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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第二章 ディ・ネーロ・ファミリー

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第47話 最悪の出会い

イタリア最大手企業が主催する創立記念パーティー。


豪華なシャンデリアが輝き、着飾った人々がグラスを片手に談笑している。


政治家。


企業経営者。


各国の要人。


そして裏社会の人間まで。


表と裏が、一夜だけ同じ会場へ集まる特別な夜だった。


レオンは黒のスーツ姿でグラスを持ち、静かに周囲を見渡す。


その隣には郁。


少し離れた場所にノア、マルコ、ヴィクトル、ルカが自然な距離を保って立っていた。


それぞれ別々に動いているように見える。


だが、誰かが動けばすぐ援護できる位置だ。


それが幹部たちのいつもの立ち位置だった。


会場では、レオンへ挨拶に来る客が後を絶たなかった。


「レオン様、お久しぶりです」


華やかなドレスに身を包んだ令嬢が、頬を染めながら微笑みかける。


「今度、ぜひうちの晩餐会にも」


別の女性が、さりげなくレオンの腕へ触れた。


レオンはその一つひとつに、穏やかに、そつなく応じていく。


「ありがとう。考えておくよ」


社交辞令とも、本気とも取れない、絶妙な距離感。


女性たちは頬を赤らめながら、名残惜しそうに離れていく。


郁は少し離れた位置から、その光景を眺めていた。


(……人気者だ)


分かってはいたことだった。


若く、整った容姿で、大きな組織のボス。


こういう場で注目されるのは当然だ。


それでも。


胸の奥が、少しだけちくりとした。


(……何、今の)


自分でもよく分からない感覚に、郁は小さく首を振る。


「思ったより平和ですね」


気を紛らわせるように、郁は口を開いた。


レオンは微笑んだ。


「そういう日もあるよ。ただよく聞いてごらん」


郁は耳をすませると会場の隅。


数人の企業経営者がグラスを片手に小声で話していた。


「……また誘拐だ」


「今月だけで何件目だ?」


「警察も動いてるらしいが」


「犯人は分かってる」


一人が周囲を気にしながら声を落とす。


「ディ・ネーロ・ファミリーだ」


空気が重くなる。


「若い女は連れて行かれて、そのまま戻らない」


「男は強制労働」


「子どもまで狙われてるらしい」


「最近、街で薬が増えたのも」


「あそこだ」


「依存した人間を働かせて金にする」


「最低だ」


「逆らえば家族ごと消される」


誰もそれ以上は話さなかった。


話すことすら恐れている。


それほどの存在だった。


すると郁が小さく呟く。


「……そんな」


レオンは表情を変えない。


でも。


少しだけ拳を握る。


「だから」


「俺たちは変えないといけない」


郁がレオンを見る。


レオンは静かに続ける。


「昔のマフィアは」


「恐怖で支配してきた」


「でも」


「それじゃ未来はない」


「マフィアも変わらないといけない」


「人を守る組織にならなきゃ」


会食も終わりに近づく。


依頼された挨拶も済ませた。


「じゃあ帰ろうか」


レオンがそう言った、その時だった。


空気が変わる。


ざわついていた会場が、一瞬だけ静まり返った。


ヴィクトルが気付く。


「……ボス」


ノアも振り返る。


「来た」


入口から、一人の男が歩いてくる。


年は六十を過ぎているだろうか。


黒いスーツを隙なく着こなし、ゆっくりとした足取りで歩いてくる。


その後ろには数人の護衛。


そして、一人の少女。


ノアの表情がわずかに変わる。


マルコの笑みが消えた。


ヴィクトルは眼鏡の位置を直す。


ルカは視線だけを男へ向ける。


誰も動かない。


だが。


全員が自然と胸元へ手を添えていた。


拳銃が入っている場所。


ここで抜けば戦争になる。


だから抜かない。


それでも、いつでも動けるように。


レオンだけは表情を変えなかった。


男はゆっくり歩み寄る。


そして。


レオンの前で止まった。


灰色の瞳が細められる。


「レオン・ヴィンチェンティか」


レオンも穏やかに微笑んだ。


「こんばんは」


男も口元だけ笑う。


「こんばんは」


短い挨拶。


それだけなのに。


周囲の空気が張り詰める。


「パーティーは楽しめたか」


「ええ」


「あなたは?」


「悪くない」


ほんの数秒。


他愛もない会話。


しかし、その裏では互いの腹を探り合っている。


男は静かに笑った。


「レオン」


「噂以上だ」


レオンも笑みを崩さない。


「どうも」


その短い返事だけで十分だった。


互いに一歩も引かない。


目には見えない火花が散る。


サルヴァトーレの視線がゆっくり動く。


レオンの隣へ。


郁で止まった。


「……」


じっと見つめる。


郁も視線を逸らさない。


サルヴァトーレが口を開く。


「最近」


「いい働きをしているな」


郁は静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


サルヴァトーレは小さく笑う。


「その坊主」


一拍。


「欲しい」


その一言で。


幹部全員の空気が変わった。


マルコの指先に力が入る。


ノアの目が細くなる。


ルカは一歩だけ前へ出た。


ヴィクトルは郁をさりげなく庇う位置へ移動する。


レオンだけは微笑んだまま。


「断る」


一言だった。


それだけで十分だった。


サルヴァトーレは楽しそうに笑う。


「そうか」


そして。


今度は郁本人へ問いかける。


「どうだ」


「こちらへ来ないか」


郁は迷わず答えた。


「お断りします」


即答だった。


サルヴァトーレは肩を揺らして笑う。


「そうか」


「残念だ」


その時だった。


サルヴァトーレの後ろから、一人の少女が前へ出る。


十四歳ほど。


アッシュブラウンの髪。


泣きそうな、それでいて強い瞳。


少女はレオンたちを真っ直ぐ睨みつけた。


憎しみだけを宿した目。


「…………」


その顔を見た瞬間。


マルコが小さく息を呑む。


「……」


ヴィクトルも目を見開いた。


「まさか……」


ノアが低く呟く。


「ニコの……」


ルカが言葉を継ぐ。


「妹」


郁の胸が大きく脈打つ。


(生きてた……)


思わず一歩踏み出しかける。


胸の奥には、ずっと持ち歩いている一通の手紙。


ニコが命を懸けて託した手紙。


届けなくちゃ。


ずっとそう思っていた。


でも。


今、この場所では渡せない。


サルヴァトーレのすぐ隣にいる。


少女は郁を見ることもなく。


ただレオンだけを睨み続けていた。


サルヴァトーレは満足そうに微笑む。


「では」


「また会おう」


そう言い残し、踵を返す。


少女も一度だけ振り返った。


その瞳には、消えることのない憎しみだけが宿っていた。


レオンたちは、その背中を黙って見送る。


誰一人、口を開かなかった。


会場のざわめきが戻ってくる。


だが。


幹部たちの胸には同じ確信があった。


――戦いが始まる。


そして郁は、スーツの内ポケットへそっと手を当てる。


そこには今も、一通の手紙が入っていた。


まだ、渡せない。


その事実だけが、胸を締めつけていた。

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