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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

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第67話 ソフィア

穏やかな春の日。


屋敷の庭では花が風に揺れていた。


幹部室では珍しく仕事も一段落し、全員がコーヒーを片手に休憩している。


マルコがカレンダーを見ながら声を上げた。


「そういや」


「もう一年経ったな」


郁が首を傾げる。


「一年……ですか?」


「誕生日じゃん」


「あ」


郁は目を丸くした。


「そういえば……」


「もう四月でしたね」


マルコが笑う。


「今年もやる?」


「誕生日パーティー」


去年はファミリー総出で盛大に祝った。


郁にとって、この世界で初めての誕生日。


忘れられない一日だった。


しかし。


レオンはコーヒーを一口飲み、にこっと笑う。


「今年はね」


一拍。


「二人で過ごす」


幹部室が静かになる。


マルコがにやっと笑った。


「だよな」


ヴィクトルも優しく微笑む。


「その方がいいですね」


ルカも頷く。


「まだ」


「デート」


「してない」


ノアがコーヒーを置いた。


「ああ」


「休みも」


「ほとんどなかった」


郁も思い返す。


付き合ってからも事件続きで、まともに二人で出掛けたことは一度もない。


レオンは郁を見て微笑んだ。


「だから」


「その日は二人とも休む」


幹部たちへ視線を向ける。


「みんな」


「よろしく頼んだよ」


四人は笑いながら頷いた。


「もちろん」


――――――


翌日。


誕生日の前日。


郁は自室で鏡を見つめていた。


「……」


服を見ても。


黒。


白。


動きやすい服。


そればかり。


「どうしよう……」


思わずため息が漏れる。


「私」


「かわいい服とか」


「持ってないんですけど……」


郁は少し考える。


(誰か、詳しい人に相談したほうがいいかもしれない)


屋敷の中で、一番おしゃれな人と言えば。


(マルコさんかな)


身なりにはいつも気を遣っている印象があった。


郁は鏡から離れ、マルコの部屋へ向かった。


コンコン。


「マルコさん」


「ん?」


扉を開けたマルコが、少し不思議そうに郁を見る。


「どうした?」


郁は少し言いにくそうに切り出した。


「相談したいことがあって」


「明日のことなんですけど」


「かわいい服が、何もなくて」


マルコは目を丸くする。


「……」


「確かに」


「そこか」


腕を組んで考え込む。


「うーん」


「俺じゃ分かんねぇ」


郁が苦笑する。


「ですよね」


マルコが急に指を鳴らした。


「適任者呼んだ」


「行ってこい」


「え?」


――――――


数十分後。


屋敷の応接室。


扉が開く。


「久しぶりね」


明るい声が響いた。


郁は顔を上げる。


「ソフィアさん!」


ソフィアは郁を見るなり目を丸くした。


「あなたが女の子だって聞いて、本当にびっくりしたわ」


郁は照れ笑いを浮かべる。


「すみません……」


ソフィアはくすっと笑う。


「最初はね」


「かっこいい男の子だと思ってたの」


「それが」


「かっこいい女の子だったなんて」


郁は思わず苦笑した。


忙しさで髪を切る暇もなく、少し伸びた髪を後ろで無造作に一つ結びにしている。


ソフィアはその姿を見て目を輝かせた。


「素材がいいじゃない!」


「え?」


「これは大変」


「磨きがいがあるわ!」


次の瞬間。


ぎゅっ。


「わっ!」


ソフィアが郁へ抱きつく。


郁は固まった。


「そ、ソフィアさん!?」


ソフィアは嬉しそうに笑う。


「この世界、女の子少ないんだもの」


「嬉しい!」


「仲良くしましょう?」


郁は照れながら笑った。


「……はい」


ソフィアは満足そうに頷く。


そして。


悪戯っぽく笑った。


「レオンとデートなんですって?」


郁の顔が一瞬で赤くなる。


「なっ……!」


ソフィアは楽しそうに続ける。


「実はね」


「私もちょうど彼とデート用のお洋服を買いに行こうと思っていたの」


郁は目を瞬かせる。


「え?」


ソフィアは郁の手をぎゅっと握った。


「だから」


「今日は一緒にお買い物よ!」


「えぇ!?」


「可愛い服も」


「靴も」


「髪型も」


「全部任せなさい!」


郁は完全に圧倒される。


「そ、そんな……」


「私」


「こういうの本当に分からなくて……」


ソフィアはにっこり笑った。


「だから私がいるの」


「大丈夫」


「レオンが惚れ直すくらい可愛くしてあげる」


郁は真っ赤になった。


「もう惚れてます!」


思わず口をついて出た言葉。


ソフィアは一瞬きょとんとしたあと、声を上げて笑った。


「あはは!」


「そうだったわ!」


「もう恋人だったわね!」


郁は両手で顔を隠す。


「もう……」


恥ずかしくて仕方ない。


ソフィアはそんな郁の手を引き、元気よく歩き出した。


「さあ!」


「恋する女の子のお買い物、始めましょう!」


郁は苦笑しながらも、その手を離さなかった。


初めてのデートまで、あと一日。


その胸は、少しだけ期待で高鳴っていた。


街の中心部。


「郁!こっちよ」


ソフィアは郁を上から下まで眺める。


いつもの黒いパンツ。


シャツ。


伸びた髪は後ろで一つにまとめているだけ。


ソフィアは満足そうに頷いた。


「うん」


「まずは美容院ね」


「え?」


「髪から!」


郁は首を傾げる。


「切るんですか?」


ソフィアはすぐに首を横へ振った。


「もったいない!」


「その髪、すっごく綺麗なんだから」


「地毛でしょう?」


「はい」


「ならそのまま」


「長さも少し整えるくらい」


「せっかくだから」


「ふんわり巻きましょう」


「絶対似合うわ」


――――――


一時間後。


美容院。


鏡の前。


郁は思わず目を丸くした。


「……」


長さはほとんど変わっていない。


けれど。


毛先が軽く整えられ。


ゆるく巻かれた髪が肩へ揺れている。


ソフィアが嬉しそうに笑った。


「ほら!」


「やっぱり可愛い!」


郁は髪へ触れる。


「こんなに変わるんですね……」


美容師も笑う。


「毎日巻かなくても大丈夫ですよ」


「簡単なアレンジもできますから」


ソフィアがヘアクリップを取り出した。


「明日困らないように教えるわ」


器用にまとめていく。


「ここをねじって」


「ここで留めるだけ」


「はい」


郁はすぐに真似をする。


数分後。


ほとんど同じ形になっていた。


美容師が驚く。


「覚えるの早いですね!」


ソフィアも笑う。


「器用なのね」


郁は照れ笑いを浮かべた。


「勉強は得意なので」


――――――


次は化粧品売り場。


郁は少し緊張していた。


「実は」


「ほとんどしたことがなくて……」


ソフィアは目を丸くした。


「やっぱり!」


「ほぼすっぴんだったのね!」


郁は頷く。


「必要性を感じなくて」


ソフィアは笑った。


「すっぴんだとね」


「かっこいいの」


「でも今日は」


にっこり。


「可愛くしましょう」


――――――


三十分後。


郁は鏡を見て固まった。


「……」


「……私?」


自然なメイク。


透明感のある肌。


柔らかい目元。


ほんのり色づく唇。


別人ではない。


なのに。


雰囲気がまるで違う。


ソフィアは大満足だった。


「素材が良すぎる!」


「楽しい!」


店員まで頷いている。


「本当にお綺麗ですね」


郁は照れてしまう。


「ありがとうございます……」


ソフィアは笑いながら化粧品を並べた。


「今度は自分で」


「教えるわ」


郁はすぐにメモ帳を取り出した。


さらさら。


さらさら。


書き始める。


ソフィアは吹き出した。


「ふふっ」


「ノート取る人初めて見た」


郁は真剣な顔だった。


「忘れたくないので」


ソフィアは笑う。


「真面目なのね」


――――――


午後。


洋服屋。


ソフィアの目が輝く。


「今日はいっぱい買うわよ!」


「えっ!?」


「スカートも」


「パンツも」


「ワンピースも」


「靴も」


「アクセサリーも」


「全部!」


郁は目を回しそうだった。


「そ、そんなに……」


「今後も着るんだから必要!」


気付けば。


試着室を何往復もしていた。


淡いブルーのワンピース。


白いブラウス。


ロングスカート。


細身のパンツ。


シンプルなネックレス。


ヘアクリップ。


バッグ。


どれも郁によく似合っていた。


ソフィアは腕を組む。


「うん」


「完璧」


――――――


レジ。


郁が財布を取り出そうとした。


「私が──」


ソフィアが止める。


「大丈夫」


カードを取り出す。


郁は驚いた。


「ソフィアさん!」


「こんなに買っていただくわけには……」


ソフィアは笑った。


「気にしないで」


「実はこれ」


カードをひらひらさせる。


「レオンの」


「クレジットカード」


「……え?」


「郁と買い物行くって話したら」


レオンの真似をするように微笑む。


『好きなだけ買ってきて』


『郁に似合うものなら全部』


「って渡されたの」


郁は固まる。


「……」


「……」


顔が真っ赤になる。


ソフィアは笑いながら肩を叩いた。


「愛されてるわね」


郁は恥ずかしさで顔を隠した。


「もう……」


「レオン……」


――――――


帰り道。


二人でケーキ屋へ寄る。


紅茶を飲みながら。


他愛ない話をする。


ソフィアが微笑む。


「今日は楽しかったわ」


「また行きましょうね」


郁も自然に笑った。


「はい」


「ありがとうございました」


――――――


夕方。


屋敷。


「ただいま帰りました」


玄関の扉を開ける。


そこには。


レオンが立っていた。


「おかえり」


いつもの笑顔。


その笑顔が。


一瞬で止まる。


「……」


郁は髪を下ろしていた。


ふんわり揺れる髪。


淡い色のブラウス。


ロングスカート。


自然なメイク。


初めて見る姿。


レオンは完全に固まった。


「……」


「……」


郁が不安そうに首を傾げる。


「レオン?」


レオンはゆっくり顔へ手を当てる。


「……」


小さく呟いた。


「明日」


「俺」


「大丈夫かな」


郁はきょとんとする。


「え?」


レオンは困ったように笑った。


「可愛すぎる」


「デートどころじゃなくなりそう」


郁の顔が真っ赤になる。


「そ、そんな……」


そこでふと、思い出したように口を開く。


「あの」


「今日は、ありがとうございました」


レオンが首を傾げる。


「何が?」


「カード」


「ソフィアさんから聞きました」


「好きなだけ買ってきてって、渡していたんですよね」


レオンは特に気にした様子もなく笑った。


「ああ」


「うん」


「郁に似合うもの、たくさん見たかったから」


「でも」


郁は少し困ったように眉を下げる。


「こんなに高価な物ばかり、いただくわけには……」


「いいの」


レオンはあっさり遮った。


「俺が贈りたかっただけだから」


「それに」


少しだけ悪戯っぽく笑う。


「明日、それを着てくれるんでしょ?」


郁は言葉に詰まる。


「……はい」


「なら、十分すぎるお返しだよ」


郁はそれでも納得しきれない様子だったが、レオンの穏やかな笑顔を見て、それ以上は言わないことにした。


「……ありがとうございます」


もう一度、今度はしっかりと頭を下げる。


レオンは満足そうに頷いた。


「うん」


「どういたしまして」


レオンは小さく息をつく。


「……困った」


「今から明日が楽しみすぎる」


その姿を廊下の角から覗いていたマルコが、小さく笑った。


「終わったな」


ノアが隣で頷く。


「ああ」


「ボス」


「明日は使い物にならない」


屋敷の中に。


また笑い声が響いた。

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