プロ商人の脱帽と、若き志の芽生え
境界線へ続く、大樹の森の中。
エリィ姫と僕は、採掘を手伝ってくれた街の若者リュックたちに声をかけた。
完成した『ルミエール天然ハーブオイル』の追加分。
そして、試作品の『高級ハーブ美容石鹸』と『安眠サシェ』。
それらを運んでもらっていたのだ。
「エリアーナ姫様!
こんなにすごい商品のお運搬を手伝えるなんて、光栄です!」
荷車を押しながら汗を拭うリュック。
彼ら地元の若者にとって、自分の国で素晴らしい特産品が生まれたことは誇りそのものだった。
——と、森の境界付近に差し掛かった、その時。
「『ルミエール天然ハーブオイル』を作ったあのお嬢ちゃんはどこだーーーっ!?」
そこには、血眼になって叫んでいる男がいた。
ハーブオイルをすべて買い取っていった親方商人のマルコだ。
エリィ姫が驚いて声をかける。
「マ、マルコさん!?
どうしたんですか、そんなに焦って……!」
「おおおっ!?
お、お嬢ちゃんーーーっ!
よかった、会えたーーーっ!」
マルコはエリィ姫を見つけるなり、泥を跳ね上げて駆け寄ってきた。
息を荒らげながら、空っぽになった大きな商品袋をバサッと広げて見せる。
「あのハーブオイル、他国の街に着くどころか、道中の交易路で即座に完売ですよ!
お願いだお嬢ちゃん、我がマルコ商会にこの商品を独占で売らせてくれ!」
必死に頭を下げるマルコ。
(フッ……読み通りの展開だな。
向こうから焦って独占契約を乞うてきた)
僕はエリィ姫の肩の上で不敵にニヤリと笑い、耳元で囁いた。
(エリィ、まずは落ち着いて新商品を見せるんだ。)
「マルコさん、まずは話をきいてください。
……実は私たち、新商品の『高級ハーブ美容石鹸』と『安眠サシェ』の試作品を持ってきたんです!」
「し、新商品……!?」
エリィ姫が木箱を開けると、ふわりと優雅で気品あるハーブの香りが漂った。
マルコは商人としての鑑識眼で息をのむ。
「なんて上品な香りだ……!
それに、表面に美しく彫られたこの刻印は……!?」
「ふふっ、この石鹸でお顔を洗うと、カサついていたお肌がこんなにスベスベになるんですよ!」
エリィ姫が自分の頬を指差す。
泥まみれだったはずの肌は、まるで白磁のように滑らかで美しかった。
マルコは驚きを隠しもせず声を上げる。
「す、素晴らしい!
これなら他国の貴族や豪商の夫人や令嬢方が、金貨を積んでの争奪戦になる!
……し、しかしお嬢ちゃん、一体君は何者なんだ!?」
エリィ姫はすっと胸を張り、凛とした笑みを浮かべた。
「申し遅れました。
私はルミエール王国の第一王女、エリアーナ・ルミエールです!」
「えっ……!?
お、お、お姫様ぁぁぁぁっ!???」
腰を抜かしてひっくり返るマルコ。
まさか泥まみれの健気な少女が一国の姫だったとは、夢にも思わなかったのだ。
エリィ姫は僕の指示通り、間髪入れずに「最大の条件」を突きつけた。
「マルコ商会を我が国の『専属販売代理店』として認めます!
……ただし、条件があります。
この商品はすべて【完全予約・前払い制】で販売してください!」
「な……っ!???
さ、先にお金をもらってから作る……!?」
「はい、お客様から先に代金をいただいてから、丁寧にお作りします!」
マルコは顎が外れんばかりの顔で固まった。
「製造資金のリスクを完全にゼロにしつつ、『予約しないと手に入らない』プレミア感で価値を跳ね上げるだなんて……!」
「エリアーナ姫様、なんて恐ろしい商法を考えるのですか!」
百戦錬磨の商人が、幼いお姫様に心底恐れ入り、そして歓喜に目を輝かせた。
「脱帽です!
このマルコ、あなた様の『専属販売代理店』になれて光栄ですぞ!」
その時だった。
荷物を運んできた地元の青年・リュックが、興奮して拳を握りしめて前に飛び出した。
「エリアーナ姫様!
お、お願いです!
俺を……俺をマルコさんの行商に同行させてください!」
「えっ、リュックが……!?」
「はい、姫様とマルコさんの商談を見て、胸が熱くなったんです!」
「俺も、この国の素晴らしい商品を世界に売り出す『商売』を学びたいんです!」
リュックのまっすぐな瞳を見たマルコは、ガハハと豪快に笑った。
「マルコさん、頼みます!
荷物持ちでも何でもしますから、連れて行ってください!」
「いい目だ、若いの!
ルミエール王国の者なら大歓迎だ!
俺の商売の仕込みを特等席で叩き込んでやる!」
「ありがとうございますっ!」
(ほう……地元の若い芽が自発的に育ち始めたか。
頼もしい限りだな)
僕は肩の上で満足げに目を細めた。
マルコとリュックは、弾かれたように馬車へ飛び乗った。
「エリアーナ様!
他国の貴族街へ乗り込み、山のような予約前払い金を集めてまいりますぞ!」
「出発だーーーっ!」
「はいっ!
いってらっしゃい、マルコさん、リュック!」
夕日を背に、猛烈な勢いで街道を爆走していく馬車。
【完全予約・前払い制】というシステムが、どのように受け入れられるのか——。
小さな参謀とお姫様は、高鳴る胸を押さえながら、去り行く馬車を見送るのだった。




