第57話 暗殺未遂
イタリア政府庁舎。
重厚な扉の向こうでは、政府関係者と警察幹部が慌ただしく動いていた。
連日続く誘拐事件。
薬物の流通。
企業への脅迫。
そして人身売買。
被害は日に日に広がり、もう見過ごせる段階ではなかった。
会議室の中央。
大統領が静かに口を開く。
「ディ・ネーロ・ファミリー」
「これ以上、好きにはさせない」
警察長官も頷く。
「警察だけでは限界があります」
「政府と連携し、一斉に動きます」
その視線がレオンへ向いた。
「ヴィンチェンティ・ファミリーにも協力をお願いしたい」
レオンは静かに頷く。
「もちろんです」
「街を守るためなら」
――――――
会議終了後。
ルカがノートパソコンを抱えて部屋へ入ってくる。
「情報」
全員が顔を上げた。
「暗殺計画」
「明日」
「大統領演説」
部屋の空気が一変する。
ノアが腕を組んだ。
「確度は」
「高い」
ルカは画面を回す。
「通信傍受」
「複数一致」
レオンは静かに立ち上がった。
「護衛につこう」
――――――
翌日。
演説会場。
大勢の報道陣と市民が集まり、会場は熱気に包まれていた。
「郁お兄ちゃん!」
小さな声。
振り向くとエマが手を振っている。
郁も思わず笑った。
「こんにちは、エマさん」
「今日もお仕事?」
「はい」
「頑張ってね!」
「ありがとうございます」
その様子を見ていたレオンが小さく笑う。
「仕事中だよ」
「……はい」
郁は少し照れながら持ち場へ戻った。
――――――
ノアは屋上。
マルコは一般客へ紛れる。
ルカは監視カメラ。
ヴィクトルは救護班。
郁は大統領のすぐ近くで通訳兼補佐。
レオンは全体指揮。
それぞれが持ち場についた。
――――――
演説が始まる。
その時。
イヤホンからルカの声が響いた。
『二時方向』
『屋上』
ノアがすぐ双眼鏡を向ける。
「確認」
『狙撃手』
次の瞬間。
乾いた銃声。
パンッ。
しかし。
ノアの一発が狙撃手の銃を弾き飛ばした。
「確保!」
警察が屋上へ駆け上がる。
無線から声が響く。
『狙撃犯、確保しました!』
現場に安堵が広がる。
郁も小さく息を吐いた。
(終わった……)
そう思った。
でも。
視界の端。
一人の清掃員が目に入る。
「……?」
違和感。
制服は本物。
清掃用具も持っている。
それなのに。
(歩き方が違う)
視線。
呼吸。
右手だけが不自然にポケットへ入っている。
(違う)
(あの人)
(銃)
「ボス!」
郁は叫びながら走った。
同時に。
清掃員が拳銃を抜く。
大統領へ照準が向く。
郁は迷わず飛び込んだ。
腕を掴む。
捻る。
拳銃が床へ落ちる。
体勢を崩した男をそのまま投げ飛ばす。
ノアと警察が一斉に取り押さえた。
静まり返る会場。
数秒後。
大きな拍手が湧き起こる。
――――――
控室。
大統領は郁へ深く頭を下げた。
「ありがとう」
「君のおかげで助かった」
郁は慌てて首を振る。
「いえ」
「皆さんがいたからです」
レオンが穏やかに笑った。
「いや」
「今回は郁のおかげだ」
郁は少し照れながら俯く。
「たまたま気付いただけです」
マルコが吹き出した。
「たまたまで犯人投げ飛ばすやつがいるか!」
ルカも小さく頷く。
「ない」
ノアは短く笑った。
「よく見てた」
郁は照れくさそうに笑うしかなかった。
――――――
その頃。
ディ・ネーロ・ファミリー本部。
幹部が報告を終える。
「狙撃班」
「近距離班」
「どちらも失敗しました」
サルヴァトーレは静かにワインを口へ運んだ。
「そうか」
怒らない。
責めない。
ただ窓の外を見る。
「レオン」
「相変わらず優秀だ」
一拍置く。
「それ以上に」
郁の資料を机へ置く。
写真を見つめる。
「この子は」
「目障りだな」
小さく笑う。
「レオンの右腕になり始めている」
部屋の隅では、ルチアがその写真を静かに見つめていた。
郁。
あの日。
撃ち逃した人。
小さく拳を握る。
(次は)
(外さない)
その瞳に宿る憎しみは、少しずつ深くなっていた。




