楽園の底辺と、無属性の「参謀」
人間たちが『妖精の棲む楽園』と夢見るその場所は。
実のところ、冷酷なまでに洗練された『超階級社会』だった。
視界を埋め尽くすのは、雲に届くほど巨大な大樹の森。
七色の光をまとった美しい妖精たちが、優雅に空を舞っている。
絵本から飛び出したような、夢のように幻想的な世界。
——だが、その光の裏側には、どす黒い『格差』が広がっていた。
「おい見ろよ、また下ばかり見て歩いてるぞ」
「ふん、属性魔法すら使えない『欠陥品』か。哀れなやつ」
頭上から降ってくるのは、可憐な見た目からは想像もつかないほど嘲笑に満ちた声だ。
見上げれば、紅蓮の炎や清らかな水を身体から放つ妖精たちが、大樹の上層にある豪華な住処からこちらを見下ろしている。
僕はこの世界において、異端中の異端——『無属性』の最下級妖精なのだ。
(……やれやれ。挨拶代わりに悪口か。相変わらずコストパフォーマンスの悪いコミュニケーションだな)
僕は深いため息をつき、自分の小さな手のひらを見つめた。
身長は、大人の手のひらにすっぽり収まるおよそ十センチ。
他の妖精たちが花や炎を思わせるド派手な装飾をまとうなか、僕の姿はあまりにも素っ気ない。
髪はくすみのないシルバーヘア。
瞳は透き通った知性的なアイスブルー。
身に纏っているのは、属性の光を一切放たないシンプルな無地のローブ。
背中には、ガラス細工のように繊細な透明の羽が二対生えているだけだ。
見た目こそマスコットのような妖精だが、僕の中身はちがう。
(前世じゃ、毎日働き詰めの敏腕ビジネスマン。目が覚めたらこのザマとはな……)
過酷な現代社会を生き抜き、競争と組織の裏表を知り尽くした男の魂。
それが、僕という妖精の正体だった。
周りの妖精たちは、僕のことを「属性のない出来損ない=アルティ」と半ば蔑称で呼ぶ。
だが当の本人は、『アルチザン(職人・専門家)』の響きみたいで案外気に入っていたりする。
「いいか無属性! 僕たち上位精霊様と違って、お前には大樹に登る資格すらないんだ! 一生その暗い根元で這いつくばっていろ!」
火の属性をまとった上級妖精が、自慢げに小さな火の玉を指先で弄びながら吐き捨てる。
妖精界のルールはシンプルかつ苛烈だ。
すべては『この世界にどれだけ影響を与えたか』で算出される【功績ポイント】で決まる。
功績ポイントが高い上位精霊は大樹の上層で優雅に暮らし、実績のない最下層の僕は、大樹の根元の暗がりに追いやられる。
(生まれ持った属性魔法の強さだけで評価が決まるシステム……。前世の同族嫌悪というか、心底くだらないな)
前世で幾多のプロジェクトや組織を見てきた僕から言わせれば、才能(属性)に頼り切った組織など脆いものだ。
自分には魔法も物理的な力もない。
ならば——「知恵」と「仕組み(システム)」でこの世界をひっくり返してやる。
そんな青い情熱をひそかに燃やしていた、その時だった。
「——おい! 大変だ! 森の境界線に『人間』が現れたぞ!」
大樹の周囲が一瞬で静まりかえり、次の瞬間、爆発的な歓声が上がった。
「人間だって!? 大チャンスじゃないか!」
「人間に介入して影響を与えれば、大量の『功績ポイント』が手に入るぞ!」
「急げ! 僕の炎の魔法で魅了してやる!」
蜘蛛の子を散らすように、上位の妖精たちが一斉に森の境界線へと飛び立っていく。
そう、妖精たちが喉から手が出るほど欲しい「功績ポイント」を稼ぐ手っ取り早い方法は、人間界へ影響を与えることだ。
しかし、歴史上、人間に妖精の姿が認識された例など数えるほどしかない。
人間からは見えもしないのに、派手な魔法を見せつけてアピールしようと騒ぎ立てる同僚たち。
(やれやれ。マーケットのリサーチもターゲットの認知能力も考慮しない、愚かな力押しだな……)
呆れ果てながらも、僕は透明な羽をゆっくりと羽ばたかせた。
「功績ポイント」などどうでもいい。
だが、人間界の情報が得られる数少ない機会だ。リスクヘッジも含めて観察くらいはしておくとしよう。
根元の暗がりからふわりと飛び立った僕は、狂乱する上位妖精たちの後を追い、森の境界線へと向かった。
そこには——泥に汚れ、息を荒らげながら森の奥へと迷い込んでくる、一人の「少女」の姿があった。
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