第51話 妹
早朝。
ディ・ネーロ・ファミリーの訓練場。
乾いた銃声が響く。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
十四歳とは思えないほど正確な射撃。
最後の一発が的の中心を撃ち抜いた。
「よし」
教官が頷く。
「今日はここまでだ」
ルチアは静かに銃を下ろした。
汗を拭いながら、少し離れた場所を見る。
同じ年頃の訓練生が数人、笑い合いながら片付けをしていた。
先週まで、あの輪の中には自分もいた。
一人だけ歳の近い女の子と、少しずつ言葉を交わすようになっていた。
けれど。
先日、その子は急に別の拠点へ移された。
「才能があるから、特別な訓練を受けさせる」
そう聞かされた。
理由は、それだけだった。
ルチアは小さく息を吐き、道具を片付け始める。
――――――
幼い頃。
兄はいつも笑っていた。
『ルチア』
『また転んだのか』
泣いていた自分の頭を撫でてくれる。
優しい兄だった。
時々、顔や腕に傷を作って帰ってきた。
『仕事だからな』
そう笑っていた。
父の右目には大きな傷跡があった。
怖く感じるときもあった。
でも。
それが父だった。
母はいつも忙しそうだった。
料理をしながら。
洗濯をしながら。
笑っていた。
『ルチア』
『あなたは元気でいてね』
『それだけでいいから』
その言葉の意味を。
あの頃は理解できなかった。
兄も父も母も。
マフィアと関わる仕事をしていることは知っていた。
危険な仕事だということも。
でも。
それが普通だった。
それが家族だった。
ある日。
兄が仕事へ出た。
『行ってくる』
いつもの笑顔。
その背中を見送った。
――でも。
あの日だけ、少しだけ様子が違った気がする。
玄関で靴を履きながら、一瞬だけ振り返った兄の顔。
いつもの軽い笑顔とは、何かが違っていた。
寂しそうな。
それでいて、安堵したような。
うまく言葉にできない表情だった。
あれは、何だったのだろう。
何度考えても、答えは出なかった。
――帰ってこなかった。
しばらくして。
父と母も、仕事中の事故で亡くなったと聞かされた。
世界が止まった。
何も分からなかった。
泣き続けるしかなかった。
――――――
そんな時。
迎えに来てくれた人がいた。
サルヴァトーレだった。
大きな手が頭へ乗る。
『もう大丈夫だ』
『今日からは私がいる』
その手は温かかった。
泣き続けていたルチアは。
その時初めて安心して涙を流した。
今。
ルチアに帰る家はない。
家族もいない。
信じられる人も。
一人しかいない。
――――――
訓練場の入口。
サルヴァトーレが静かに立っていた。
「ボス」
ルチアは姿勢を正す。
サルヴァトーレは撃ち抜かれた的を見る。
「腕を上げたな」
その一言だけで、胸の奥が温かくなる。
友達がいなくなったことも、少しだけ気にならなくなる。
「ありがとうございます」
サルヴァトーレはゆっくり頷いた。
「もっと強くなれ」
その声は穏やかだった。
ルチアは真っ直ぐ頷く。
「はい」
サルヴァトーレは静かに続ける。
「お兄さんも」
「きっと喜ぶ」
ルチアは拳を握る。
強く。
強く。
「兄さんの仇を討ちます」
迷いはなかった。
サルヴァトーレは満足そうに微笑む。
「ああ」
「期待している」
ルチアも小さく笑う。
「はい」
今の自分があるのは。
ボスのおかげ。
家族を失った自分を。
救ってくれた人。
だから。
信じる。
兄を殺したのは。
レオン・ヴィンチェンティ。
ボスがそう聞かせてくれたのだから。
それが真実のはずだった。
ルチアは自分の左手首を、右手でそっと握った。
不安になった時、いつもそうする癖があった。
その手を強く握りしめ。
心の中の小さなざわめきを、静かに押し込めた。




