伸びしろしかない絶望と、小さな参謀の危機管理
「右の茂みを大きくうかい。
あの木かげで10秒待機だ」
「は、はいっ……!」
静かな森の中に、エリィ姫の緊張した声がひびく。
彼女の肩には、身長10センチほどの僕——アルティがちょこんと乗っていた。
妖精ならではの鋭い感覚。
小さな体だからこそ見える世界。
僕は森の気配を先回りして察知し、エリィ姫の耳元でしずかに指示を出し続けた。
(ビジネスでトラブルに対処するのは三流だ
真のプロは『リスクそのものを未然に回避』する)
前方から、凶暴な魔物の気配。
だが、僕たちは戦わない。
気配を感じた時点でルートを変え、影から影へと移動する。
どうしても一本道を通らなければいけない場面では——
「ちょっと待っていろ」
僕は透明な羽をはばたかせ、ふわりと上空へ飛び立った。
離れた木へ向かい、小さな手で葉を激しく揺らす。
小石を地面へ落とす。
サササッ、カララ……と音が上がった。
魔物が「なんだ?」と首を傾げて視線をそらす。
「今だ、足音を殺して通り抜けろ」
「す、すごいわアルティ!
本当に魔物と一度も出会わずに進めてる……!」
肩に戻った僕を見つめ、エリィ姫が声を弾ませる。
だが、僕は顔色ひとつ変えず、冷ややかな視線を向けた。
「感心している場合か。
安全圏に入ったところで『会議』を始めよう」
「えっ……か、会議……?」
僕は肩の上で小さな腕を組み、耳元で問い詰めた。
「そもそも、なぜ一国の姫である君が、護衛もつけずに一人でこんな危険な森に入った?」
「うぐっ……そ、それは……」
「魔物と出会った時の『撤退基準』はあらかじめ決めていたのか?」
「う、ううっ……魔物に追われて必死だったから、そんなの考えてなくて……」
ぐうの音も出ないエリィ姫は、小さく肩をすぼめた。
「無計画、無防備、リスク管理の欠如
前世なら始末書どころか、即刻プロジェクトから外されるレベルの暴挙だぞ」
「……うぐっ、反省してます……」
しょんぼりと垂れ下がる金髪。
だが、涙目になりながらも僕の説教を逃げずに受け止める姿勢に、僕は内心で毒気を抜かれた。
「……だが」
「ひゃい!?」
「国を思い、自ら泥をかぶって現場へ飛び出したその『熱量』だけは評価してやる」
「あ……!」
エリィ姫の瞳に、ぱっと光が戻る。
情熱のない者にどれほど素晴らしい戦略を与えても意味がない。
その点、このお姫様は合格だ。
「さあ、見えてきたぞ」
森の深い緑を抜け、僕たちは小高い丘の上へと出た。
眼下に広がっていたのは——
山のはざまにひっそりとたたずむ、小さな国だった。
美しい大きな川が中央を流れ、三角屋根の家々が並んでいる。
だが、道は舗装されておらず泥まみれ。
店先の人通りはまばらで、活気があるとは言えない。
現代日本の目で見れば、インフラも流通も完全に止まった「田舎町」そのものだった。
「あそこが……私の大好きな、でも、とっても貧乏な我が国ルミエールよ」
エリィ姫は愛おしそうに町を見つめ、どこか不安げに言った。
「……ねえアルティ。
こんな国でも、みんなが笑って暮らせる豊かな国になれるのかな?」
僕はエリィ姫の肩の上で、目を細めながら眼下の国を分析した。
他国からは「危険な森」に囲まれた場所と見なされ、交易路から孤立している。
農作物を作って食べていくのが精一杯で、商業のノウハウはゼロ。
「……ハッ、あきれたな
インフラはゼロ、流通は全滅、市場価値の計算すらできていない
経営としてはマイナスだ」
「ううっ、やっぱりダメ……!?」
落胆し、力なく肩を落とすエリィ姫。
だが——僕の口元は、不敵に笑っていた。
「——だからこそ、最高だと言ってるんだ。
伸びしろしかない」
「え……?
の、のびしろ……?」
驚いて目を丸くするエリィ姫に、僕はトンと胸を張ってみせた。
「いいか、エリィ。
僕は最初から『一か八かのギャンブル』なんてしない」
「ビジネスの鉄則は『デューデリジェンス(資産と人材の徹底調査)』からだ」
「でゅー……でり……?」
「簡単に言えば市場調査だ
君の国には、他国にはない豊かな水、そして広大な森の資源が眠っている」
「さらに、国民の中には優秀な人材もいるはずだ」
「あ……!
鍛冶屋の親方や、薬草摘みのばあちゃんのこと……!?」
「『価値がない』と思い込んでいるものの中にこそ、磨けば光る原石が埋もれている」
僕は街並みを指差し、ニヤリと笑った。
「誰も気づいていない資産を僕の目で再評価し、身近な商品から変えていく。
小さな実績を積み重ねて資金を集め、次の改革へつなげるんだ」
つたない説明だったが、エリィ姫には本質が伝わったようだった。
「私……何でも手伝うわ!
私の知っている町のみんなのこと、全部アルティに教えるわね!」
「ふっ、頼もしいな。
……さあ、エリィと僕の最初の大仕事だ。
エリィが愛する町を案内してもらおうか」
「はいっ!」
太陽のような笑顔を咲かせ、エリィ姫が駆け出す。
手のひらサイズの参謀を乗せたお姫様が、ついに貧乏小国の門をたたいた。




