王国の変化と、妖精界の大混乱
マルコとリュックが他国へ旅立ってから、わずか数日後のこと。
ルミエール王国の王城。
その重厚な謁見の間は、見たこともない怒号と歓喜の渦に包まれていた。
「お、おい!
他国から届いたこの羊皮紙は一体何なんだ!?」
「『ルミエール王国の特産品を先行購入したい』と、他国からの問い合わせが殺到しているだと!?」
頭を抱えて叫んでいたのは、普段は「現状維持」で手一杯だった王国の重臣たちだ。
そして玉座に座る国王もまた、目を丸くして驚いていた。
「エリアーナ……!
お前がマーサやガルドと作ったというあの『ハーブオイル』と『美容石鹸』……」
「あれは一体どれほどの代物なのだ!?」
謁見の間の中央で、茜色のパンツスタイルに身を包んだエリィ姫が、胸を張って凛と微笑む。
「お父様、大臣のみなさん。
私はただ、この国のみんなと協力して、私たちの森にある素晴らしい素材を正しく形にしただけです!」
「すでに専属代理店のマルコさんが、他国の貴族様方から『予約前払い金』として莫大な事業資金を集めてくださっています!」
「よ、予約前払い金だと……!?
品物を届ける前に、資金が手に入るというのか!?」
大臣たちがひっくり返らんばかりに驚く。
これまで「危険な森に囲まれた貧乏小国」と見下されていたルミエール王国。
だが今や、他国の富裕層が買い求めたい「美と健康の生産拠点」として、注目を浴び始めているのだ。
「素晴らしい!
見事だ、エリアーナ!」
国王は玉座から立ち上がり、娘の偉業を心からたたえた。
「これより、この特産品事業を我が国の最優先国策とする!」
「エリィ、お前の指揮のもと、国の予算と人手を全面的に投入しなさい。
作業場の拡大、職人の雇用を進めるのだ!」
「はいっ!
ありがとうございます、お父様!」
満面の笑みで頭を下げるエリィ姫。
国策となったことで、国の全力が彼女のバックアップに回る『最強の支援体制』が整った。
「あ〜〜〜っ!
心臓が口から飛び出るかと思ったぁ〜〜〜っ!」
謁見の間からの帰り道、人目のない木陰に入った瞬間。
先ほどまで凛としていたエリィ姫は、その場にへたり込み、情けない声をあげた。
「お父様や大臣たちの前で、あんなに堂々と話すなんて……
生きた心地がしなかったわよ〜〜っ!」
「ハッ……大げさだな。
事前に行ったプレゼンシミュレーション通りに喋れたじゃないか。
満点だぞ、エリィ」
彼女の肩の上で、僕は腕を組みながら呆れ半分に褒めてやった。
エリィ姫は「ふえぇ」と安堵の息を漏らす。
そして急に目を輝かせると、自分の頬を僕のいる肩へすりすりと寄せてきた。
「えへへ、アルティに褒められた〜!
アルティのおかげで、みんなが笑顔になって国がどんどん良くなっていくわ!」
「おいエリィ、やめろ潰れる!
ほっぺたを押し付けるな!」
「む〜っ、つれないんだから!
でも、本当にありがとうね、小さな参謀さん!」
太陽のような笑顔を向けてくるお姫様。
僕は潰されそうになった姿勢を整え、ふっと口元を緩めた。
(……やれやれ。
これで製品の量産と雇用拡大の目途は立ったな)
——しかし、そのころ。
森の奥深く、大樹がそびえる『妖精界』の聖域では、前代未聞の大パニックが巻き起こっていた。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁっ!???」
大樹の上層、七色の光が降り注ぐ広場。
そこに浮かび上がっていたのは、全妖精たちの功績ポイントをリアルタイムで集計し、順位を表示する巨大なグラフだった。
上位の精霊たちが優雅に談笑していたその広場で、最下層の1つのグラフが上昇を始めていたのだ。
「バ、バカな!?
一番底にいた、あの『無属性の落ちこぼれ』のポイントが、何でこんなに伸びているんだ!?」
「うそ……数十ポイント単位で積み上がっているわ!?」
広場に集まった上級妖精たちが、顔を真っ青にして悲鳴をあげる。
彼らがコツコツと魔法を使って稼ぐポイントとは、訳が違っていた。
アルティが作った『仕組み』によって、小国とはいえ一国の経済が動き出したのだ。
それによって発生した社会的影響力は、大きな数値となって集計システムを動かし始めていた。
「あり得ん!
あいつは固有属性すら持たないゴミだぞ!?」
「何が起きているの!?
人間界で一体何をやらかしているのよーっ!?」
嫉妬と恐れで大混乱に陥る上位妖精たち。
だが——大樹の根元の暗がりで身をひそめていた最下級の妖精たちは、涙を流してそのグラフを見上げていた。
「……凄い!
属性がなくても、僕たちみたいな最下層の妖精でも……
あんな凄いことができるんだ!」
虐げられていた落ちこぼれ妖精たちの瞳に、あたたかな勇気の火がともる。
疑いを持った妖精たちの中から、「アルティが何をしているのか探りに行こう」と、人間界を目指して飛び立つ者たちが現れ始めていたのだ。
(……フッ。そろそろ、あいつらも大騒ぎしている頃か)
夕暮れに染まるルミエール王国の丘の上。
僕は、エリィ姫の肩の上で遠い空を見上げ、不敵に口元を歪めた。
生まれ持った『属性』という才能だけで人を評価する、冷酷な妖精界。
そんなくだらないシステムを、知恵と仕組みでひっくり返してやる。
僕を見捨てた奴らに、本当の『プロの仕事』を教えてやるのは、これからだ。
「さあエリィ。
国からの支援も得られたし、さらにこの国を発展させていくぞ。
僕たちの手で、この国を商業都市にしてやろうじゃないか」
「ええっ!
どこまでも一緒よ、アルティ!」
手のひらサイズの小さな参謀と、泥だらけの太陽のようなお姫様。
二人の起こした小さな風は、妖精界をも巻き込み、これからさらに大きく成長していくのだった。




