第三十八話 影人の嘆き
「君が――お前が否定したのなら!オレも同じように、“時雨”を否定する!!」
竜胆は影で作りだしたナイフを構え、こちらに向かって来た。
俺は刀に魔力を込め、それを弾き返す。しかし、竜胆は怯まない。
「この復讐心も、記憶も!! “私”が一人孤独に戦って、拷問の末に磔にされ、焼かれて処刑されたことも!お前はその過去さえ捨てた癖に!」
攻撃は物理的な物だけではない。言葉の攻撃とも取れる《負の言葉》も綴る。《負の言葉》は言霊を利用し、相手の精神や心に攻撃する。――地味だが、“負”を知る者でもある俺から見たらとても厄介なモノだ。
悲鳴のような、しかしナイフのように鋭い《負の言葉》を投げつけるように言いながら、竜胆は猛攻を続ける。一瞬だけ合った目が僅かに潤んでいる…ような気がした。
それが仇になったのだろう。刀でナイフを防ぎ、振り払った瞬間。その隙に左手を鉤爪のように変化させ、腕を振り下ろす。
「ぐっ…!」
咄嗟に身を捩って避けようとする。だが鉤爪は俺の脇腹辺りを掠った。服を裂き、肌を切り裂く痛みが走る。深くは入ってない。脇腹に一度触れ、手を見ると、血が付着していた。
この程度なら、すぐに塞がるだろう。そう判断し、一度距離を取る。が、竜胆も即座に体勢を整え、ナイフを突き出してきた。
「逃がすか…!――どんなに逃げても、呪いからは逃れられない、呪い殺されたことすら忘れたというのか、お前は!!」
「チッ…《天ノ刃》!」
《負の言葉》によってじわじわと精神を侵蝕していくような感覚。そして、不意によぎる“前世”の過去。…それを《負の言葉》として使うなんて不快だ、と舌打ちしながらも、俺は即座に詠唱し、ナイフに向かって刀を振り下しながら《天ノ刃》を発動させながら後退する。
幾つも現れた光の刃は竜胆目掛けて落下していく。
それに気づいた彼は、自分の影を強く踏む。瞬間、靄が舞った。竜胆は靄を操るようにナイフで掻き混ぜ、こちらへ一歩踏み込みながらソレを切り払う。
「《残影ノ刃》!」
切り払うと同時に靄は形を成し、影の刃となる。影の刃は竜胆に向かっていた光の刃を相殺させながら、幾つかが俺の方に向かってきた。それらを躱そうとするが、いくつか掠ってしまう。
靄とナイフに魔力が込められているのは察していた。…が、先程竜胆は“一度だけ”切り払ったはずだ。なのに、影の刃は、幾つもの“同じ衝撃と威力を持った刃”として分裂している。それと──あの技は見たことが無い。
……成る程、これが影属性というモノか。闇属性とは似て非なる属性。
「影……成る程、だから“影人”か」
「ハッ……だから何だ、神サマ」
「人でなし、ねぇ……まあ確かに、否定は出来んな」
少しだけ自嘲しながら言えば、竜胆はさらに表情を歪ませる。
待てよ…話に反応した、ということはもしかしたら時間稼ぎも出来るのでは…?
一つだけ気になることがある。そのことをリットから聞き出したい。テレパシーでリットだけに念を送りながら、勘付かれないように竜胆には話題を振る。
「何故、神が“人でなし”なんだ?」
『なあリット、もし竜胆を否定したらどうなるんだ?』
それぞれに対して別々の質問を投げる。
「わかりきったことを……お前らみたいに、平然と何かを救うこともせずに、切り捨てるからだ。」
竜胆の返答。リットのはまだ返ってこない。というか…――お前ら?
「切り捨てる…?それは俺が過去を切り捨てたことに対してか?」
「半分正解で半分違う。お前が過去を切り捨てた事と、譲葉、アンタのやろうとした事だ」
そう言って、竜胆は俺の後方にいる譲葉を睨みつける。譲葉は何かに気付いたのか、ハッとした表情になって「それは違う!」と反論する。
「何が違うんだ?“私”の歪んだ輪廻を正そうとしたまではいい。けれど、アンタがしようとしたことは何だ? 歪んだ原因の一つである輪廻を切り離す―――すなわち、女性の“私”を残して、オレにあたる男の“私”を殺そうとしただろう!!」
「違う!!俺は、そんなつもりじゃ――」
「もうアンタの言い訳は聞きたくない! オレは怨めしいよ、“前世”の時からアンタに似ているというこの姿も…!オレなんて、必要なかったんだろ!?だから、殺そうとしたんだろ!!」
竜胆の口から吐き出される言葉。憂い、そして憎悪。それらの感情を感じ取る。
そして、ユウサリ以外に“私”を助けようとしていた者がいたという事実。何故譲葉なのかはわからないが…竜胆曰く、譲葉は『男と女の姿があった“前世”から男の方を切り捨てようとした』という事。
「……成る程、それを聞いたら俺も黙ってはいられないな。元々は人間だったんだ、その嘗ての生を否定するような事をされちゃぁ…な?」
「時雨まで…!違う、俺は…」
「わかってる、あくまでもこれは“竜胆の言い分”だ。……譲葉、アンタにも言い分はあるだろう?後で聞いてやるさ」
ニッと笑ってみれば、譲葉は一瞬きょとんとした顔をしていたが、困ったように微笑みながら頷き返した。
「――結局、お前もそっちの味方なのか」
「……さぁな。ただ、お前はもう少し冷静になって譲葉の話を聞いた方がいいかもしれないぜ?」
「嫌だね。聞く気にもならない! お前もそちら側なら――いや、いっそのこと力を全部奪って、オレが“俺”の代わりになってやろうか!?」
急にナイフを構え、突撃してくる。後ろに退いて、それを躱し、刀で次の攻撃を迎え撃つ。
さすがに今の攻撃はヒヤッとした。
息を吐いたのも束の間。いきなり竜胆は俺の胸倉を掴む。殴られる、と咄嗟に目を瞑った。
…が、痛みは来ない。その代わり、唇を相手の唇で塞がれた。
「はっ…!?」
離せ、と言おうとした瞬間、舌が入り込んでくる。な、何でだ…!?
何故こんなことになったのか、さすがに理解が追い付かない。しばらくの間、されるがままにされてしまう。…いや、本当はそんなに長くないのかもしれないが、何故か長いように感じてしまう。
「っふ……っ…」
「……っ…は、あまり食えなかった、か。」
「はぁ…っ…食う……?」
ようやく解放され、竜胆は軽く俺を突き放し、唇を拭いながらながらそう言った。俺も息を整え、服の袖で拭いながら、言葉を復唱する。
冷静になり、『食う』の意味を理解した。――竜胆は先程『俺の代わりになる』と言った。…多分それは本気だったのだろう。だから、俺の神力か霊力を体液…唾液から食おうとしたのだろう。…思ったより食えなかったようだが。
恐らく、そういった手での方法の一つでもある、血液からでも難しいだろうが。…元々、そういった手段は神や精霊相手ではロクに食えないという話を聞く。…まあ、余程そう言うのに特化していない限りは無理だろう。仮に特化していても、完全には食えないハズだ。
人と神の越えられない壁。それがある限りは。
たとえ竜胆が人外を自称していても、恐らく人としての部分が僅かながらも残っていたのだろう。その部分でもう、無理なんだろう。
「さっきのが駄目なら、やっぱり血か…? いや、多分駄目なんだろうな…。ならどうすればいい…どうすれば……」
竜胆もそのことに気付いたのだろう。何やら考え始める、がすぐに思いついたらしく、目を細める。次に何が来るかわからない、俺は刀を構える。
「いっそ、オレが眠っていた闇の中に、閉じ込めてしまおうか。」
そう言って竜胆は自分の影を蹴り上げる。同時に黒い靄が舞い、こちらに向かってきた。
「!!」
靄は俺の周りを囲む。それだけか、と思ったが即座に違和感を覚えた。
「……成る程」
自分の手元に視線を落とす。そこには刀を握っている自分の手があるはず、なのだが見えない。そして、異様に静かすぎる。
…この靄は、視界と音を奪う、そんな物なのだろう。
「随分と厄介な…!」
不意に風の揺らぎを感じ、咄嗟に身体を捩る。次の瞬間、黒い影が勢いよくよぎった。…さっきのは恐らく竜胆だろう。…成る程。視界と音を奪い、何も判断出来ない状態の相手を狙うという算段か。
しかし、さすがに直前となると風の揺らぎのみは感じられるようだ。…ただ、相手が影の使い手、ということもある。影に成り済まされたら、さすがにマズい。ならば……――
「やる事は一つだ!」
刀に魔力を込める。それも、先程までとは違い、神力も込めながら。その効果があったのか、見えなかった手元が見えるようになり、刀身がぼんやりと蛍の様に発光しているのが確認できた。
足を一歩大きく踏み出す。刀を構える。
そして、刀で舞うように靄を切り払う。
光の軌跡を描きながら、黒い靄が切り裂かれ、元の緑の地が顔を出す。そして、何かを弾く感覚。
「っ……!」
ドサリ、と音がした。黒い靄が消え、視界と音が返ってくる。横を見れば、少し離れた所に竜胆が膝を付いていた。上手くカウンターしつつ、靄を払うことが出来たようだ。
「何で……払えた」
「俺が何の役割の神なのかわかっているのか? ──闇を光に変える神、だぞ。確かにさっきの靄は厄介だったが」
「チッ……」
舌打ちしながら俺を睨む。が、その表情はすぐに影を差した。…先程まで見てきた表情ではない。
「…そうやって、お前は──」
『否定すれば、彼は消えるよ。そして、物言わぬ、君の影になるだけ。元々、時雨と竜胆は“同じ”だったからね。君のリソースとして還元される』
竜胆の言葉を遮るように、リットの返答がようやく来た。
──そして、この事実だ。
否定してしまえば、“竜胆”という存在は消えてしまう。
歪んだ輪廻から解放されて、転生したら、分かれて、もう一人の男に出会うという奇跡もあったのに。それが、「否定」するだけで消えてしまうなんて──
「誰が……否定なんてするか。」
思わず言葉を零す。その言葉に反応して、竜胆の肩がピクリと跳ねる。
「何…だと……?」
「だから……いいか、竜胆!!」
彼に近づき、胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせる。いきなりのことで、竜胆も動揺していたらしく、息を呑む音がした。
「俺は、お前を否定はしない! 絶対にあり得ない奇跡が起きて、“私”だった二人がこうして別々の姿で転生したんだぞ! こうして新たに生を受けたのに、お前は『否定』してわざわざ散らすつもりか!?そんなの、俺が許さねぇぞ!!」
「──……」
目を見開き、竜胆は何も言わない。少しの間を置いてから、竜胆は俯く。
そして──笑った。
「く…ハハハ! 笑わせてくれる……!」
直感的に嫌な予感がし、即座に距離を取る。竜胆は左手で顔を押さえ、目を細める。
「最初に切り捨てたのはどっちだ? ……お前だろう、時雨!!」
吐き捨てるように言った瞬間、相手の影がブワリと広がる。そして、そこから幾つもの“刃”が現れる。
これはまるで俺の──《ナイトメア・インヴェイジョン》の影属性版のようだ。
思わず呆けていたが、“刃”は俺を串刺しにせんと言わんばかりに襲い掛かってくる。
もう一度刀に神力を込め、迫り来る“刃”を切り払っていく。
だが、さすがに数が多く、完全には防ぎきれない。刺さる、までとは言わないが掠る回数がかなり増えていく。足を、腕を、頬を、影の“刃”が掠めていく。
けれど──
「やられる訳には、いかねぇんだよ!!」
今まで以上に神力を刀に流し、刀身の発光が強くなる。それを確認した後、一歩踏み出し、一回転しながら切り払う。斬撃の余波から溢れた光はそのまま広がっていき、影を浄化していく。
完全に払うことが出来た。しかし、さすがに本調子じゃない状態でやった所為か、身体がふらつく。刀を地面に差し、膝を付く。すぐに前を見る。余波が当たったらしく、竜胆も膝を付いていた。
すぐに体勢を立て直さないと。そう思った矢先、竜胆はこちらにナイフを構えながら駆け出す。
「目を――背けたのはお前の癖に! 英雄として戦わされて、腕も心も失って死んだことも!」
《負の言葉》と共に、俺に向かってナイフを突き出す。
その言葉が効いたのか、左腕がズキンと痛んだ気がした。




