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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

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第73話 バタバタの日々

会社設立へ向けた準備が始まってから、屋敷の中は毎日慌ただしかった。


雇用契約書。


役職の決定。


新しい本社候補の選定。


必要な設備や予算の確認。


戦っていた頃とは違う忙しさだったが、やることは尽きない。


その日の夜。


郁は一人、幹部室に残って資料を整理していた。


時計の針は、すでに日付が変わる少し前を指している。


「郁」


声に顔を上げると、扉のそばにレオンが立っていた。


「まだ起きていたんですか?」


「それはこっちの台詞」


レオンは郁の向かいへ座ると、机の上に積まれた資料へ目を向けた。


「疲れてない?」


「少しだけです」


「少しだけ?」


「……それなりに」


郁が正直に言い直すと、レオンは困ったように笑った。


「最近、忙しいね」


「はい」


「せっかく付き合えたのに」


レオンは頬杖をつき、郁を見つめる。


「二人きりにも、なかなかなれない」


その言い方が少し寂しそうで、郁は小さく笑った。


「でも」


「少し楽しいです」


「楽しい?」


「はい」


郁は手元の資料へ視線を落とす。


「みなさんが、これから何をしたいのか考えて」


「新しい仕事を決めて」


「会社の場所を探して」


「今までとは全然違うことばかりですけど」


少しだけ表情を緩めた。


「未来を作っているみたいで」


「楽しいです」


レオンはしばらく郁を見つめたあと、優しく笑った。


「それならよかった」


少しの沈黙のあと、レオンが思い出したように口を開く。


「そういえば」


「会社化に合わせて、屋敷もリフォームしようと思ってる」


郁は顔を上げた。


「屋敷を、ですか?」


「うん」


「みんなが、もっと住みやすいように」


「ここも、そろそろ古いからね」


郁は頷いた。


「たしかに、水回りとか、少し古いですよね」


「そう」


レオンは頷きながらも、どこか歯切れが悪い。


「それで、なんだけど……」


言葉が途切れる。


「レオン?」


郁が首を傾げると、レオンは少し視線を逸らした。


珍しく、迷っているような表情だった。


「その」


「リフォームのときに」


一拍。


「一緒の部屋にしたいんだけど」


「いい?」


郁は固まった。


「……」


顔が一気に赤くなる。


「い、一緒の……」


「うん」


レオンは郁の反応を窺うように、少しだけ不安そうに見つめている。


いつもの余裕はどこにもなかった。


郁は視線を泳がせたあと、小さく、けれどはっきりと頷いた。


「……一緒がいいです」


レオンの表情が、ぱっと明るくなる。


「本当に?」


「はい」


「無理してない?」


「していません」


郁は少し照れながらも、まっすぐレオンを見た。


「私も、レオンと同じ部屋がいいです」


その言葉に。


立ち上がり、郁のそばへ回る。


そして少しだけ腰を屈め、目線を合わせた。


「郁」


「はい」


「抱きしめていい?」


郁の頬が、わずかに赤くなる。


それでも迷わず頷いた。


「……はい」


レオンの腕が、そっと郁の背中へ回る。


強くはない。


けれど、大切なものを包むような抱きしめ方だった。


郁も少しだけ緊張しながら、レオンの服をつかむ。


静かな部屋に、互いの呼吸だけが聞こえた。


しばらくして。


レオンが郁を抱いたまま、少しだけ身体を離す。


「キスしていい?」


郁の顔がさらに赤くなった。


けれど。


小さく頷く。


「……はい」


レオンは急がず、ゆっくり顔を近づけた。


唇が重なる。


湖での初めての口づけより、ほんの少しだけ長く。


それでも優しく。


離れたあと、レオンは額が触れそうな距離で微笑んだ。


「郁」


「はい」


「大好き」


郁は目を伏せる。


恥ずかしい。


今でも、こうしてまっすぐ言われることには慣れない。


それでも。


今度は逃げずに答えた。


「……私もです」


レオンの瞳が嬉しそうに細くなる。


何度聞いても。


その言葉だけは、まだ特別らしい。


「これから、また忙しくなると思う」


「はい」


「会社を作って」


「みんなの仕事を決めて」


「たぶん、思っているより大変だよ」


レオンはそう言いながらも、穏やかに笑っている。


「でも」


郁の頬へ、そっと手を添える。


「郁がいれば」


「俺、頑張れる」


郁の顔が一気に赤くなった。


「……そういうことを」


「そんなに自然に言わないでください」


「本当のことだから」


レオンは楽しそうに笑い、もう一度郁を抱きしめた。


今度は先ほどよりも、少しだけ強く。


けれど、どこまでも大切に。


郁もレオンの背へ腕を回す。


忙しい日々は、まだ始まったばかり。


それでも。


帰る場所と、隣にいたい人がいるのなら。


きっと乗り越えられる。


レオンは真っ赤になった郁を、愛おしそうに抱きしめ続けた。

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