見えざる魔法の手と、森の境界でのバトン
ガガガガッ……!
ドサァァン……!
ルミエール王国をかこむ大樹の森に、木々のたおれる重い音がひびき渡る。
「よし、いいぞ!
倒した大木は枝をはらって、宿場の柱と壁の資材に回せ!」
一本たりとも無駄にするなよ!」
「おうよ、ガルドの親方!
任せとけ!」
鍛冶屋のガルド親方が指揮をとり、街の男たちが丸太をけずっていく。
道を作るために切り開いた木々は、『木造宿屋』の建築資材へ転用する。
これこそ、アルティが授けたコストカットとインフラ建設の設計図だった。
そして作業の足元では、人間には見えない『奇跡』が起きていた。
『土よ、固まれ〜っ!
馬車の車輪が沈まないように、カチカチの平らになれ〜っ!』
土の精霊たちが小さな手で呪文をとなえる。
すると人間が掘り返した不ぞろいな泥道が、まるで職人がコテで塗りかためたように、一瞬で平らにならされていった。
「な、なんだぁ……!?
土をたたいて固める作業が、なんでこんなに一瞬で終わるんだ!?」
「まるで地面が自分から平らになりたがってるみたいだぞ!
今日の俺たち、もしかして才能が覚醒してんのか!?」
汗をぬぐう若い作業員たちが、「ガハハ!」と誇らしげに笑い合う。
その光景をエリィ姫の右肩から見下ろし、僕はフッと口もとをゆるめた。
(フッ……人間のモチベーションを保ちつつ、土魔法で作業速度を10倍に跳ね上げる。
妖精たちの成果は上々だな)
さらに現場の全般——深い森の奥に向けては、別の妖精たちが散っていた。
木々を渡り歩く彼らは、作業員に近づこうとする凶暴な魔物を見つけるたび、光や音の幻覚魔法を放って追い払う。
『あっちだ!
あっちに美味そうな肉があるぞ〜!』
誘い込まれた魔物たちは、作業現場とはあさっての方向へゾロゾロと離れていく。
人間側は擦り傷ひとつ負うことなく、完璧な安全のもとで工事に没頭できていた。
エリィ姫が肩の上の僕へ、感心したように声をひそめる。
「すごいわアルティ……!
魔物が一匹も寄ってこないし、道も宿場の準備もあっという間に進んでいくわ!」
「これぞチームプレイだ。
人間は力仕事と組み立て、妖精は魔法による環境整備とセキュリティ。」
「互いの強みを掛け合わせれば、不可能な工事など存在しない!」
「うんっ!
私、みんなのために冷たいお水と果実を運んでくるわね!」
嬉しそうに走り出そうとしたエリィ姫だったが——
そのとき、森の開拓作業の先端から大きな叫び声が上がった。
「お、おい!
あっちから誰か走ってくるぞ!?」
「えっ……!?」
視線を向けると、森の境界線の向こうから、ひとりの男が泥まみれで走ってくるところだった。
マルコ親方とともに他国へ向かったはずの、行商隊の人だ!
「ハァ……ハァ……!
え、エリアーナ姫様ーーーっ!
いらっしゃいますかーーーっ!?」
「マルコさんのところの商人さん!?
どうしたんですか、そんなに息を切らせて……!」
エリィ姫が駆け寄ると、部下の男は膝に手をつき、荒い息を吐き出しながら叫んだ。
「た、大変なんです!
マルコ親方は他国の貴族街へ『美容石鹸』の予約を取りに向かったんですが……」
「道中で預かった『ハーブオイル』が人気爆発で、完売しそうになっちゃいまして!」
「ええっ!?
もう完売しちゃうの!?」
「ええ!
『もっとないのか』『追加を出せ』って引っ張りだこで……」
「親方から『戻って、あるだけのハーブオイルを追加で買い取ってこい!』と命じられたんです!」
(……なるほど。
現場のニーズが供給を完全に上回っているな)
僕はニヤリと胸中でうなずいた。
エリィ姫は「待っててください!」と作業場へ走る。
そして、マーサおばあちゃんたちが仕込んでいた追加のハーブオイルと、試作品の石鹸を抱えて戻ってきた。
「はいっ!
今渡せる追加分はこれだけだけど、持っていってください!」
「おおお……!
助かりました、エリアーナ姫様!
これで商人たちの首をつなげられます!」
部下の男が泣きそうになりながら商品を受け取る。
そこでエリィ姫は、僕から耳打ちされた『一番重要なメッセージ』を、力強く部下に託した。
「商人さん!
マルコ親方にこう伝えてください!」
「『もうすぐ、大型馬車が通れる安全な道が完成するわ!
次は境界線ではなく、この道を通って直接ルミエール王国まで来てください!』って!」
「な……っ!???」
部下の男が目を見開き、切り拓かれたばかりの森の道を見て絶句した。
「森の中に……馬車が通れる道が……!?
あ、あの危険だった大樹の森にですか!?」
「ふふっ、みんなで協力して作っているの!
だから、次は絶対にお王国まで直接来てね!」
「わ、分かりました!
親方も腰を抜かして喜ぶと思います!」
商人は大事に商品を抱え直すと、はじかれたような勢いで街道を駆け戻っていった。
(フッ……完璧なリレーのバトンがつながったな)
去り行く商人の背中を見送りながら、僕は肩の上で不敵にニヤリと笑った。
ルートは開拓され、需要は増加中、伝言は届いた。
あとは、この道と宿場を完成させ、『商隊の到着』を迎えるだけだ。
「さあエリィ、仕上げと行こうか!」
「うんっ!
みんな〜っ、もう一歩よ〜〜っ!」
太陽が傾き始める中。
人間と姿なき妖精たちの協力のもと、道の完成へ向けて作業は最高潮を迎えるのだった。




