11 投合
「ジーン!そっち行ったよ!」
まるで鋼鉄のように鈍い金属の光沢の殻を持つ巨大な蜘蛛が生い茂る木々の隙間を抜け、金髪の青年めがけて突進してくる。
これほどの巨体の蜘蛛が人にぶつかってきたらたとえ鎧越しであろうとも骨折で済めばまだ良いほうだろう。
だというのに誰一人その光景を心配することなく余裕の表情で、ジーンと呼ばれた金髪の青年と巨大な蜘蛛、ギガスネットがぶつかり合う瞬間を見つめる。
「ギシャアアアアアアアアッ!!!!!」
ギガスネットが咆哮しながら青年に突進する。
その刹那。彼が腰に差していた細身の曲刀、刀を抜いた瞬間を誰も捉えることが出来ずに後には両断されたギガスネットだけが残されていた。
「…………ふぅ。姉さん、終わりましたッスよ~!」
ジーンの陽気な声にさっきまでの張りつめた空気が氷解し皆の緊張がほぐれる。
彼の声を受けて、間接や胴体などの要所にのみ鎧を付けた槍を持った女性が近づいてくる。それに合わせて他のパーティメンバーも近づく。
「はいよ、お疲れさん。ジーン」
女性がジーンに手を振る。
女性ははちみつ色の緩やかなカーブの長髪をポニーテールに整えている。顔も若干可愛らしい物ではあるが、何度も戦闘行為を行っているからか髪の荒れや肌の日焼けなどが彼女の容姿にそぐわない荒々しさを伝えてくる。
「お疲れさん。しっかしスゲェなあ、お前さんの剣術はよお。あんなに速く正確に剣を振れる奴は今まで見たことねぇぜ」
続いたのはフルプレートに身を包みこれまた全身を包めそうなほど巨大なタワーシールドを持つ男性だ。腰には剣と片手斧を装備しているが手に持っていないところを見るに防御にのみ専念していたのだろう。
「どうもッス。ベラさん、ダリルさん」
ジーンは剣を素早く二度ほど振り、その動作でもって血糊を全て振り落すと流れる様な動作で刀を鞘にしまう。
ただそれだけの動きですらプロの踊り子にも引けを取らぬような磨き上げられた動作であると、その他のパーティメンバーの目を引いてしまう。
「いや~、ジーン君の剣技はいつ見ても綺麗だね~。いや、さっきのギガスネットに止めを刺した技はあんまりよく見えなかったけどさ」
「俺もそう思う。普通冒険者つったらロングソードでもメイスでも関係なくぶん殴るような戦闘スタイルの奴がほとんどだからさ。まともに”斬る動き”なんてのが出来る奴があんまりいないんだよな」
「うんうん。そんな調子で戦闘し続けちまう奴が大半だからすぐに武器を駄目にしちまう奴もいるしな~」
「はいはい!どうせ俺は武器の扱いが下手糞だよ!」
何やら他の冒険者達が武器の用い方についてあれこれと言い合っている。
そんな調子で言い合っている冒険者達を一括するようにベラが声を上げる。
「無駄話はいいからさっさと解体作業やんな!ぐずぐずしてると魔物共の餌にするよ!!」
ベラの声に顔を蒼くした男達が急いでギガスネットの解体作業にあたる。
と、そこにローブを身に着け大きな翡翠色の宝石の装飾が目立つを杖を持った少女が声を掛けてきた。
「お疲れ様、ジーン。これでも飲んで」
桃色の髪の少女は革張りの丸い水筒をジーンに渡す。それをジーンは笑顔で受け取り中の水を呷る。
「っぷはぁ!どうもっす、ユーちゃん!」
「くすっ。どういたいまして」
返された水筒をジーンと同じく笑顔で受け取り、また同じように中の水を飲むユー。
人心地ついたジーンはその場で軽く伸びをする。
落ち着いたのを見計らって、ベラが声を掛けてきた。
「どうだいジーン?まだいけそうかい?」
「全然大丈夫ッス!俺は元気なのが取り柄ッスから!」
「ふ、そうかい。なら続けていくよ!」
「ッス!!」
時刻はもう夕方を過ぎ夕食時だ。
酒場の中は食事を終え、酒を酌み交わし始めた者が大勢いる。
「それじゃジーンの此度の活躍を祝って……乾杯!!!」
「「「乾杯!!!」」」
皆が樽の様な形状のジョッキに注がれた黄金色のエールを一気に飲み干し、余韻に浸る。
「っぷはぁ~!いや~、やっぱ冒険から帰ってきた後のエールは最高だな!」
パーティの中で一番の大男であるダリルはこげ茶色の短髪と同じ色の無精ひげを蓄えた男だ。
鎧を脱いだ姿は一見すれば熊のようなむさ苦しい男に見える。
「言ってることが完全におっさんだよ。もうちょうジーン程じゃなくてもおしとやかになってほしいもんだがねえ」
「ば~か!俺がジーンみてぇな態度を取ってたら逆に病気を疑われちまうよ!俺見てえなむさい男はこんくらいでいいんだよ!」
ベラがたくっ、と文句を言いながらも表情は終始にこやかだ。
他のパーティメンバーもそれに続くようにダリルを冷やかす。
「ふぅ、にしてもこのパーティってみんな仲がいいッスね。自分が加入する前からもこんな雰囲気だったんすか?」
辺りの喧騒から少し離れてジーンがベラに問いかける。
「ん~、仲は悪くは無かったけどこんなにわいわいやるって感じでは無かったねえ」
続けてベラが昔のことを少しだけ語る。
「あんたが加入する前はね、今ほどじゃないけどモンスターの討伐自体はそこそこ上手くいってたのよ。あたしや他の奴らがモンスターを牽制するなりしておびき出して、引っ張って来たモンスターをダリルが受け止めて、止めはユーの魔法で。って感じにね」
「それだけ聞くと何の問題も無い様に聞こえるんスけど……何がいけなかったんスか?」
「そりゃ金を稼ぐだけならあんまり問題はないけどさ、より上位の武具類を手に入れるためには可能な限りモンスター共を綺麗に倒さなけりゃいけないのさ。毛皮なんかでも燃えてたり傷だらけじゃ素材として使えないだろう?」
「あ~、なんだか分かってきました。つまりは今までの戦闘方式じゃ最終的に決着をつけるのがユーちゃんの魔法だけだったから上質な素材が手に入らなかった。と」
ジーンとベラが言っている問題というのはつまりはユーが放つ魔法だ。
彼女の使う魔法は多数の属性の中でも特に攻撃的な性質を持つ”炎と風”がほとんである。炎の場合は素材を黒こげにしてしまうし、風の場合は鎌鼬の様な鋭い刃が切り刻んでしまう。おまけに彼女の得意な魔法は大火力による殲滅、であるため細かいコントロールを苦手としている。ここで一応いっておくが他属性の魔法も使えないという訳ではない。
つまり倒すだけなら簡単だが素材の確保が大の苦手。もっと言えばモンスターの捕獲依頼などは絶望的だ。
「そういうこと。んで、そこに見事な剣技を持つジーン坊が入ってきてくれたおかげで諸々の問題を一刀両断してくれた。ってわけだ」
ジーンがこのパーティ”薄明の旅団”に入ったおかげで素材の確保が飛躍的に向上し、皆の装備を一気に更新出来ただけでなく、今まで討伐報酬のみが主な収入源だったのが素材報酬も入って来る様になったので一気に貯金が出来る様になった。まさに笑いが止まらないといった状況だろう。
ちなみにどうやって素材の確保を行っているかというとなんてことはない。魔法やガードが足止めをしている隙にジーンが急所により一撃を決めるだけ。もしくは昆虫型のモンスターなら関節部などの節目を的確に切り裂き身動きが取れなくなったところを煮るなり焼くなり好きに料理するだけである。
「ま、普通のパーティならこんな芸当は出来ないんだけどね。だってあんたら考えてもみなよ。あんな馬鹿でかい蜘蛛に正面に立って一撃で倒す。なんてこと出来るかかい?」
「いや無理無理!不可能だよ!」
「あんな奴の正面に立つぐらいならブラックボアの突撃を受ける方がまだましだ……」
「俺ならションベンちびるね!うん!」
さっきまでダリルらと一緒に酒を飲んでいた三馬鹿達も思わず素面になって答える。
「ま、そういうことさ。ジーン坊は文字通りの拾い物だったみたいだね!」
あはは、とジーンははっきり答える様なことはせず笑ってそれをごまかす。
「ねえ、ジーン」
誰かが裾を引っ張っている。振り向けばそこにはユーが居た。
ちびちびと両手でエールを飲んでいたユーがここにきてようやく口を開きジーンに問いかける。
「ん?何スか?」
「ジーンの剣技ってどこで習ったの?それにあんな細い曲刀も今まで見たことないし、不思議だな~って思って」
「え~っと……それは……」
言えるわけがないッス。
まさか空の上から来ました、なんて。もしここで天空城のことがばれちまうようならイグナート様のきつい折檻が待ってるッス!おまけにイニス様にまで迷惑を掛けちまう!
お仕置きはいくらでも耐えられるッス。自分の不手際が起こした問題の責任は甘んじて受け入れことが出来る。だがイニス様に迷惑をかけるなんてことだけは断じて許容できない!たとえイニス様が受け入れても自分がそれを否定するッス!!!
「それは俺も気になるな。あんな芸当ができるってことは我流じゃなくて誰か師でもいたんだろ?」
ダリルも普段は盾を使う仕事が主だが、ジーンの独特な剣術に興味津々だ。当然三馬鹿も。
「え、え~っとッスね……」
な、何か!何でもいいから言い訳の言葉を思いつくッス!ジーン!
と、そこに割って入ってきた一人の冒険者が居た。
「ようよう今日もいい御身分で何よりだなあ、ベラさんよお!」
「……何か用かい、グレン」
グレンと呼ばれたこの男性。巨大なパーティを形成している”黒鉄の疾風”のリーダーである。
パーティの名前と同じような黒い色合いのフルプレートを着込んでおり、ヘルムだけは脱いでいる。
ダリルの負けず劣らずの巨漢は鎧越しでも筋肉の厚さを物語っており、顔つきは中々のものだがいやらしい笑みがそれを台無しにしている。
両者喧嘩腰の姿勢であり、一触即発の空気だ。
「あたしらは今仲間内で打ち上げやってんだ。余所へいきな」
「そうつれねえことを言うなよ。元は同じパーティだったじゃねえか!」
大仰な手振りと共に、聞き逃せないことを言うグレン。
元は同じパーティだった?
「あの、ベラさん。それってどういう……」
「ほう……そいつが最近有名な高速剣の使い手か……なあ坊主、俺ん所に来ねえか?待遇は保障するぜ」
なんだか目をつけられているらしい。先ほどまでの自分への追及を逸らしてくれたことには感謝しているが、あまりお近づきになりたくないタイプだ。
「ちょっと!グレン!やめてくれないかい!?その坊やはあたしん所のメンバーだよ!?」
「おいおい、そんなに怒るなって。待遇の良いパーティに移籍するのはよくあることだろ?そんなに怒ることでもねえはずだ。それにそういうことを実際に決めるのはこの坊主の意思だろ?」
「くっ…………!!」
「ま、今日は少し顔を見に来ただけだ。なあ坊主、お前の実力は少しだが遠巻きに見ていた。お前ほどの実力者ならいつでも歓迎するぜ?」
「は、はぁ…………」
「ふ、じゃあな。さっきの話、考えておいてくれ」
言いたいことだけ言ってグレンは行ってしまった。
まるで嵐のような男だ。パーティの名前にもなっている疾風というのもあながち間違いでもないのかもしれない。
「あの、ベラさん。さっきの元は同じパーティって……どういう……」
不機嫌なオーラを隠そうともせずに一気にエールを呷り、ため息をつきながらも喋り出してくれるベラ。
「はぁ……聞いての通りだよ。あたしとそこのダリルは元は黒鉄の疾風のメンバーだったんだ。それなりの地位にはいたけど……そりが合わなくてね、脱退したんだ」
「なるほど、そしてそこから”薄明の旅団”を立ち上げて仲間を募って今に至るってわけっすか?」
「まぁ、細かいところを省いて言うとだいたいそうだよ」
「私は最初期のメンバーだったから知ってたけどね」
ぽそりとユーちゃんが重要な情報をこぼす。
いや、知ってたんなら教えて欲しいッスよ!唯でさえばれない様に情報収集するって任務を請け負ってるのに、自分が所属するパーティの情報すら碌につかめて無かったとかシャレになんないッス!!
「んで、あいつグレンはね、野心の強い男でね……あんたみたいな実力者をこぞって集めてんのさ。まあそれだけなら特に問題ないんだけど、貴族と怪しい繋がりがあったり、奴隷を大量に購入してダンジョン内の採掘場で強制労働させたりってのがあって、あたしはどーもそれが気に食わなくてね…………そんで結局抜けちゃったって訳さ」
なるほど、そんな理由があったのか……だが納得はできる。
このパーティの明るい空気と強い仲間意識は”薄明の旅団”のリーダーであるベラから来ているのである、と。
「へぇ、そんなことがあったんすか……まあ自分としてはどうでもいいッスけどね!」
「へ?」
気が抜けたのか、普段の調子からは考えられないような可愛らしい声で反応するベラ。
「自分はこのパーティが気に入っているからそんな過去の事はどうでもいいッス!みんなをぐいぐい引っ張って行ってくれるベラさんにどっしりと落ち着いて構えるダリルさん。みんなのアイドルユーちゃんにいつもにぎやかな三馬鹿サン。そんなみんなが集まって出来たこの”薄明の旅団が”俺は気に入ってるんスよ!!」
自分の声で皆がそれぞれの反応をする。
あるものは口元に僅かな笑みを浮かべ、エールを一気飲みし、あるものはフードを目深に被って、赤みを帯びた顔を隠している。ある者は「新参であるはずのジーン君に面と向かって三馬鹿っていわれちゃったよ」「事実だから仕方ない」「普段の行いが悪いからな」と真顔でふざけ合っている。
そこで肝心のベラはというと…………。
「ううう~~~!!ジーン!!お前っていい奴だなあ!!!!」
半泣きになりながら思いっきり抱き着いてきた。大きな胸に包まれてちょっと役得…………ってく、苦しい!?
「も、もが!もががっ!!」
「うわージーン君ってばすけべー(棒)」
「さいてー(棒)」
「僕にもして下さい(本気)」
「まったく。仲良いな、お前らはよ!」
「うんうん」
今日も冒険者の夜は一波乱二波乱ありながらもふけていくのだった。
皆が寝静まった夜の帳で目を凝らしてもなお見えない影が複数。
「それで親交は?」
「かなり上手くいってるッス。ただ自分の出身やら装備やらの言い訳で少し詰まりそうになりました」
「ふむ…………その辺の設定はこちらで考えておく。ではさらなる情報の収集を期待するぞ””ジーン・ベイル”。いや、今は”ただのジーン”だったな」
「了解ッス。力の方は小出しで行きますんで、当面は無茶はしない方向で行きまスよ」
「よろしい、それでは健闘を祈る」
「はっ!」
会話が終わると同時に影は雲散霧消し、後には痕跡の欠片どこらか魔力の残滓すら残っていなかった。
本格的な調査開始。
この話のジーン君は「08兵」のジーン君と同じ人物です。
なおジーンがいる街とヴォルフが現在いる街は違います。




