第39話 家族の証
幹部になって二週間。
郁も少しずつ新しい仕事に慣れ始めていた。
朝はノアとの訓練。
昼は幹部会。
午後は部下たちの相談や書類仕事。
忙しい毎日だったが、不思議と嫌ではなかった。
今日もいつも通りの一日。
そう思っていた。
――――――
夕方。
仕事を終えた郁が書類を片付けていると、部屋の扉が開いた。
「郁」
ルカだった。
「はい?」
「行く」
「どこへですか?」
「いいから」
相変わらず説明は少ない。
郁は苦笑しながら立ち上がった。
「分かりました」
――――――
二人は車へ乗り込む。
走ること二十分。
見覚えのあるレストランの前で車が止まった。
「ここ……」
幹部就任祝いをした店だった。
「ルカさん?」
「入って」
郁は首を傾げながら扉を開ける。
その瞬間――
パンッ!!
クラッカーの音が一斉に響いた。
「郁!!」
「誕生日おめでとう!!」
色とりどりの紙吹雪が舞う。
部屋いっぱいの笑顔。
レオン。
ノア。
マルコ。
ヴィクトル。
そして幹部のみんな。
郁は目を丸くしたまま固まる。
「……」
「……」
しばらく動けなかった。
やがて。
少し照れくさそうに笑う。
「……ありがとうございます」
その笑顔を見たマルコが思わず笑った。
「今の顔」
「可愛いな」
郁はさらに照れる。
すると。
レオンが自然に頷いた。
「うん」
「可愛い」
「…………」
郁の顔が一気に真っ赤になる。
「かっ……」
「からかわないでください!」
マルコは机を叩いて笑う。
「ははは!」
「ボス!」
「追い打ちかけんな!」
レオンはきょとんとする。
「え?」
「本当のことだけど」
全員。
「…………」
ノアが静かにため息をつく。
「無自覚」
ヴィクトルは笑いを堪えて肩を震わせていた。
――――――
食事が始まる。
料理が運ばれ。
他愛のない話で盛り上がる。
マルコが騒ぎ。
ルカは相変わらず肉ばかり食べ。
ヴィクトルが呆れ。
ノアが静かに酒を飲む。
レオンはそんなみんなを見ながら笑っていた。
郁は思う。
(この時間……)
(好きだな)
――――――
食事も終わり。
部屋の照明が少し落とされる。
店員がケーキを運んできた。
「お誕生日おめでとうございます」
二十本のろうそくに火が灯る。
温かな拍手。
郁は少し恥ずかしそうに目を閉じる。
願い事を一つ。
静かに息を吹きかけた。
部屋が拍手に包まれる。
――――――
「はい」
レオンが小さな箱を郁へ差し出した。
「誕生日おめでとう」
「開けてみて」
郁は丁寧に包装紙を外す。
小さな黒い箱。
ゆっくり蓋を開く。
「……ピアス?」
中には銀色に輝く小さなピアスが入っていた。
レオンは頷く。
「うん」
「幹部全員」
「色違いでつけてる」
郁は驚いてみんなを見る。
確かに。
右耳には、それぞれ色違いの同じデザイン。
「これ……」
「私もですか?」
「もちろん」
郁は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「でも……」
「すみません」
「私」
「ピアス開いてなくて」
レオンはにこりと笑った。
「うん」
「だから」
「開けよう」
「……」
郁は固まる。
「……今ですか?」
「うん」
「今」
あまりにも自然に言う。
ヴィクトルがバッグから小さなケースを取り出した。
「一応」
「持ってきました」
郁はケースとレオンを交互に見る。
「えっと……」
「その……」
少し怖い。
でも。
みんなと同じものを身につけられる。
その嬉しさの方が大きかった。
郁は深呼吸をする。
そして。
ゆっくり頷いた。
「……開けます」
レオンは優しく笑う。
「偉い」
「じゃあ」
「少しだけ我慢ね」
ヴィクトルが消毒を済ませる。
レオンは郁の耳元で位置を確認した。
「ここでいい?」
「はい」
郁はぎゅっと目を閉じる。
手は膝の上でぎゅっと握り締められていた。
「いくよ」
バチン。
小さな音が部屋に響く。
「っ!」
郁は肩を震わせる。
恐る恐る目を開けた。
「……あれ?」
耳をそっと触る。
「思ったより……」
「あんまり痛くないんですね」
レオンが笑う。
「よかった」
ヴィクトルが鏡を差し出す。
「どうぞ」
郁は鏡を見る。
耳には小さく輝く銀色のピアス。
思わず笑みがこぼれた。
「……嬉しいです」
そっとピアスへ触れる。
「ありがとうございます」
レオンは優しく頷いた。
「今日から」
「本当に」
「幹部の仲間入りだ」
マルコがグラスを持ち上げる。
「いや!」
「今日からじゃねぇ!」
「今日で!」
「家族完成だ!」
「乾杯!!」
「乾杯!」
グラスが重なる。
笑い声が響く。
郁は耳元の小さなピアスへもう一度触れた。
それはただのアクセサリーではない。
この場所にいていい。
そう認めてもらえた証だった。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(ありがとう)
(みんな)
その夜。
郁は人生で一番幸せな誕生日を迎えた。




