運命の出会いと、僕だけを見つめるお姫様
「はあ、はあ……。
ここまで来れば、もう大丈夫……かな?」
静かな妖精の森に、乱れた息遣いと愛らしい声が響き渡る。
木々の隙間から姿を現したのは、一人の少女だった。
陽光を浴びて輝く、波打つ綺麗なブロンドの髪。
それを動きやすいようにハーフアップに束ねている。
大きな琥珀色の瞳は、疲れをにじませつつも、力強い意志を宿していた。
驚くべきは、その装いだ。
貴族の令嬢が好むような重いドレスではない。
上質だが動きやすい「茜色のパンツスタイル」だ。
膝や裾は泥で汚れ、頬にも薄っすらと泥がついている。
(……なるほど。あのアクティブな身なりと泥汚れ)
(国を救うための『特産品』か何かを探しに森へ入り、魔物に遭遇して逃げてきた……といったところか)
大樹の根元で羽を休めながら、僕は前世の観察眼で一瞬にして状況を推理した。
少女の名はエリアーナ——この森に隣接する「ルミエール王国」の第一王女だ。
ルミエール王国は、周囲の森や山に資源が眠っていながらもインフラが未発達な貧しい小国。
そのお姫様が自ら泥まみれになって現場を駆け回っているのだから、なかなかの現場主義だ。
骨のある人物とお見受けする。
だが——そんな分析をぶち壊すように、空から狂乱の声が降り注いだ。
「早く僕の炎の魔法を見せるんだ!」
「何を言ってるの!
私の美しい水の舞で魅了して、功績ポイントを独り占めするのよ!」
ブワッと、周囲の空間が派手な七色の光で満たされる。
上級妖精たちが集まり、エリィ姫の頭上でド派手な火の玉を浮かべたり、水の輪をくぐらせたりと、必死の「自己アピール合戦」を始めた。
彼らの頭の中にあるのは『人間に影響を与えて功績ポイントを稼ぐ』ことだけ。
目の前の少女が魔物に追われて疲弊していることなど、一切お構いなしだ。
(……やれやれ。
ユーザーのニーズを無視した自己満足のプレゼンほど、痛々しいものはないな)
そもそも、人間には妖精の姿も声も認識できない。
案の定、エリィ姫は頭上の光ショーに全く気づかず、ただの「綺麗なお天気」程度にしか思っていないようだ。
派手な魔法を繰り出せば出すほど、エリィ姫はそれを素通りして歩いていく。
「な、なぜだ!?
こんなに凄い炎の魔法を見せているのに!」
「見向きもされないわ!?
どうして!?」
パニックに陥る上位妖精たち。
ターゲットの認知能力という基礎的なリサーチを怠った当然の結果だ。
喧噪から遠く離れ、僕は大樹の根元でぽつんと佇んでいた。
どうせ見えもしないのだから、アピールするだけ無駄である。
……ところが。
ザザッ、と草を踏みしめる音が僕の目の前で止まった。
(……ん?)
見上げると。
そこには、膝を少し曲げ、こちらをじっと見下ろすエリィ姫の姿があった。
大きな琥珀色の瞳が、まっすぐに——寸分の狂いもなく、僕の姿を捉えている。
「……えっ?」
思わず、間抜けな声が出た。
上位妖精たちが叫び声を上げる。
『バ、バカな!
なぜあの「無属性」の欠陥品の方を見ているんだ!?』
『見えているはずがない!
偶然だ、ただの偶然に決まっている!』
(偶然?
ハッ、冗談じゃない。)
彼女の視線は、僕のシルバーの髪、そして透き通ったアイスブルーの瞳に完全に固定されている。
(待て……なぜだ?
人間の認識阻害を突破できる理屈がない。
まさか——)
僕の頭の中で、思考が高速回転する。
ルミエール王家の古い伝承——始祖が妖精と契約を結んで国を興したという話。
眠っていた始祖の波長(血脈)と、異世界からやってきた僕の『特別な魂の波長』。
そのふたつが奇跡的な確率でシンクロし、共鳴したのだとすれば——!
エリィ姫は泥のついた手でパッとお顔を輝かせると、吸い寄せられるように僕の前へ屈み込んだ。
「あ……いた!
やっぱり、あなた……妖精さんよね!?」
鈴を転がすような、透き通った声。
周囲の喧噪が、一瞬で遠のいた。
「……はっ、はい……」
前世を含めて数十年の人生で、これほど驚いたことがあっただろうか。
百戦錬磨の元敏腕ビジネスマンの僕が、思わず素の生返事をしてしまう。
エリィ姫はほっと胸を撫で下ろすと、泥のついた小さな両手を僕の前に差し出し、琥珀色の瞳を潤ませながら懇願した。
「よかった……!
私、魔物から逃げているうちに迷っちゃったみたいなの」
「お願い、助けてくれないかしら!?」
空中で固まる上位妖精たち。
そして、目の前で必死に手を伸ばしてくる、泥だらけで健気なお姫様。
(……なるほど。
これは、とんでもない『案件』が飛び込んできたみたいだな)
僕は小さく息を吐くと、手のひらの上で笑みを浮かべたのだった。




