12 奴隷
薄明の旅団が拠点としている宿。
その三階にあるベラとユーの部屋にジーンはお邪魔している。
「ベラ姉さん。実はちょいとお聞きしたいことがあるんスけど……」
「ん?どうしたんだい?改まって?」
ベラはどうやら槍の手入れをしていたらしい。あたりには汚れた布や油の入った小瓶などが見える。
ちなみに同居人のユーは外出中だ。
ジーンがこの”西の都、オレスの街”に到着しもう一か月は経とうかというところだ。あれからいくつか騒ぎがあったりもしたが、それらを無難に切り抜け薄明の旅団メンバーの信頼を着々と稼いでいる。
今回は新しい情報収集の一環としてもう少し調査範囲を広げてみよう。という思惑の一つだ。
「そのでスね……実は奴隷を買いたくて…………」
その言葉でベラ手を止め、目を見開いた。
「奴隷?なんでまた……女なら娼館でも行きゃいいじゃないか」
「いや、別に溜まってるって訳じゃなくて!……まぁ色々とやりたいことがあるんすけど、ちょっと手が足らなくて信頼できる人手が欲しいんスよ」
ジーンの言葉でベラの顔が疑念を帯びた表情になる。
「人手って……なんかあるならあたし等が手伝えると思うけど、それじゃだめなのかい?」
「ん~、どっちかっていうと家の中の作業をしてもらいたいッスからそれはちょっと……」
ジーンが言っている家とは薄明の旅団員が泊まっている宿ではなくジーン個人が購入したこじんまりとした家の事である。
最初案内したときは家なんて持っているのか!?と驚かれもしたが冒険している途中で稼いだお金をつぎ込んだといえばそこそこ納得してもらえた。ジーン程の凄腕なら家の購入くらいすぐに出来るだろうと思っているからだ。
「ふ~ん、メイド代わりにでも使うのかい?まぁ、いいか。細かいところまでいちいち詮索することでもないしな」
「うす!」
ベラは立ち上がると槍と道具類をベッドに下の収納スペースに押し込み、腰に装着するベルトを身に着けた。ベルトには短剣とポーチが括りつけられている。
「そんじゃ行こうかい。今からでも大丈夫だろう?」
「うッス!お願いします!」
オレスの街は冒険者の街だ。
通りには回復薬や怪しげなクスリ、武器や防具を積極的に売りだしている露店が辺りに展開している。
それというのもこの街はすぐ近くにダンジョンが存在し、豊富な種類のモンスターだけでなく、ダンジョン内で生成される特殊な鉱石や一部のモンスターが宿す魔石などがこの街の経済を潤している。
当然そうなれば商人だけでなく冒険者も相応に多くなるという事で、鎧をつけた男や物騒な武器を持ち歩いている男たちがそこらに沢山いる。
「う~ん、相変わらず賑やかっすね~!」
ジーンはまだこの光景に新鮮味を覚えているのか周辺をきょろきょろと少年の様に見渡している。
「ジーン、あんまり見てんじゃないよ。変なイチャモンを付けられても困るからね」
「あ、すいませんッス。気を付けまス」
ベラの言葉をよく聞き、今度は真っ直ぐ前を見るジーン。
だがベラは本当にイチャモンを付けられるとは思っていない。むしろ変な女に絡まれるんじゃないかと常に心配している。
その理由はなんといってもジーンが”かわいい”からだろう。
まだ大人になりきれていない成長途中の若々しさに子供の様に何にでも興味を惹かれる純粋な表情。そして男女を問わず誰にでも丁寧に、かつ微妙に抜けているような言葉遣いがむさ苦しい男しか近くにいない女性冒険者の母性や女心をくすぐるのだ。
すでに大手の副リーダーやら新鋭気鋭の切り込み隊長、果ては誰にでもセメント対応なギルドの受付嬢にまで可愛がられている始末だ。
はっきり言って、嫌っている者を探す方が難しいほどだ。…………だが男の冒険者からは妙に嫌われているらしい。主に嫉妬的な方向で。
「ベラ姉さん、難しい顔してどうしたんスか?」
当の本人はのほほんと人の邪念を知らないような純粋な心配の表情をしている。
「い、いや、なんでもないよ……。って、見えてきた。あそこだね」
ベラが指さした建物は石造りの大きな建物だ。二階建ての建物であり奥行や幅もありかなり広く見える。
ベラが両扉を開くと中からはとても胡散臭そうな太った男がやって来た。
「これはこれは!ようこそ奴隷商館へ!今日はどんなご入り用で?」
営業スマイルはいいのだがにやにやした顔つきが胡散臭さを倍増させて不快な領域に突入している。
ベラは既に疲れたのか、軽くため息を吐きつつもさっさと終わらせようと口を開く。
「いや、あたしじゃなくて後ろの坊やがご入り用でね……」
「おや!そちらの青年ですか!まだ相当若く見えますが?」
「え、えっと19ッス!」
19!ジーンの奴ってそんなに若かったのか!?まぁ確かに日焼けしていないし綺麗な肌だし明るいし、で結構若いだろう。とは思っていたけどまさか19とは……。
「ほほ~、お若いですな~!ですがそれならばご予算の方は大丈夫なのでしょうか?」
金には抜け目がないのか、しっかりと手持ちの金の都合がちゃんとつくのか確認をしてくる店主。
「ああ、これでも結構な小金持ちッスから。とりあえず予算の方は考慮せずに、肝心の奴隷を見せて貰えないッスか?」
暗に早くしろとせっついているのだ。まぁ今回は同意である。
奴隷の購入云々以前にこの胡散臭い奴隷商からさっさとお別れしたいのだ。
「おや、これは失礼しました。ではこちらへ」
そういって店主は奥に続く廊下へと案内して行った。
扉を抜けるとそこは石造りの壁面であり、一方には頑丈そうな鉄格子が嵌め込まれている。これはもう完璧に牢屋といっていいだろう。
「いかがですか!?当店では主に女の奴隷を扱っておりましてな!特に処女のエルフなどは一番の人気商品なんですよ!そちらのお客様ににもぴったりです。お客様の好きなように出来ますよ!」
店主の言葉通り、この店は女の奴隷が主な商品のようだ。人種は様々であり、ヒトに始まりエルフ、ビースト、あの特に小柄な子はドワーフなのだろうか?までいる。
皆薄布のような簡易な衣服を身に着けており、遠巻きからでもボディラインが見て取れる。首元には首輪が取り付けれており、おそらくあれが奴隷の証なのだろう。
ぱっと見た限りでは奴隷たちの対応は無気力にこちらを見つめるか、部屋の隅で集まりながらこちらを怯える様に見つめるか、睨むかのどちらかだ。
「(はぁ…………天空城以外の人や街がどうなろうが知ったこっちゃない。それが俺達の常識ッスけど……やっぱ気分が悪くなるッスね……)」
「すいません店主さん。なんだか怪我をしている子とかもいるみたいなんスけど……」
「ああ、あれは地方の村などで大けがを負ったりして畑仕事などに従事出来なくなった者ですよ」
なるほど、当たり前の対応だ。こんな世界じゃ生きていくだけでも大変なのだ。労働力にならないようなら身内でも売り飛ばす。賢い選択だ。
だけど……。
「(哀れだ……かわいそうだって思う……全部を救えるわけでも無いのに……)」
イニスにより創造されたジーンはイニスと天空城の仲間達以外に慈悲などを掛ける必要などない。もしそんなことをすれば忠誠を疑われるだけでなく、仲間の足を引きずってしまう危険性さえある。
だからジーンは切り捨てる。どうでもいい他人を。だが任務達成の為にほんの一人でもいい。救えることが出来たらこの心の淀みも少しは晴れてくれるだろうか?
ジーンは自分が納得できるだけの理由を見つけ、妥協の決断をした。
「スいません。特に怪我を負っている……あの子を見せて貰えないッスか?」
ジーンが指さしたのは奥に蹲ってぐったりとしている痩せ細った小柄な少女だ。
だがそれだけでなく大きな傷か、それとも火傷でもあるのか右上半身に包帯をいくつも巻きつけている。
「へ、へぇ?あれですか?しかしあれは傷物ですよお客さん。買うならもう少し見た目のいい子が……」
「いや、あれがいい。出して見せてくれないッスか?」
「はぁ、わかりました」
そういって店主は牢番を呼び寄せ耳打ちし、目当ての子を引っ張って来た。歩く気力も無いのだろうか、引きずってだ。
「この子でよろしいので?」
「はいッス」
改めてその少女を確認する。
病的な印象を抱かせる白い髪に白い肌。目は包帯で半分隠れているがもう片方の目が薄暗い緑の光を放っている。
「うん。それじゃこの子を買うッス。それともう二人ほど欲しいんですけど……」
「おお、それならそうと言って下さい!今度の子はどんなタイプがよろしいので?」
一転して元のにやにやとした顔に戻る店主。
大方最初に買った少女は雑用で次に買うのが本命なのだとでも考えているのだろう。
「ん~あの子と……あの子がいいッスね」
「え、ええ!?い、いやお客さん!あの辺は単なる傷持ちってだけじゃなくて腕や足が動かない奴らですよ!?」
「別のそういうのはどうでもいいんスよ。売ってくれるんスか?くれないんスか?」
店主は何なんだこいつは?とでも言いたそうな訝しげな顔をしながらもしぶしぶと指名した少女達を連れてこさせる。
最初の子はヒトだったが次の子はエルフとビーストだ。
エルフは萌葱色の髪の毛が特徴的な子で尖った耳を半分切り取られている。ビーストの方は銀色の長い髪が綺麗な子であり三角の耳とふさふさとした大きな尻尾が特徴的な子だ。今は座り込んでいるがおそらく自力で立つことが出来ないのだろう。
「お、おいジーン!今まで黙ってたけどあんた正気かい!?あんまりこういうことは言いたかないけど本当に使い物にならないよ!?」
「ベラ姉さん、心配してくれてありがとうッス。でも大丈夫ッスよ」
ベラもベラで頭を抱えている。こんな買い物になんの得があるのだと思いっきり悩んでいる。
「はぁ、それではこちらへ代金の決済と契約を行いますので……」
辺鄙な客が来たからか店主の方は少し疲れているらしい。
溜息を吐きながら廊下を戻り奴隷たちを連れ、応接室へ向かう。
ジーンとベラもその後を付いて行った。
「代金はヒトとエルフがそれぞれ10万ルクで、ビーストが特に大きな傷持ちなので5万ルクになります。合計で25万ルクですが……」
「それじゃこれで」
ジーンは冒険者が持つギルドカードでさっさと決済を済ませてしまう。
はっきり言って、奴隷の値段としては捨て値とも言える安さである。というより文字通りの捨て値、なのだろう。
「それではこちらの書類に血判を押してください」
店主が出してきた書類には隷属の契約分が書き込まれており、既に少女達三人の血判が押されている。
ジーンは手持ちのナイフで軽く指を切り、書類に血判を押す。
すると判を押した部分が赤黒く輝き少女たちの右手に同じ色の印が現れる。
契約が完了したということで、必要の無くなった束縛の首輪を開放する。
「これで契約は完了しました。こちらの書類に主従間で強制できることや契約の内容などが書かれているので大切に保管してください」
「どうもッス。それじゃ行きまスか」
「あ~、はいはい」
ジーンは動けない銀髪のビーストを背負い、そのほかの子たちについてくるように言った。ベラは軽く項垂れながら最後を付いていく。
「はぁ、なんだかようわからん冒険者だったな……」
店主のぼやきはジーン以外の者には理解できないだろう。普通怪我を負った奴隷などを積極的な買うなんてありえないのだから。
一人の奴隷をおぶりもう二人の奴隷は文句も言わずとことこジーンの後を付いていく。
奴隷達は粗末な布きれしか羽織っていないため通りを歩けば相応に目立つ。そしてそれを連れているのがジーンならなおさらだ。
「そんでジーン。そんな奴隷なんか買って結局何がしたかったのさ。下手な同情ならやめときな。あんたは優しすぎるからそんな調子じゃいつか身を滅ぼすよ?」
おそらくこれはベラの真摯な忠告なのだろう。仲間を大切に思うからこそ、そんな壊れたおもちゃで遊ぶのはやめておけ、いつか身を滅ぼすと。
「別にいいんスよ、ベラ姉さん。ちゃんと目的があってのことッスから。それじゃこの辺で。皆!はぐれないようについてくるッス!」
そういってジーンは逃げるように自分の家へと帰って行った。
「あ、こら!はあ、ったく……あんま首突っ込まない方がいいんだろうけど、あいつは微妙に抜けてるところがあるし御人好しだからなあ……心配だ」
主に人が済む家などが立ち並ぶ住宅街。そこは冒険者がたむろする武具などの商店から離れ、間に冒険者の拠点となる安宿やホテルなどが立ち並ぶエリアを挟んだ場所にある。付近には衛兵などが常に見回りをしており治安などがかなり高いレベルで守られている。夜の喧騒もこの辺りには届かず。空の向こうに少し明かりが見える程度だ。
この辺りの土地はその安全性による特に人気の高い土地であり、結構な値段がするのだがイニスの裏技により財力の心配などはほとんどしなくていい状態だ。
住宅街に入りしばらく歩いた後、目的地のジーンの家にようやく到着した。
「ここが我が家ッス。さあ入って入って!」
主であるジーンの案内により、おずおずと中に入っていく二人の奴隷たち。もう一人はおぶっている。
中は落ち着いた内装の部屋であり机や暖炉、小さな花などが置かれのんびりとした雰囲気を与えてくれる。他にもフカフカとしたソファや絨毯なども備えられてあり、その辺で寝ろ。などと言われても簡単に安眠できてしまいそうな環境だ。
自分達の購入者は相当若く見えるが実は相当なお金持ちなのか?と考えさせられる。
そしてこの家の主であるジーンがまずソファに大きく座り込み二人の奴隷達がその前に座る。足の動かない子は一時的に二人の奴隷が預かり、座らせる。
「うん。それじゃまずは自己紹介からしたいッス。自分の名前はジーンッス。職業は冒険者ッスね。さあ今度はキミたちの番っす」
奴隷達は小さな声で一応の紹介をしていく。
「……私はレア……です。よろしくお願いします。ご主人様」
レアという白髪の少女は小さく頭を下げる。
「レアちゃんッスか……その包帯取って見せてくれないッスか?」
レアは軽く苦い表情をしながらもここで逆らう意味も無い、と諦めた感じで右上半身を覆っていた包帯を取り去る。そこに見えたのはひどいやけどの跡だ。肌は醜く焼けただれ、顔の右側にまで焼け跡が上っている。
そしてその焼跡をジーンはそっと触れる。
レアがピクリと体を震わせ、若干の涙目になるがそれを無理やり抑え込む。ここで下手な反応をして主の不興を買えばまた牢屋に逆戻りだと考えているからだろう。
「つらかったッスね……」
簡単な慰めの言葉だ。そんな言葉でこの傷が言えるわけでも無い。そっとしておいて欲しいというのがレアの本音だ。
だがそこでジーンはにやりと明るい笑みを浮かべる。
「だけどもう大丈夫……!」
え?
今の言葉はいったいどういう……。
「さて、次の子。自己紹介を頼むッス」
ジーンの言葉で次に口を開いたのは真ん中のエルフの子である。
「シルヴィアです…………あの、頑張りますから、なんでもしますから……どうか捨てないでください……!」
シルヴィアというエルフの子も涙目になり必死に懇願している。だがその様子が微妙に不格好だ。
これが店主が言っていた腕の動かない子というわけか。
「まぁまぁ、少し落ち着くッスよ。お楽しみは後でってことで!」
「…………?」
未だ涙目のシルヴィアだがその頭には疑問符が付く。お楽しみ…………?
「それじゃ最後の子はキミッスね」
最後に残ったビーストの子がおずおずと口を開く。
今も無気力な様子で項垂れている。
「ルネ……です」
なんとも簡素な説明だ。だが仕方ないだろう。歩くことが出来ないということはつまり、この世界では死と同意義だ。碌に働くことも出来ず、少しも外に行くことが出来ない。ましてやそれがビーストならば凄まじい絶望だろう。
普通主に対してこんなまともに会話する気のない説明ならばさっさと捨てられても可笑しくない。だがそんな説明でもジーンはしっかりと受け止め笑顔で返す。
「ルネちゃんッスね。了解ッス」
全員の説明が終わったところでジーンがさっと立ち上がった。
「さて、みなさんお待ちかねのパーティタイムッス!少し待ってるッスよ!」
そういってジーンは台所に引っ込み何やらカクテルに使うような三角錐が逆さになっているような小さなグラスに蒼い液体の入った美しい装飾の施された瓶を持ってきた。
ジーンはそれぞれにグラスを渡し、中の液体を注ぐ。腕の動かないシルヴィアには代わりにレアにグラスを持たせて。
トクトクと注がれた蒼い液体は神秘的な色を持ち、まるで宝石にも似た美しい輝きを放っている。
三人の奴隷達はお酒か、それとも怪しい薬か、はたまたお楽しみにでも使う興奮剤の類か、などそれぞれの感想を抱いている。
「シルヴィアちゃんには自分が飲ませてあげるッスよ。それじゃグイっと行っちゃって下さいッス!」
いやいや、グイっと行けと言われてもこんな怪しい薬飲めるわけがない。と三人はどうしようかと顔を見合わせている。断れるわけがないのだが素直に飲めと言われても……といったところだろう。
「あー、やっぱ怪しいッスよね?けどまあ飲まなきゃ話が進まないんで、申し訳ないけど……”命令する、その液体を飲み干せ”」
ジーンの言葉に三人の体が一瞬硬直し手が勝手に動き出す。
主が奴隷に与える絶対服従の権利を行使したのだ。
もはや抵抗は無意味。ジーンはグラスをシルヴィアの唇に着け、飲むように催促させる。
そして三人は飲み込んだ。怪しさ満点の妙な蒼い液体を。
変化は急激に表れた。三人の体が柔らかな水色の輝きに包まれる。一体何が起こっているんだ!?とそれぞれが声にならない声を上げる。
「あ、ああ……うぐ!?」
「な、に、これ……?っつ!?」
「んぐ……ぐぅ……うう!?」
光りがしばらく続いた後、彼女らは体の内側に宿る猛烈な熱と痛みに耐えきれずに気絶してしまった。
「起きた時が楽しみッス……働き手は沢山欲しいッスからね。まあ今は生まれ変わる為の休憩の時間ッス。…………ゆっくり休んで欲しいッスよ」
はたして彼女らの前に現れたジーンは神か悪魔か、はたまたそれ以外の何かか…………?
しばらくはSideEpisodeの予定はありません。
もう少しイニス編の話が続きます。




