第60話 ルチアと郁
夜。
山奥に建つ巨大な倉庫。
表向きは物流会社。
しかし地下には、武器、薬物、そして誘拐された人々が監禁されている。
その建物を、静かに包囲する影があった。
警察特殊部隊。
政府部隊。
そしてヴィンチェンティ・ファミリー。
全員が無線機を耳へ当てる。
静寂。
レオンの落ち着いた声が響いた。
『全員、配置についたね』
『ノア、完了』
『マルコ、完了』
『ルカ、完了』
『ヴィクトル、完了』
『郁、完了です』
レオンは静かに息を吸う。
『始めよう』
その一言で。
最後の戦いが始まった。
――――――
西側搬入口。
ルカが小さく手を挙げる。
「監視」
「二人」
ノアが前へ出る。
「任せろ」
闇へ溶け込むように歩く。
次の瞬間。
鈍い音が二つ。
見張りは声も上げられず、その場へ崩れ落ちた。
マルコが苦笑する。
「相変わらず静かだな」
「騒ぐ方が面倒だ」
ノアは短く答え、そのまま先へ進む。
ルカが端末を操作する。
「監視カメラ」
「停止」
廊下の赤いランプが一斉に消えた。
「今」
レオンは頷く。
「行こう」
――――――
地下。
鉄格子が並ぶ通路。
中には、怯えた表情の人々が身を寄せ合っていた。
郁は鍵を開け、一人一人へ声を掛ける。
「大丈夫です」
「助けに来ました」
「警察が外で待っています」
年配の男性が涙ぐむ。
「本当に……?」
「はい」
「もう大丈夫です」
子どもを抱えた母親が何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……」
郁は優しく微笑む。
「急がなくて大丈夫です」
「順番に外へ向かいましょう」
その時だった。
パンッ!
銃声。
弾丸が壁へ突き刺さる。
郁は反射的に子どもの前へ立った。
静かな通路。
煙の向こうから、小さな人影がゆっくり姿を現す。
少女だった。
まだ幼さの残る顔。
だが、その瞳だけは深い憎しみに染まっている。
郁は息を呑んだ。
(あの子……)
写真でみたニコの妹。
間違いない。
少女は無言のまま銃を向ける。
「あなたたち」
震える声。
「兄さんを殺した」
郁は静かに首を横へ振った。
「違います」
「嘘」
パンッ。
パンッ。
連続で放たれる銃弾。
郁は壁を蹴り、物陰へ飛び込む。
レオンが銃を構えようとした、その時。
「ボス」
郁が小さく声を掛けた。
「ここは」
「私が」
レオンは郁を見る。
その瞳に迷いはない。
静かに頷いた。
「分かった」
「でも」
「無理だけはしないで」
「はい」
レオンは避難誘導へ戻る。
通路には。
郁と少女だけが残った。
――――――
少女は再び銃を構える。
「どうして」
「撃たないの」
郁は構えたまま動かない。
「……」
少女が駆け出す。
ナイフを抜き、一気に間合いを詰める。
速い。
十四歳とは思えない動きだった。
郁は紙一重でかわす。
拳が飛ぶ。
蹴りが迫る。
互いに一歩も譲らない。
少女の攻撃は鋭く。
郁の動きは正確だった。
攻撃を受け流しながら、距離を取る。
少女が叫ぶ。
「兄さんを返して!」
その声が地下通路へ響く。
郁の胸が痛んだ。
(ニコ……)
胸ポケットへそっと手が触れる。
一通の封筒。
あの日から、ずっと持ち歩いている。
“家族へ”
そう書かれた手紙。
郁は目を閉じた。
(今じゃない)
(今渡しても)
(きっと受け取ってもらえない)
少女は涙を流しながら銃を構え直す。
郁も静かに構える。
二人の間に流れる静寂。
その瞬間だった。
ドォンッ!!
建物の奥で爆発音が響く。
二人とも一瞬だけ視線を向ける。
その隙に。
少女は煙幕弾を床へ投げた。
白い煙が一気に通路を包む。
「待って!」
郁は煙の中へ飛び込む。
しかし。
もう姿はなかった。
残っていたのは。
小さな足跡だけ。
郁は煙の向こうを見つめ、小さく拳を握る。
(絶対に)
(助ける)
その決意だけが、静かに胸へ刻まれた。
――――――
最上階。
サルヴァトーレは監視モニター越しに、その様子を見つめていた。
「レオン」
小さく笑う。
「相変わらず」
「甘い」
そして。
郁の映る画面へ目を向ける。
「お前も」
「甘い」
ゆっくりと立ち上がる。
コートを羽織る。
「さて」
「主役の時間だ」
サルヴァトーレは静かに部屋を後にした。
その足音だけが、静かな廊下へ響いていた。




