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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

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第70話 新しいファミリー

初めてのデートから、数日後。


屋敷の幹部室には、久しぶりに全員が揃っていた。


長い戦いを終え、敵対していた組織は壊滅した。


サルヴァトーレの逮捕をきっかけに、彼と繋がっていた者たちも次々と摘発され、国内に残っていた古いマフィア組織の多くが力を失った。


恐怖で人を支配する時代は、終わろうとしている。


レオンは全員の顔を見渡すと、いつもの穏やかな笑顔で口を開いた。


「今日は、これからの話をしようと思う」


机の上には、一冊の新しい資料が置かれていた。


表紙には、見慣れない会社名が記されている。


マルコが資料を手に取った。


「会社設立……?」


「うん」


レオンは頷く。


「ヴィンチェンティ・ファミリーを、会社にしよう」


部屋が静かになった。


驚きはあった。


けれど、反対するような声は上がらない。


レオンはゆっくりと言葉を続けた。


「マフィアは、もうほとんど衰退した」


「俺たちが武器を持って、街を守る必要も少なくなってきた」


少しだけ視線を落とす。


「それは、きっといいことだと思う」


戦いがなくなる。


自分たちが必要とされなくなる。


それは寂しいことではない。


彼らが目指してきた未来が、ようやく形になったということだ。


「だから今度は」


レオンは顔を上げた。


「俺たちが持っている力を、違う形で使いたい」


「それぞれの得意なことを仕事にして、普通の人たちの役に立てる会社にする」


マルコは資料をめくりながら、楽しそうに口元を上げた。


「なるほどな」


「マフィアを廃業して、今度は真っ当な会社の社長ってわけか」


「そういうこと」


「似合わねぇな」


「失礼だなぁ」


レオンが笑うと、部屋の空気も自然と和らいだ。


「まず、ノア」


名前を呼ばれたノアが顔を上げる。


「今まで通り、護衛と警備関係を任せたい」


「要人のボディーガードや、企業のセキュリティー」


「必要なら、警備員の育成もお願いしたい」


ノアは短く頷いた。


「分かった」


「教えるの、得意だろ?」


「お前たちよりはな」


マルコが笑う。


「郁をあそこまで強くしたもんな」


「本人が強かっただけだ」


淡々と答えながらも、ノアはどこか満足そうだった。


「次に、ヴィクトル」


「はい」


「会社の経理と財務」


「採用、人事、法務関係もお願いしたい」


ヴィクトルは資料へ目を落とす。


「ずいぶん広いですね」


「ヴィクトルならできる」


「随分と信頼されていますね、私は」


「だって、全員のお金と予定と健康状態まで把握してるでしょ?」


レオンの言葉に、ヴィクトルは眼鏡を押し上げた。


「皆さんが管理されなさすぎるのです」


「特にボスは、退院予定日を守りませんからね」


「それ、まだ言う?」


「一生言います」


即答だった。


郁が思わず笑う。


「では、引き受けます」


「ありがとうございます」


「この会社が三日で潰れないよう、しっかり管理しましょう」


「三日は早すぎない?」


「ボス次第です」


レオンは苦笑しながら、次の資料を開いた。


「ルカ」


「ん」


「商品開発と情報技術」


「コンピューター関係は全部任せたい」


ルカは資料を覗き込む。


「全部?」


「うん」


「情報収集も、今まで通りお願いしたい。ただし、犯罪にならない範囲で」


「善処する」


「絶対守ってね」


「善処する」


マルコが吹き出した。


「守る気ねぇだろ!」


ルカは気にする様子もなく、資料を読み進める。


そこには商品開発、システム開発、研究部門の設立案まで記されていた。


「それから」


レオンが柔らかく笑う。


「好きな研究をしていいよ」


ルカの手が止まった。


わずかに顔を上げる。


「……好きなもの?」


「うん」


「利益になるかは、あとで考えればいい」


「最初はルカが面白いと思うものを作ってみて」


ルカは少しだけ黙ったあと、小さく頷いた。


「分かった」


短い返事だった。


けれど、その目は先ほどよりも少し明るくなっていた。


「マルコは」


「おう」


「営業」


「やっぱりか!」


「人と話すのが得意だからね」


「まあ、否定はしねぇけど」


「取引先を回ったり、現場の情報を集めたり」


「会社の広報をしてもらってもいい」


レオンは少し考えてから付け加えた。


「記者みたいな仕事をしても面白いかもね」


「記者?」


「街や企業を取材して、今まで表に出なかった問題を伝える」


「マルコ、顔も広いし、人から話を聞き出すのが上手だから」


マルコは顎へ手を当てる。


「悪くねぇな」


「事件の匂いを嗅ぎつけて、現場に飛び込むのは得意だぞ」


「危険な場所には一人で行かないでね」


「それ、郁にも言っとけよ」


「郁には毎日言ってる」


レオンは迷いなく答えた。


郁は思わず眉を下げる。


「私も無茶はしていません」


全員の視線が、一斉に郁へ集まった。


「……最近は」


郁が小さく付け加える。


マルコが笑った。


「自覚はあんだな」


それぞれの仕事が決まり、郁は資料を見ながら首を傾げた。


「あの」


「私は、何をすればいいでしょうか」


戦闘もできる。


運転も、通訳も、交渉も。


情報整理や応急処置も得意だった。


けれど、どれか一つを専門にすると言われると、すぐには思いつかない。


郁が真剣に悩んでいると、レオンがにこやかに答えた。


「郁は、今まで通りみんなを手伝って」


「今まで通り?」


「うん」


「ノアの警備部門にも行って、ヴィクトルの事務作業も手伝って、ルカの商品開発にも付き合って、マルコの取材にも同行する」


マルコが資料から顔を上げた。


「結局、便利屋のままじゃねぇか」


「郁は何でもできるからね」


レオンは嬉しそうに笑う。


「それから、俺の秘書」


「……秘書?」


郁が目を瞬かせた。


「うん」


「俺の予定を管理して、会議に同行して、必要な資料を作って」


そこで少しだけ笑みを深める。


「なるべく俺のそばにいる仕事」


郁の頬が赤くなった。


マルコがすぐに呆れた声を上げる。


「お前、ただ郁をそばに置きたいだけだろ」


「うん」


レオンはあっさり認めた。


「否定しろよ!」


ヴィクトルが苦笑しながら資料を確認する。


「ですが、秘書としては適任でしょう」


「郁さんは仕事が早く、複数の案件を同時に把握できます」


ルカも頷いた。


「五言語」


「交渉もできる」


ノアがコーヒーを置く。


「レオンが無茶をした時に止められる」


「それは重要ですね」


ヴィクトルが深く頷いた。


「俺、そんなに無茶するかな」


「します」


郁を含め、全員の声が重なった。


レオンは少しだけ目を丸くする。


それから楽しそうに笑った。


「じゃあ、決まりだね」


郁はまだ少し戸惑いながら、手元の資料へ目を落とす。


「私に務まるでしょうか」


「郁にしか頼めないよ」


レオンの声は、いつになく真面目だった。


「みんなが何をしているか分かっていて、必要な時にはどこへでも行ける」


「それに」


郁をまっすぐ見つめる。


「俺が一番信頼してる」


郁の表情が柔らかくなる。


「……分かりました」


「お引き受けします」


レオンは満足そうに頷いた。


「よろしくね、郁」


「はい、ボス」


「仕事中だからボス?」


「仕事中なので」


「そっか」


少し残念そうにしながらも、レオンは笑っている。


マルコが椅子の背へもたれた。


「で、会社になったら俺たちの呼び方はどうなるんだ?」


「幹部じゃなくて、役員かな」


「レオンは?」


「社長」


ルカがレオンを見る。


「似合わない」


「ルカまで?」


ヴィクトルは微笑んだ。


「そのうち慣れるでしょう」


ノアも静かに頷く。


「ボスよりは平和だ」


戦うための幹部室。


武器と作戦を並べていた机の上に、今は会社の設立資料が広がっている。


これまで守ってきたものを。


これからは、育てていく。


武器ではなく、彼らの得意な力で。


レオンは大切な仲間たちを見渡した。


「じゃあ」


「新しいヴィンチェンティを始めよう」


誰からともなく、笑顔が広がった。


名前が変わっても。


仕事が変わっても。


彼らが家族であることだけは、きっと変わらない。

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