うそつき。
月明かりが差し込む部屋に、一つだけともした蝋燭の火が揺れる。
月光が当たる位置にベッドがあり、そこには美しい黒髪の女性が、横になっていた。
具合が悪くなってから、やせたものの、やはりその美しさは失っていない。
しかし、九の月に入ってから、すでに二週間たった。レオの休暇は、あと二週間しかない。
青ざめた彼女は、逆に人外の美しさを醸し出しているが、あと二週間であの明るく元気な母親に戻るとは思えない。
「レオ」
ティナが目を開け、こちらを見ている。
「クロエ、呼んできてくれた?」
「ああ。たぶん、もうすぐ来る」
階段を上ってくる音が、レオの耳に届いていた。
夜はよく音が響くものだ。
「ほら」
ドアが静かに開けられ、シルバーブロンドの女性が姿をあらわす。
「ティナ、呼んだ?」
静かにこちらにちかづき、ティナのベッドの横にある椅子に腰かける。
レオも同じように椅子に座って、ティナの額に乗せていたタオルを、換えようと手を伸ばす。
しかし、ティナは何故かレオの腕をつかみ、そうして、微笑んで首を振る。
「笑って、レオ。あなたが笑ってないと、私、困るじゃない。なんて顔してるのよ」
明るい声で、笑いながらいうティナを見て、レオは安堵した後、笑顔を作る。
「そうそう。私、レオにはいつだって笑っててほしい。レオが笑っててくれたら、私にはもう、十分よ」
そこまで言い終えると、ティナは少し苦しげに咳をする。
背中をさすってやろうにも、ティナは横になったままの状態なので、どうしようもない。
「ねえ、クロエ」
「……何?」
「ありがとう。ずっと、いてくれて。助けてくれて」
「っ……ティナっ!」
まるで最期かのような物言いに、いつもは冷静なクロエが、取り乱してティナの名を呼ぶ。
その明るい口調も、微笑みも、いつものティナだと言うのに。
「ねえ、レオ。あなたは、自分で好きなように生きなさい。私はね、レオが選んだ道なら、どんな道だって、応援する」
その言葉の一つ一つが、どこか、別れを告げているようで、レオの心に不安の波を立たせる。
「ごめんね、リオルド」
ここにはいない者の名を呼ぶ、その姿は、レオの母親としての言葉だろうか。
「ごめん……―――ア。ごめん……シェー、ド」
いつもは呼ばれることのない、このヴェントス地域では大切にされるミドルネーム。
ティナの瞳がしっかりとレオを、レオ・シェード・ヴェントスを見た。
「―――シア、シェード……生き、て……」
時間が止まったかのようだった。
ティナの瞼が閉ざされ、ゆっくりと首がこちらに傾く。
それと同時にずり落ちたタオルは、レオの手の上にのっかり、彼女の体温を感じさせる。
「かあ……さん?」
声が震える。
「母さん」
手に落ちてきたタオルには、まだティナの体温が残っているのに。
手を伸ばして触れた彼女の体は、まだ温かいと言うのに。
「ティナ……シェリア、さま……ああっ」
崩れ落ちたクロエが、残酷な現実を突きつける。
「ウソだろ……。十八になったら、全部話してくれるって約束しただろ! 母さんは約束破ったことなかっただろ! なんでだよ!」
静かな部屋に、レオの声が響き渡る。
レオの声がやめば、聞こえるのはクロエの泣く声だけ。
レオの望む声は、聞こえることはない。
手に持っているタオルが、冷えていき、その熱を失っていく。
笑っているティナの顔が目に浮かぶのに、目の前の女性は、笑ってはいない。
レオを育てた温かい手は、時を重ねるごとに、だんだんと冷たくなっていく。
シェードと呼んだその声は、まだ耳に残っているのに、部屋はクロエのすすり泣く声しか聞こえない。
受け入れられないレオを残して、シェリア・ティナ・ヴェントスが生きていた証は、どんどんと遠ざかっていく。
「母さん!母さんっ……っ」
叫び続ける黒髪の少年の声に、黒髪の女性が答えることは、二度となかった。




