?」
そう、レアにとって最も気になること。それはどうして自分たちのような傷持ちを選んだのか。
最初からえくすぽーしょんとやらを使うつもりだったとしても、シルヴィア曰く相当な貴重品らしい。そんなものを使う前提で私達を買うぐらいなら最初から綺麗な子を買えばいいのだ。そこのところがどうしてもわからない。
「……そうッスね。別に大した理由なんてない、ただの憐みッスよ」
なぜだかとても寂しそうな顔で答えるジーン。
「……嘘ですよ……ただの憐みなんかであんな貴重なお薬を普通使いませんよ!」
レアの言い分も最もである。そんな一時の気の迷い程度の感情で、傷物といっても決して安くは無い奴隷を買いあまつさえ超がつくほどの貴重な薬品を使うなんて、どう考えてもおかしい。
「う~ん、そうッスね~。……そんじゃ今から結構ひどいこといいまスけど、ぶっちゃけ誰でも良かったんス。ただ色々なお手伝いの手が欲しかったってだけで。そんでレア達はたまたま自分の目にかなって、たまたま買われることになった、そんだけッスよ」
皿を洗う音、水の流れる音がやけに大きく聞こえる。こんなにも”痛い”と思える静寂は初めてかもしれない。
「そう……ですか。……じゃあお礼を言わないといけませんね!」
「え!?なんで!?」
ジーンが思わずこちらを凝視する。よほどびっくりしてるのだろう。
「当然じゃないですか。ジーン様、私を見つけて、私を買ってくれてありがとうございます。私をあの真っ暗な闇から救い出してくれたあなたはわたしにとっての神様で、王子様で、救世主なんです。だから言わせてください。”ありがとうございます”」
レアが真心を込めた祈りにも等しい礼をジーンに捧げる。
ジーンの方は茫然とした様子でレアの礼を見続ける。
先に動いたのレアの方だ。
「さ、ジーン様!洗い物さっさと片付けてしまいましょう!水が勿体無いですからね!」
「あ、ああ。そうッスね…………」
辺りには微妙な静寂が辺りに流れる。
ジーンの方は動揺からなのか、若干動きがぎこちない。
「(……ありがとうはこっちの方ッス。たとえ誰かの命令でも、それが打算でも、皆を買った意味は確かにあったんスね)」
「?ジーン様、何か言いました?」
「いや、なんでもないッス!さ、洗い物終わらせちゃおうッス」
「あ、はい!」
シーツに隠れてピンと立つ尖った耳と獣の耳。
「…………今の聞いた?」
「…………うん」
「……私達はあのまま生きていても結局のところ絶望しか無かった。だって片や腕が動かず片や足が動かないんだからね」
「……うん、でもそんな何にも使えない私達を拾って、救い出してくれる人がいた」
「私は腕が動かず父や同胞のエルフ達に捨てられた時、一度死んだ。だからこの二度目の生はご主人様にのみ捧げる」
「私も同じだよ。モンスターに大怪我を負わされ、そのまま山に捨てられ奴隷商に拾われたときには私の命は終わってた。だからどこまでもいけるこの足を再び与えてくれたジーンには凄く感謝してる。命を捧げてもいいと思うくらい」
「くすっ。ちょうどいいじゃない。終わった者同士、この命をあの方に捧げましょう」
「うん。ジーンに」
「ご主人様に」
次回はヴォルフサイドです。




