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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第二章 ディ・ネーロ・ファミリー

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第54話 自覚

倉庫の中。


レオンの右腕から赤い血が流れ落ちる。


「ボス!」


郁は駆け寄った。


震える手で傷口を見る。


貫通創。


幸い、出血は激しいが動脈は外れている。


(落ち着いて)


(大丈夫)


(まだ助かる)


自然と体が動いた。


上着を裂き、傷口を強く圧迫する。


「ノアさん!」


「病院までお願いします!」


ノアはすでに車へ走っていた。


「乗れ!」


マルコは無線機を手に取る。


「こちらヴィンチェンティ!」


「系列病院!」


「銃創一名!」


「ボスだ!」


「五分で着く!」


エンジンが唸る。


ノアはアクセルを踏み込んだ。


車内。


郁は必死に圧迫を続ける。


「ボス」


「喋らないでください」


レオンは苦笑する。


「郁」


「大丈夫だから」


「大丈夫じゃありません」


珍しく少し強い口調だった。


「出血しています」


「今は話さないでください」


レオンは小さく笑う。


「……はい」


その返事に、マルコが思わず吹き出した。


「ボスが怒られてる」


「黙れ」


ノアが短く言う。


「着く」


――――――


病院。


ストレッチャーへ乗せられるレオン。


医師たちがすぐに処置を始める。


「止血は誰が?」


郁が手を挙げた。


「私です」


医師は傷口を見る。


一瞬だけ驚いた顔をした。


「……完璧です」


「え?」


「この処置がなければ、もっと出血していました」


郁はほっと息を吐いた。


医師は郁を見る。


「医療関係ですか?」


郁は少し寂しそうに笑う。


「以前に少しだけ」


「なるほど」


医師は深く頷いた。


「助かりました」


レオンはそのまま手術室へ運ばれていく。


扉が閉まる。


静寂。


――――――


待合室。


郁は俯いたまま動かなかった。


マルコが缶コーヒーを差し出す。


「ほら」


「……ありがとうございます」


「大丈夫だ」


「ボス、意識あったし」


「腕だ」


「命に別状はねぇよ」


郁は小さく頷く。


それでも。


笑えなかった。


――――――


一時間後。


医師が出てくる。


「手術は無事終わりました」


郁は立ち上がる。


「命に別状はありません」


「腕も問題なく動くでしょう」


「ただ」


「一週間ほどは入院してください」


郁はその場で力が抜けるように座り込んだ。


「……よかった」


――――――


病室。


レオンはベッドの上で目を覚ました。


「おはよう」


いつもの笑顔だった。


郁はその顔を見た瞬間。


涙があふれた。


「ボス……」


「無事で」


「よかったです……」


涙が止まらない。


レオンは少し困ったように笑う。


「そんなに泣かないで」


郁は首を横へ振った。


「私のことなんて」


「庇わないでくださいよ……」


震える声だった。


「ボスに何かあったら」


「私は……」


最後まで言えない。


レオンは静かに笑う。


「好きな子を庇うのって」


一拍。


「普通でしょ」


郁は固まった。


「……」


「俺は」


「郁が無事でよかった」


左腕だけが動く。


レオンはそっと郁の頭へ手を置いた。


優しく。


ゆっくり撫でる。


「それだけ」


郁は目を閉じた。


(……だめ)


(もう)


(言い訳できない)


戸籍も。


世界も。


身分も。


そんなことを理由にしていた。


でも違う。


(私は)


(この人が)


(好き)


はっきり分かった。


胸が苦しい。


幸せだった。


それでも。


今は言わない。


(全部終わったら)


(この戦いが終わったら)


(その時は)


(ちゃんと伝えよう)


そう心の中で決める。


顔を上げると。


レオンはいつものように。


何事もなかったかのように笑っていた。


「今日も好き」


その一言に。


郁は涙を拭きながら、小さく笑う。


「……ありがとうございます」


まだ返事はしない。


でも。


その「ありがとうございます」は、昨日までとは少しだけ違う響きを持っていた。

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