10 思惑
「それでは報告を聞かせて貰おうか」
僕の後ろに控えていたイグナートが代わりに答える。
現在は執務室だ。
といってもゲオルクやイグナートが使っているような個人のそれではなく本来はヴォルフガングというこの国の王が使う執務室である。部屋の広さもかなり広くとってあり、天井にはシャンデリアが部屋を照らしている。さらに壁全体を埋め尽くす様に本棚が嵌め込まれており、本や資料がぎっしりと埋まっている。
そして部屋の中ほどに美しい装飾が施された机が存在感を示し、机の上には手元を照らす小さな照明と筆記のセットが置かれており、いくつかの紙束が箱に収められている。
はっきり言ってこの机と椅子、今の僕の背丈に会わないからクッションを敷いてかさ上げしてるんだよね……。まぁそんなことはどうでもいいので一旦置いといて。
「は!それでは調査隊第一班報告させていただきます!」
はきはきと調子よく答える黒ずくめの装備を着込んだこの男たちはまた新しく召喚した調査隊のメンバーだ。五人ほどの男達が一列に並び、その先頭には代表の男が一歩前に出ている。そしてその列が3列ほど存在している。今喋っているのは僕から見て一番右端の男だ。
前回の浮島の視察から十日ほどが過ぎており、視察の後調査隊を下界に派遣したのだ。
今回はその第一調査結果の報告という訳である。
「まず我らが調査したのは生物についてです。調査した結果によると、我らとほぼ同程度の姿形を持つヒトの存在を確認しました」
やはりいたか……。もしかしたら恐竜の世界とか荒廃した世界とかに飛ばされたんじゃないかと色々考えていたんだが杞憂だったようだ。
「彼らは知能を持ち我らと同じ言語を持ちコミュニケーションを形成していました。今回は確認だけで終わりましたが次回からは直接的な接触を図ろうかと考えております」
おや、言葉は通じるのか……まぁ余計な手間が省けたとでも考えておこう。
「その他にも知的な生命体の発見を確認しました。といっても実際に見たのは一つだけでその他は存在を確認したというだけでしたが……」
「ヒト以外の知的生命体ねぇ……エルフとかか?」
「いえ、それらも存在はしているようですが我らは確認しておりません。目視による確認が出来たのは現地で”ビースト”と呼ばれている者達です」
ビースト?首から上がオオカミとかライオンとかか?
「彼らは大部分は人とまったく変わりませんが異なる点として、動物の様な耳と尻尾を備えているという点です。更に彼らはだいぶ知覚能力が高いようで、我らの存在を確信には至っていないようでしたがおぼろげに感じ取っていたようです」
なるほどね、ファンタジーでよくある獣人って奴か。動物的な勘とかそんなものを備えているんだろう。
「さらに、会話を聞き取った範囲で言えば我らにも馴染みのある”エルフ”や”ドワーフ”なども存在するようです。以上で報告を終わります。」
「なるほどね。ありがとう。とりあえず最初に接触する相手は無難にヒトかな?おそらくは勢力も大きいだろうしね」
「はい、まぁその辺りは後で細かく煮詰めていけばよろしいかと……」
イグナートも賛同してくれている。まぁ実際の軍事に関することはコイツや将軍なんかに聞かないとな。
「それでは調査隊第二班報告させていただきます!」
「我らが調査したのは技術レベルについてです。地方によってある程度の差はあれど大まかなレベルは低いと思われます。家の建築素材は石と木から作られるものが大半であり鉄を用いたものは今のとこ確認しておりません。これは巨大な建築物、たとえば城などについても同様です」
なるほど、これは安心材料が増えたな。天空城は魔法による補助も存在しているが最も重要な中心部分は鉄骨により形成されているし、城を覆う防壁などはその鉄骨によって壁の芯を形成している。……という設定文を書き込んだ記憶がある。
設定がそのまま反映されているならこの天空城もその通りになっているだろう。と言っても後で確認はしておかないとな。特に外壁に関しては。
「武器に関してもレベルが低く、冶金や鍛造、鋳物の技術などもはっきり言ってかなり低いものです。といってもこれらはヒトの技術です。未だ出会っていないエルフやドワーフなどは未知の技術を持っている可能性は大いに考えられます」
確かにその辺の技術はドワーフが最も得意とするところ。エルフも薬学に関する知識は高そうだしな~。
「また魔法に関する技術ですがこれらについてはかなり研究が進んでいるようです。といっても我らから見てもまだまだ無駄や粗が多く、発展途上といったところでしょう。更にそれらの魔法特性を特定の物に定着させる技術については未熟な部分が多く見られ、原始的な魔法石に頼っている部分があるようです。以上で報告を終わります」
「魔法か……確かお前たちが身に着けているそのブーツやマントなんかにも魔法が付加されていたよな?」
「はい、私共の装備には消音や背景同化などのスキルが付加されております」
ああ”スキル”か。確か魔法的な効果はそういう風に言うんだったな。
「よし、それでは次だ!」
イグナートが次の報告を出させる。
「は!調査隊第三班報告させて頂きます!」
「我らが今回主に調査を行ったのは”ギルド”と呼ばれる組織と”冒険者”と呼ばれる者達についてです。まず冒険者というものについてですが、我らが森で何度も遭遇した武装した者達のことです。彼らはどうやらモンスターの類を討伐し、それらの遺骸から剥ぎ取った素材などを金銭に変え、収入を得る者達の様です。その後も調査を進めましたが、どうやらかなり一般的な職業らしく広く認知されており、また冒険者の構成についても老若男女問わず様々な者達が存在しているようです」
「冒険者……そのモンスターというのはどんなものなのだ?」
控えていたイグナートが質問を投げかける。
「あまり細かな区分は分かりませんでしたが、ヒトに対して攻撃的な野生の動物で間違いないと思われます。ヒトを見ると積極的に攻撃するところが野生の動物とは異なるようです。種類についても様々で粘性のスライムや角を持つうさぎ、硬質的な毛皮に巨大な牙のイノシシなどを確認しております」
「なるほど……本格的な捜索を開始するならヒトの対策だけでなくモンスターに対する対策も考えねばな……」
イグナートの奴が深く考えている。まぁ、本拠となる天空城はかなりの高度に浮いている訳だし、モンスターの被害なんかについてはあまり考えなくてもいいかな?だが調査隊や今後の捜索隊なんかについてはしっかりと対策を考えないと。
「次いでギルドについてです。あまり細かな所までは分かっておりませんが冒険者達の会話を聞いた限りでは、特定の職業に就いた者達が入る集まりの様なものらしく、問題の解決や責任の対応などを行い人々をまとめている組織のようです。以上で報告を終わります」
ギルドか~、どこの世界でもそういう組織とかはあるんだよな~。なんだか利権とか新規参入の取締とかやってそうでいいイメージがしないな~。
「……ご安心下さいイニス様。”今回は見るだけ”という言いつけはしっかりと守っておりますので我らの存在の隠ぺいは完璧です!」
いや別にそういうことで眉間にしわを寄せていたわけじゃ無いんだが……一挙手一投足が部下に見られているって、なんだか苦しいな。
「……我が神よ、第一次調査については以上のようです。後でレポートに纏めますので今日のところは一旦お休み下さい」
ってイグナートにまで心配されてしまってる!
まぁ、いいか。細かい対策とか方針は次だ次。
心を入れ替え精一杯の笑顔で彼ら調査隊のメンバーに労いの声を掛ける。
「うん!みんなお疲れ様!僕がこんな椅子に座って呑気に日常を過ごしている間、みんなは頑張ってくれていたんだね!みんなの頑張りに報いることが出来る様に、僕も最善を尽くすから!」
自分でも精一杯の声と笑顔で感謝と労いを伝えたら調査隊のメンバーが一斉に跪いてしまった。ていうか全身黒ずくめの男たちが一斉に跪くとか少し怖いぞ!イグナートが控えてくれていなかったら変な声が出ていたかもしれん。
「我ら非才の身に勿体無きお言葉!!我ら一同、益々の忠誠と忠勤に励むことを誓います!!!」
「ああ……うん……ありがとう…………」
「はは!!」
どうやらこいつらもイグナートばりの忠誠心を持っていたらしい。この大仰な言い方は普段聞いているそれと同じだ。
ていうかイグナート!調査隊の礼を見てなんで納得した風にうんうんと頷いている!
まるでこれがあるべき姿だ!とでも言わんばかりの調査隊とイグナートの対応に、僕の穏やかな日常を望む心がまた少し削れていったような気がした。
調査隊のメンバーが退室したことにより執務室に残ったのは僕とイグナートだけになった。
「とりあえずあまり大きな脅威などは存在しないという事は分かったな。次回からはもう少し直接的な接触を行おうかな?」
「はい、しかし私個人としては早々に捜索隊の方も派遣してよろしいかと考えております」
「ん?そうか?」
「ええ、下界の人間組織の内部を深く探るにはやはりそれだけの信用や付き合いといったものを成立させておく必要があると考えます。昨日今日出会った者よりも一緒に食事を交わした者や、共に背中を預けた戦友の方を信用するといった具合に」
なるほど……そう考えるならば早いうちにコンタクトをとって慣らしておくというのもいいかもしれない。それに第一陣がうまくいけば次に派遣した部隊を紹介するという形で一気に信用を得ることが出来るかもしれないしな。
「なるほどな。それならどんな形で下界の者達と接触させるのがいいと思う?」
「調査隊の報告を聞いた限りでは、やはりここは冒険者という形で行動させるのが最も発覚されにくいと思われます。老若男女がその職業についているとあらば、どんな人員を送っても不思議に思われることは無いと思われます」
おお!やっぱりイグナートはよく考えてるな~。そこまで頭が回ってなかったよ。
こちらとしては面倒事は極力避けたいし、戦力も揃ってないから可能な限り天空城のことは隠しておきたいしな。
「うん。ならそれで行こう。具体的な構成はどうしようか?」
「そうですね……ここは3つの部隊を派遣しましょうか。一つは男を一人、一つは女を二人、一つは混成の5~6人程度のパーティを、といった具合に」
「なんだか変な構成だな?理由はあるのか?」
「は!方針としては即応できる少数の者達と巨大な戦力を持った混成のパーティを配置しておき、有事の際には身動きのとりやすい少数のパーティを帰還させ確実に情報を持ち帰り、その間の足止めに混成のパーティを置いておくといったところでしょうか」
なるほど、確かにそれなら確実に情報が手に入るな。とはいってもそんな大規模な争いが起きるんだろうか?まぁ、備えあれば憂いなしとはいうけど少しやりすぎというかなんというか……。
だが戦闘関連の事は抜きにしても、有名なパーティに近づこうという輩が何かしら利用できるかもしれないし、見た目の綺麗な女性なんかだと調子に乗って思わず情報をこぼすこともあるかもしれない。
う~ん……まぁ、何もかもが初めての経験なんだ。多少のリスクは目を瞑って、失敗してもいいや。というくらいの気概でいくか。
「うん、基本的な所はそれで行こう。マジックアイテムを用いた通信には通信距離の限界なんかもあるからリアルタイムの情報更新なんかは出来ないし、確実に情報は持ち帰りたいしね。」
「はい、私としても慣れない仕事を彼らにやらせるのですから多少の失敗は覚悟しています。とりあえずは最初の様子見ということで行きましょう」
「それじゃあ人員の選定なんかは任せてもいいかな?」
「お任せください。後の仕事は私が処理しておきますので、今日のところはもうお休みくださいませ」
「うん、ありがとう!」
僕が言い終わると、イグナートが優しく椅子を引いて降りやすい様に配慮をしてくれた。おまけに私室まで送ってくれて、僕が私室に入るまでお辞儀を欠かさぬ徹底ぶりだ。自分が召喚しておいてなんだがよく疲れないな……。
部屋に入ると一目散にキングサイズのベッドにダイブした。
肉体労働はほとんどないしご飯も美味しい。良く尽くしてくれる優しい部下もいる。快適な環境なんだが……。
「はぁ…………気苦労ばっかり多くて精神的に疲れる…………人を使うってこんなに難しいんだな」
長い溜息を吐いた後、僕の意識は微睡みの中に落ちて行った。
イグナートは自分の私室に戻り黙々と書類の確認や今後の計画等を練りながら物思いに耽っていた。頭の中では別の事を考えながらも的確に書類を片付けていく様はさすがとしか言いようがない。
「(我が神にはああ言ったが私は一切合切全ての事柄に置いて妥協するつもりはない。……もしも部下たちが我が神の顔に泥を塗り、足を引っ張るような真似をするなら…………)」
イニスが考えているよりもずっとずっと、イグナートの創造主への信仰ぶりは上を行っていた。
リアルの事情も少し落ち着いたので今後は普通に投稿していけそうです。
余裕があれば下界に降りた調査隊や捜索隊のメンバーの活躍も書いていくつくもりです。




