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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

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第69話 コース料理

夜。


屋敷へ戻ると、幹部室にはまだ明かりがついていた。


扉を開けた瞬間。


マルコ、ノア、ヴィクトル、ルカ。


全員が揃っていた。


郁は足を止める。


「……まだ起きていたんですか?」


マルコがソファから身を乗り出した。


「そりゃ待つだろ」


「初デートだぞ?」


ヴィクトルは穏やかに笑う。


「おかえりなさい」


ルカが時計を見る。


「予定より遅い」


ノアはコーヒーを飲みながら、二人を一度だけ見た。


「無事ならいい」


その視線が、自然に二人の繋いだ手へ落ちる。


郁は気付いて、慌てて手を離した。


レオンは少し残念そうだった。


「もう少し繋いでいたかったな」


「屋敷に着きましたから!」


郁の顔がまた赤くなる。


その様子を見て、マルコの口元がにやりと上がった。


「で?」


郁は嫌な予感がした。


「……なんですか?」


「どうだった?」


「初デート」


全員の視線が集まる。


郁は少し考えた。


湖。


夕日。


船。


レストラン。


そして。


初めてのキス。


思い出した瞬間、頬が熱くなる。


「……普通です」


一秒。


マルコが眉を上げた。


「普通?」


「はい」


「散歩をして、食事をしただけです」


郁はできるだけ平静を装った。


その隣で。


レオンがにこにこ笑っている。


嫌な予感が、確信へ変わった。


「レオン」


「ん?」


「何も言わないでくださいね」


「うん」


素直に頷いた。


郁は少しだけ安心する。


マルコがレオンへ視線を移した。


「本当に普通だったのか?」


レオンは嬉しそうに答えた。


「キスしたよ」


「レオン!!」


郁の声が幹部室へ響いた。


一瞬の静寂。


そして。


「うおおおおお!」


マルコが立ち上がる。


「やったじゃねぇか!」


ヴィクトルは口元へ手を当て、楽しそうに笑った。


「それは、普通ではありませんね」


ルカが淡々と言う。


「進展」


ノアは静かにコーヒーを置いた。


「長かったな」


郁は真っ赤な顔でレオンを睨む。


「言わないでって言いましたよね!?」


レオンはきょとんと首を傾げた。


「何も言わないで、とは言われたけど」


「はい!」


「マルコに聞かれたから」


「答えただけ」


「同じです!」


マルコが腹を抱えて笑う。


「だめだ、郁!」


「こいつ今日、絶対黙ってられねぇぞ!」


「嬉しすぎるんだろ」


レオンは否定しなかった。


「うん」


そして郁を見て、幸せそうに笑う。


「嬉しかった」


郁は何も言えなくなる。


あまりにも素直な笑顔だった。


怒る気持ちも、少しだけ削がれてしまう。


ヴィクトルがレオンへ尋ねた。


「夕日は綺麗でしたか?」


「綺麗だったよ」


「でも郁の方が――」


「言わなくていいです!」


郁が即座に遮る。


マルコが机を叩いて笑った。


「今日の郁、ずっと真っ赤じゃねぇか!」


「誰のせいですか!」


「レオン」


ルカが即答する。


「そうです!」


レオンは楽しそうに笑っている。


ノアはそんな二人を眺め、わずかに口元を緩めた。


「楽しめたなら、それでいい」


郁は少しだけ息を吐く。


そして、照れながらも頷いた。


「……はい」


「とても楽しかったです」


レオンの笑顔が、さらに明るくなる。


「俺も」


マルコがにやにやしながら頷いた。


「じゃあ、大成功だな」


「おめでとう、初デート」


郁は恥ずかしそうに俯く。


「ありがとうございます……」


その隣で、レオンはまだ嬉しそうに笑っていた。


しばらくして。


郁が自室へ戻ろうと幹部室を出る。


「先に戻っていて。あとで顔を出すから」


レオンがそう声を掛けると、郁は小さく頷いて一人で扉を出ていった。


扉が閉まったあと。


マルコがぽつりと呟く。


「……あいつ」


「明日、仕事できると思う?」


ルカが首を横へ振った。


「無理」


ヴィクトルも苦笑する。


「一日中、郁を見ていそうですね」


ノアは静かにコーヒーを飲む。


「今日だけじゃない」


「これから毎日だ」


四人は顔を見合わせる。


そして同時にため息をついた。


「……まあ」


マルコが笑う。


「幸せそうだから、いいか」


ノア、ヴィクトル、ルカはそれぞれ軽く手を上げ、部屋を出ていく。


残ったのはマルコとレオンだけだった。


マルコはソファへ深く座り直すと、ふと思い出したように口を開く。


「そういや、レオン」


「ん?」


「両想いになってから、もう三か月だろ」


「今日、やっとキスかよ」


レオンは何を聞かれているのか分からないというように、少し首を傾げた。


「遅かった?」


「遅いっつうか」


マルコは呆れたように続ける。


「仕事忙しかったとはいえ、進展なさすぎねぇか?我慢してんの?」


「普通の恋人なら、とっくに――」


レオンは少し考えたあと、にこりと笑った。


「郁との恋愛はね」


「コース料理みたいなものだから」


「……は?」


マルコの動きが止まった。


レオンは気にせず、楽しそうに話し続ける。


「最初から全部出てきたら、もったいないでしょ?」


「少しずつ」


「少しずつ出てくるの」


指折り数えるように続ける。


「手を繋いで」


「抱きしめて」


「今日、キスして」


「郁が少しずつ慣れていくのを、一緒に楽しむ」


にこにこ。


「今、すごく幸せ」


マルコは何とも言えない顔でレオンを見つめた。


「……お前」


「何?」


「いや」


マルコは首を横へ振る。


聞かなければよかった。


そんな後悔が、顔にはっきり出ている。


それでもレオンは止まらない。


「それに」


「コース料理って、最後にデザートがあるでしょ?」


さらに嬉しそうに笑う。


「楽しみだなって」


マルコは完全に言葉を失った。


「……」


「……」


そして、心の中で静かに思った。


(こいつ、やべぇ)


顔はいつもの優しいボス。


言っていることも、一応は郁を大切にしている。


焦らせるつもりもない。


無理をさせるつもりもないのだろう。


ただ。


待つことそのものを、心の底から楽しんでいる。


「ボス」


「ん?」


「それ、郁には絶対言うなよ」


「どうして?」


「逃げるぞ」


レオンは少し考えたあと、穏やかに笑った。


「大丈夫」


「逃げても待つから」


「そういうところだよ!」


マルコの声が、静かな部屋に響く。


レオンは何がおかしいのか分からないまま、楽しそうに笑っていた。


「じゃあ、俺は行くよ」


レオンが立ち上がる。


「郁のところに」


「はいはい」


マルコはひらひらと手を振った。


「行ってこい」


レオンは笑いながら部屋を出ていく。


その背中を見送りながら、マルコは小さく呟いた。


「……ごちそうさま」



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