↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/77

第74話 創設パーティー

会社設立へ向けた準備は、最後の段階に入っていた。


雇用契約書。


配属希望。


役職。


給与。


研修の予定。


必要な書類を一つずつ確認し、ようやく全員分の契約書が揃った。


幹部室の机には、厚い書類の束が積み上げられている。


ヴィクトルは最後の一枚まで確認すると、静かにファイルを閉じた。


「全員分、揃いました」


その一言に、部屋の空気が少しだけ緩んだ。


マルコが椅子の背にもたれ、大きく息を吐く。


「やっとかぁ」


「契約書一枚書くだけだと思ったら、めちゃくちゃ大変だったな」


「あなたは署名しただけでしょう」


ヴィクトルが冷静に返す。


「何度も書き間違えていた」


ルカが付け加えた。


「三回」


「細けぇな!」


ノアは自分の契約書を一度だけ見て、机へ置いた。


「これで明日から会社員か」


「正確には、明日正式に設立です」


郁は揃えた書類を整理しながら答える。


「いよいよですね」


レオンは全員の契約書が収められたファイルへ目を落とした。


そして、ゆっくり笑う。


「うん」


「明日から、新しいヴィンチェンティだ」


――――――


会社設立に伴い、ささやかな祝賀会を開くことになった。


最初の予定では、屋敷の食堂で関係者を数人招き、簡単な食事をするだけだった。


しかし。


「大統領が出席されるそうです」


ヴィクトルが報告する。


「警察関係者からも、数名ではなく部署単位で参加希望が来ています」


郁も招待者一覧を確認しながら続ける。


「これまで関わりのあった企業からも、代表者が出席したいと連絡がありました」


「ソフィアも来るって」


マルコが別の一覧を見ながら口を挟む。


「元ファミリーの連中も、何人か顔を出したいらしいぞ」


レオンは少し困ったように笑った。


「……小さなパーティーの予定だったんだけど」


「無理ですね」


ヴィクトルが即答する。


「現時点で、参加予定者は百人を超えています」


「百人?」


マルコが目を丸くする。


「もう宴会じゃねぇか」


「会場を変更する必要があります」


「屋敷には入りきらない」


ルカも淡々と告げる。


結果。


街の大きな会場を借り、料理や音楽まで用意した、本格的な設立記念パーティーを開くことになった。


郁は招待者一覧を眺めながら、改めて思う。


大統領。


警察。


企業経営者。


元マフィア。


かつて敵対していた組織の関係者まで、今はレオンの新しい門出を祝おうとしている。


それだけ、レオンは多くの人に慕われていた。


恐れられて従われているのではない。


助けられた人たちが。


信じた人たちが。


自分の意思で、彼のもとへ集まっている。


レオンが目指してきたものが、その光景だけで分かるようだった。


――――――


パーティー前日。


郁は自室で、ベッドの上に並べた服を眺めていた。


「……どうしよう」


会社設立の正式な祝賀会。


大統領や企業関係者も出席する。


仕事として考えれば、落ち着いたスーツが最も無難だった。


しかし、数日前。


レオンに服装を尋ねた時のことを思い出す。


『何を着ても似合うと思うけど』


レオンは少し考えたあと、にこにこと笑った。


『できれば、かわいい格好で隣にいてほしいな』


郁はその場で顔を赤くした。


『仕事のパーティーですよね?』


『うん』


『では、仕事に適した服装を――』


『社長からの希望』


『私情ですよね?』


『半分くらい』


『半分以上では?』


『ばれた?』


楽しそうに笑っていたレオンの顔が浮かぶ。


「……かわいい格好」


郁にとって、それが一番難しい。


ソフィアと買い物をした時に選んでもらった服の中には、いくつかパーティー用のドレスもあった。


そのうちの一着を、そっと持ち上げる。


淡いブルーのドレス。


身体の線を強調しすぎず、動いた時に柔らかく裾が揺れる。


華やかだが、甘すぎない。


郁の落ち着いた雰囲気にもよく似合うと、ソフィアが選んでくれたものだった。


『これは絶対に必要よ』


『いつ着るんですか?』


『レオンの隣に立つ時』


あの時は意味がよく分からなかった。


今なら、少しだけ分かる。


郁は覚悟を決めた。


「……これにします」


――――――


当日。


髪はソフィアに教わった通り、丁寧にまとめた。


普段より少し華やかに。


それでも派手になりすぎないように。


化粧も、ノートを確認しながら一つずつ仕上げる。


淡いブルーのドレスを身につけ。


小さなアクセサリーをつける。


鏡の前に立つ。


「……」


そこに映っているのは、いつもの自分とは少し違った。


普段は動きやすさを優先し。


髪も簡単にまとめ。


化粧もほとんどしない。


男と間違われることにも、いつしか慣れていた。


けれど今日は。


誰が見ても、一人の女性だった。


「変では……ないですよね」


鏡へ向かって呟いても、答えは返ってこない。


胸の奥が落ち着かない。


レオンとソフィアの前では、すでに女性らしい姿を見せたことがある。


だが、ファミリー全員の前でこうして立つのは初めてだった。


しかも今日は、大勢の招待客がいる。


「……緊張する」


その時。


扉が軽くノックされた。


「郁?」


レオンの声だった。


「はい」


扉を開ける。


レオンは濃い色のスーツに身を包み、いつも以上に整った姿で立っていた。


郁を見る。


そして、言葉を失った。


「……」


「……レオン?」


何も言わないため、郁は不安になってくる。


「変ですか?」


「違う」


レオンはすぐに首を横へ振った。


「かわいすぎて」


「ちょっと、びっくりした」


郁の頬が赤くなる。


「ありがとうございます……」


レオンは改めて郁を見つめ、嬉しそうに笑った。


「隣にいてくれる?」


「秘書ですから」


「今日は恋人としても」


郁はさらに顔を赤くしながら、小さく頷いた。


「……はい」


レオンは満足そうに手を差し出す。


郁もその手へ、自分の手を重ねた。


――――――


会場へ到着すると、すでに多くの招待客が集まっていた。


華やかな照明。


並べられた料理。


祝賀のために用意された音楽。


想像していたより、はるかに大きなパーティーだった。


レオンと郁が会場へ入った瞬間。


周囲の視線が集まる。


「……」


郁の身体がわずかに強張った。


レオンは気付いたのか、繋いだ手へ少しだけ力を込める。


「大丈夫」


小さな声でそう言われ、郁も静かに息を吐いた。


「はい」


すぐに大統領が近づいてくる。


「設立、おめでとう」


「ありがとうございます」


レオンが笑顔で握手を交わす。


大統領はその隣の郁へ視線を向け、少し驚いたように目を細めた。


「今日は随分と雰囲気が違うね」


「……少し、緊張しています」


「よく似合っているよ」


「ありがとうございます」


続いて、警察関係者。


企業の代表者。


これまで協力してきた者たちが次々と挨拶へ訪れる。


郁はレオンの隣で、一人ずつ丁寧に言葉を交わした。


紹介される肩書きは、社長秘書兼各部門補佐。


そして、レオンが時折嬉しそうに付け加える。


「大切な恋人です」


そのたび、郁は笑顔を保ちながら、レオンの腕を軽くつねりたくなるのを我慢した。


しばらくすると、聞き慣れた明るい声が響いた。


「郁!」


「ソフィアさん」


華やかなドレス姿のソフィアが、笑顔で近づいてくる。


郁を上から下まで眺めたあと、満足そうに頷いた。


「やっぱり、そのドレスにして正解ね」


「似合っていますか?」


「もちろん」


「レオンがさっきから、あなたしか見ていないもの」


郁が振り向く。


少し離れた場所で客と話していたレオンが、本当にこちらを見ていた。


目が合うと、嬉しそうに笑う。


郁はすぐに視線を戻した。


「……仕事をしてほしいです」


ソフィアが楽しそうに笑った。


「愛されているわね」


「それは、もう十分分かっています……」


「いいことじゃない」


そう言って、ソフィアは郁の手を取った。


「でも本当に、きれいよ」


「堂々としていて」


「かっこよくて、かわいい」


郁は少し照れながらも笑った。


「ありがとうございます」


最初こそ緊張していたものの。


時間が経つにつれ、少しずつ慣れていった。


ファミリーの者たちも、郁の姿に驚きはした。


「本当に郁か?」


「ほんとに女だったのかよ」


「普段と違いすぎるんだよ!」


「ボスがずっと嬉しそうだな」


「今日だけじゃねぇだろ」


そんな会話が聞こえてくる。


けれど誰も、郁を特別扱いしすぎることはなかった。


少し驚いて。


似合っていると笑い。


その後は、いつも通り話しかけてくれる。


そのことに、郁は少し安心した。


――――――


やがて、レオンが会場の中央へ立った。


全員の視線が集まる。


「今日は、俺たちの新しい門出を祝うために集まってくれて、ありがとうございます」


穏やかな声が、会場全体へ響く。


「ヴィンチェンティは、今日でマフィアとしての役目を終えます」


誰も声を発しない。


「これからは会社として」


「これまで培ってきた力を、人を傷つけるためではなく、守るために使っていきたい」


「俺たちに何ができるのか」


「まだ分からないことも多いです」


レオンは少し笑う。


「たぶん、失敗もすると思います」


会場のどこかで、マルコが小さく言った。


「社長がそれ言うのかよ」


周囲から笑いが漏れる。


レオンも笑った。


「でも」


「ここにいる仲間たちとなら、きっと新しい道を作れる」


「そう信じています」


郁はレオンの少し後ろで、その言葉を聞いていた。


レオンが一人で作る会社ではない。


ファミリー全員で作る、新しい居場所。


「これからも、ヴィンチェンティをよろしくお願いします」


深く頭を下げる。


次の瞬間。


会場いっぱいに、大きな拍手が広がった。


大統領も。


警察関係者も。


企業の者たちも。


ソフィアも。


ファミリーの仲間たちも。


全員が笑顔で拍手を送っていた。


郁もその光景を見つめながら、静かに微笑んだ。


――――――


予定されていた挨拶も、料理も、余興も。


すべて問題なく進んだ。


心配していた騒動は起こらず。


誰かが武器を持ち込むこともなく。


マルコが少し飲みすぎてヴィクトルに止められた程度で、パーティーは穏やかに終了した。


最後の招待客を見送ったあと。


郁はようやく肩の力を抜いた。


「……終わりました」


「お疲れさま」


隣に立ったレオンが笑う。


「緊張した?」


「とても」


「全然そう見えなかったよ」


「必死に隠していました」


「すごくきれいだった」


「また言うんですね」


「今日は、何回でも言いたい」


レオンは郁を見つめ、幸せそうに笑う。


「隣にいてくれて、ありがとう」


郁も少しだけ照れながら答えた。


「秘書ですから」


「恋人としても?」


郁は一瞬だけ黙る。


それから、柔らかく笑った。


「……はい」


レオンは嬉しそうに、郁の手を握った。


大きな問題は何も起こらなかった。


ただ、大勢の人が彼らの新しい門出を祝い。


笑い。


未来を語った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。