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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第一章 ヴィンチェンティ・ファミリー

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第9話 期待

午後。


執務室にはレオンと四人の幹部が集まっていた。


今日の議題は任務の確認……のはずだった。


しかしレオンが最初に口を開く。


「そういえば」


「郁はどう?」


その一言で空気が少し変わる。


真っ先に口を開いたのはマルコだった。


「ボス!」


「あいつすげぇよ!」


レオンが笑う。


「へぇ?」


「俺、チェス負けた」


一瞬、部屋が静まり返る。


「……」


「……は?」


ヴィクトルが眼鏡を押し上げる。


「今、何と?」


ノアもマルコを見る。


「お前が負けた?」


「うん」


マルコはケロッとしている。


「最初ハンデつけたけど」


「普通に負けた!」


レオンは目を丸くした。


「マルコが?」


「チェスで?」


「そう!」


マルコは笑いながら続ける。


「そのあと本気でやったら勝ったけどさ」


「ギリギリ!」


「めちゃくちゃ楽しかった!」


レオンも思わず笑う。


「珍しいね」


「マルコがそこまで言うなんて」


「あとさ!」


「書類整理もめちゃくちゃ早い!」


「俺の部屋、今ピッカピカ!」


ヴィクトル以外の三人が固まる。


「……」


「……嘘だろ」


ルカが初めて口を開いた。


「……マルコの部屋」


ノアも静かに頷く。


「想像できん」


ヴィクトルは苦笑する。


「いえ」


「本当に綺麗になっていましたよ」


「必要な書類もすぐ見つかりました」


「おかげで仕事がはかどりました」


レオンは楽しそうに笑う。


「それは郁のおかげだね」


ヴィクトルは頷く。


「ええ」


「郁はすごいですよ」


全員の視線がヴィクトルへ向く。


「領収書も一枚一枚丁寧に確認してくれました」


「分からないことは、勝手に進めず必ず確認してくれる」


「だから安心して任せられます」


一度言葉を切る。


「それに」


「とても真面目な人です」


部屋が少し静かになる。


ヴィクトルは普段、人を大げさに褒めない。


そんな彼がここまで言うのは珍しかった。


レオンは嬉しそうに目を細める。


「へぇ」


「いい拾い物をしたかも」


自然と笑みがこぼれる。


その様子を見ていたルカが、小さく口を開いた。


「……」


「そんなにできるなら」


一拍置く。


「見てみたい」


ノアがルカを見る。


「次はお前だ」


ルカは短く頷いた。


「ああ」


――――――


コンコン。


「失礼します」


部屋へ入ると、モニターが何台も並び、キーボードを打つ音だけが静かに響いていた。


ルカは椅子から振り返ることなく、小さく口を開く。


「……座って」


「はい」


郁は隣の椅子へ腰掛けた。


ルカは画面を指差す。


「コード」


「読める?」


郁は画面をじっと見つめる。


数秒考え、小さく頷いた。


「はい」


「ある程度なら」


ルカの指が止まる。


「……書いたことある?」


「趣味で少し」


「勉強しました」


「……本?」


「はい」


ルカは一瞬だけ郁を見る。


「……」


(また本か)


小さく息を吐く。


「じゃあ」


「ここ」


画面の一か所を指差す。


「コメント」


「追加して」


「分かりました」


郁はキーボードへ手を置く。


部屋は再び静かになった。


キーボードを打つ音だけが響く。


三十分ほど経った頃。


「できました」


ルカは席を立ち、画面を覗き込む。


「……」


処理ごとにコメントが追加されている。


変数名も分かりやすく修正され、改行も整えられていた。


初めて触れる人でも読みやすい。


ルカは黙ったままスクロールを続ける。


「……」


郁は少し不安そうに待っていた。


(まずかったかな)


ルカはようやく画面から目を離した。


「……できる」


短い一言。


郁の表情が少し明るくなる。


「ありがとうございます」


「まだ勉強中です」


ルカは小さく首を振る。


「……十分」


その一言だけで、郁には十分伝わった。


「ありがとうございます」


自然と笑みがこぼれる。


ルカは画面へ向き直り、またキーボードを打ち始めた。


部屋には静かな時間が流れる。


仕事を終えた郁は立ち上がり、一礼した。


「今日はありがとうございました」


ふと、部屋の隅の作業机が目に入る。


そこには、分解された機械が整然と並んでいた。


外された基板。


小さな部品。


几帳面に並べられた工具。


壊すためではなく、理解するための分解だと、一目で分かる並べ方だった。


(……そういえば)


リュックの奥で眠っている、冷たくなったスマートフォン。


この人は、あれを調べたいと言っていた。


(いつか)


(この人になら、渡してもいいのかもしれない)


まだ、その時ではないけれど。


郁はそっと視線を戻し、扉へ向かった。


部屋を出ようとした、その時だった。


「……郁」


呼び止められ、振り返る。


ルカは机の引き出しを開け、小さなUSBメモリを取り出した。


「……これ」


郁は首を傾げる。


「?」


ルカはUSBを差し出した。


「勉強用」


「持ってて」


郁は目を丸くする。


「いいんですか?」


ルカは小さく頷いた。


「……コピー」


「返さなくていい」


郁は両手で大事そうに受け取る。


「ありがとうございます」


「大切にします」


ルカは少しだけ郁を見て、


「……」


静かに頷いた。


それだけだった。


でも郁には分かった。


それはルカなりの、


『また一緒に仕事をしよう』


という言葉なのだと。


郁はUSBをそっと胸ポケットへしまい、嬉しそうに部屋を後にした。


――――――


夕方。


執務室。


レオンはルカを見る。


「どうだった?」


ルカは少し考える。


言葉を選ぶように間を置いてから答えた。


「……使える」


それだけだった。


レオンは思わず笑う。


「そっか」


「良かった」


ルカは続ける。


「覚えるのが早い」


「説明も少なくていい」


「……助かる」


レオンは嬉しそうに目を細める。


(ルカがここまで言うなんて)


思っていた以上に、郁はファミリーへ馴染み始めているらしい。


そんなことを考えながら、小さく笑った。

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