二人の密談
ダールの宿に戻ってきて、扉を開けたら、クロエが食堂の真ん中のテーブルに座っていた。
どうやらレオを心配して待っていてくれたらしい。
「ただいま、クロエ」
「お帰りなさい」
レオの姿を見ると、とても安心したようにつぶやいた。
「あのさ……お客さん、いるんだけど、いいかな?」
ティナが亡くなってから今日まで、ダールの宿は休業していた。
ふらりときて泊まるところのない旅人は、町のほかの人が家に泊めてあげたりしていたようだ。
「あの、もし都合が悪いようでしたら、私は野宿でも大丈夫です」
レオの後ろに立っていたルフレが、一歩前に進み出る。
「え……」
クロエの蒼い瞳が大きく見開かれる。何かに吸い寄せられるかのように、ルフレに近づいていく。
クロエが、ルフレの瞳を覗き込むようにして見つめていた。
そして、はっと我に返ったように、ルフレから体を離した。
「夕食はとられましたか?」
「ええ。ですから、もし、よろしければ部屋を借りたいのです」
「……分かりました。お名前は?」
「ルフレ・ルミエハと申します」
「っ! ルミエハ、ですか……分かりました。私はクロエ・ダールと申します。部屋に案内いたしますのでこちらへどうぞ」
クロエの様子が、どこかおかしい。
ルミエハという単語への反応も、いつもの彼女らしからぬものだった。
それでも、一階にある、犬の部屋へと彼女を案内し、食堂に戻ってきたときは、レオにもう寝るようにと言って気遣うぐらいの余裕はあったようだ。
「……なんてこと」
小さくつぶやいた彼女の言葉は聞き取れなかったが、彼女も疲れているのだろうと思い、レオはおとなしく二階の自分の部屋に上がった。
部屋に入り扉を閉め、自分の机に目をやる。
「そういえば……」
ふと思い立って、引き出しを開ける。
その引き出しに入っているのは一通の手紙。茶色い髪の女性、レイラに頼まれたものだ。
彼女が最後にここを訪れてから、三年経っている。
この手紙を、今、下の階にいるルフレに送ってほしいと頼まれてから、すでに三年も経ったのだ。
ただ、約束は五年後、ということだった。
あえて五年後と言ってレオに託したのは、レイラなりの考えがあるはずだ。
その手紙を取り出すことなく、引き出しを閉める。
「二年後、か」
約束は守らなければならない。
そうやって母親に言われて生きてきたから、その教えは、しっかりと守るのだ。
「寝るか」
手早く服を着替えてから、ベッドにもぐりこみ、目を閉じる。
次に目を開けたときには、レオがいつも起きている時間より少し早い時間だった。
寝間着のまま部屋をでそうになってから、ルフレの存在を思い出す。
一応、彼女は客であるため、寝間着で出ていくのは失礼にあたる。
服を着替えて、昨日脱ぎ捨てた服を抱え、廊下に出た。
静かに廊下を歩き、階段を下りはじめたときだった。
「―――」
ふと、声が聞こえた。
音をたてないように階段を下りていき、あと二段で完全に降りれるところまで来て、犬の部屋の扉がわずかに開いていることに気づく。
「どうして―――なら―――のに」
クロエの声が聞こえ、レオは驚いて動きを止める。
この部屋にはルフレが泊まっているはずだったのだが。
「―――も―――しい―――かな」
そう思っていたら、ルフレの声も聞こえてきて、そうしてようやく二人で話しているのだと気づく。
立ち聞きは良くないとわかっていた。
ただ、こんな時間に、会って間もない人間二人が、いったい何を話しているのか、疑問に思った。
慎重に、階段を下り、扉の近くに立つ。
「―――いてください」
「これ―――?」
「―――です。―――に―――でしょう」
「―――の?―――ありがとう」
会話はやはりとぎれとぎれにしか聞こえない。
おそらく二人はかなり声量を絞って話しているのだろう。
これ以上、ここに立っていて、立ち聞きしたのがばれるのは嫌だった。
だから、レオは慎重に階段の上まで戻り、今度はわざと音を立てて階段を下りる。
そして足音をさせたまま、食堂まで一気に歩いていった。




