失踪中に見つけたカギ sideB
泉の水面に映し出された月が、幻想的な光を放つ。
夜の森の静かさは、三日前と同じだったが、それでもレオは一人でいたかった。
一人だけ、この場所を教えた人と、この岩に座ったのが、遠い昔のようだった。
ティナが笑って生きていた、あの頃。
レイラとクロッカス・ストケシアの訪問は、ティナもクロエもレオをも不安におしやったが、全く持ってそんな心配はなかった。
あの二人だったら、今のレオに、どんな言葉をくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、ぱきっと枝を踏む音が聞こえて、そちらの方へ目をやる。
月の光に照らされて、立っていたのは、黒く長く艶やかな髪の少女だった。
その立ち姿の美しさと、そして、ティナを思わせるような容貌に、レオは思わず息をのむ。
その少女は、こちらをまっすぐ見ていた。それも、驚いたように。そして、何かに気づいたかのように。
「……誰?」
その姿は、もしかして、と思うものがあったが、警戒は解かずに問いかける。
「ルフレ。ルフレ・レンティシア・ルミエハ」
予想通りの返答に、思わず警戒心を解いてしまった。
彼女なのだ。
レイラ・ストケシアが言っていた、どことなくレオに似た雰囲気を持つ、黒髪の少女とは。
「……ここらへんで、ミドルネームを名のるってことの意味、分かってんの?」
「ミドルネームを大切にするの、ヴェントス領の風習だったの?」
どうやら微妙に間違った認識を持っているようだ。
「ああ。それに、大切にするってだけのものじゃない。それ、ほとんどプロポーズだよ」
「……じゃあ、あなたは、ミドルネームを名乗らないで。そして、私の名前は、あなたの心の中にだけとどめておいて」
あっさりと彼女はそういって見せた。
そして、その言葉に、どこかレオはほっとする。
「レオ。レオって呼んで」
「そう、じゃあレオ。ルミエハ、には反応しないのね」
「……オブスキィトは、必死にルミエハと協調しようとしてる」
「知ってるわ」
「だから、俺だって、気にしない」
この気持ちは本当だった。
レイラから聞いた話のこともあるが、総合学校に行ってみて、やはり実際に会ってみてからでないと、正確な判断はできないと思ったのだ。
「でも、やっぱり、ルミエハを嫌いな人も、いると思う」
「……そうでしょうね。そして、それの方が、安全なのかもしれないわ」
そうして、レオの思っていた通り、ルミエハの人間なのに、ルミエハを悪くいっても怒ることなく、むしろ同意さえしている。
「あんた、ルミエハの人らしくないね。噂と違いすぎる」
「ええ。よく、言われるわ。褒め言葉として受け取っておけばいいのかしら?」
「もちろん」
レオが即答すると、黒髪の少女は思わず苦笑した。
「ここに、何しに来たの?」
「……姉のように思っていた人が、つい最近、殺されたの」
予想外に深刻な理由に、レオは少しだけ後悔する。
「だから、殺した人を知りたい。その証拠をつかんで……復讐したい。ただ、それだけよ」
黒髪の少女の瞳が、どこか闇にひきずりこまれていきそうだった。
それでも彼女はまだいい。復讐する相手がいるのだ。
「復讐、か。神に殺された母親の敵は、どうやってとればいいんだろうね?」
彼女の瞳が大きく開かれ、息をのむ音がした。
「お母さん、お亡くなりになられたの?」
「ああ。三日前に、病気で」
夜の泉のほとりは静かだ。
二人が沈黙しているなら、なおさら。
「……そう。それは、残念だわ。レオのお母さんが、どんな人か、会ってみたかった」
後半はほとんどつぶやくように言われたその言葉だったが、レオの耳にはしっかりと届いた。
「会ってみたかった……か。まあ、美人で、優しくて……俺にとっては、良い、母親だったけどな」
ティナの笑顔が目に浮かぶ。
いつだって明るい声で、レオを呼んでくれたのだ。
「幸せね。母を、尊敬できるのは」
その言葉の苦々しさに、驚いたが、彼女がルミエハの人間だと思い出す。レイラの話と、本人を見た印象を考慮にいれると、自ずと彼女があまり両親のやり方に賛成してないのだということは分かる。
それに比べれば、レオは幸せなのだろうか。
笑っていてほしい、と言ったティナは、レオの幸せを望んでくれているのだから。
「母さんは……きっと望まない」
「え?」
「俺が、こんなところで、落ち込んでるのは」
一人になりたいときに来る場所。
ファリーナに慰めてもらいたいとも思えなかった。
「……そうね。きっと、いつでも笑っていてほしいと、願うでしょう」
一瞬、ティナが言ったのかと思うぐらい、同じような台詞を、同じように温かい口調で彼女は言う。
長い黒髪に、整った顔立ち。本当に、似てる。
「あんた、母さんみたいなこというんだな」
「そうなの?……似てる?あなたのお母さんに、私が?」
黒髪の少女はどこか恐る恐る、それでも、なにか期待感をも感じさせるような複雑な表情をしている。
「……ああ。似てる。言うことも、雰囲気も、見た目も……あんた、母さんと同じで、黒髪で美人だし。全体的に」
「喜んで、いいのかな」
戸惑いがちなつぶやき。
「嫌か?俺の、あんたと歳がかわらないようなやつの母親と同じにされるのは?」
フォローするように言えば、その大人びた風貌に合わないような、おもいっきり首を横に振る少し子供っぽさをも感じさせる動作で、それを否定する。
「……いいえ。むしろ、嬉しいわ。ありがとう」
にっこりとほほ笑めば、その笑顔は、ティナのそれと同じぐらい、レオの心をいやしてくれる。
「……ここらへんで、宿をやってるの、俺の家だけだけど……来る?クロエも、客が来たって言えば喜びそうだし。落ち込んで暗いのは、俺だけじゃないし」
もう少し、いてほしいと思った。
誰よりも、レオ自身が。
「そうね、喜んで」
微笑んだ黒髪の少女を見て、黒髪の少年は、ほっとした。




