第37話 教える立場
朝。
いつものように訓練場へ向かうと、今日は見慣れない顔が三人並んでいた。
まだ十代後半ほどの新人たち。
緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。
郁は首を傾げた。
「新人さんですか?」
ノアは頷く。
「ああ」
「今日から訓練開始」
郁も「よろしくお願いします」と頭を下げる。
すると、ノアが淡々と言った。
「郁」
「はい」
「今日はお前が教えろ」
「……え?」
郁は目を丸くした。
「わ、私ですか?」
「そうだ」
「でも私、まだ……」
「教えられる」
短い一言。
それだけだった。
郁は少し不安そうに新人たちを見る。
三人とも期待したような目でこちらを見ていた。
逃げられない。
郁は深呼吸を一つすると、小さく頷いた。
「……分かりました」
――――――
「じゃあまず」
「銃を持つ前に姿勢からやってみましょう」
三人はぎこちなく構える。
一人は肩に力が入りすぎている。
一人は足幅が狭い。
もう一人は呼吸が止まっていた。
郁は一人ずつ回る。
「肩の力を少し抜いてみてください」
「はい!」
「そうです」
「その方が動きやすいですよ」
次の新人へ。
「足は肩幅くらい」
「重心を少し前に」
「はい!」
最後の一人。
「緊張しますよね」
「……はい」
郁は優しく笑った。
「私も最初はそうでした」
「え?」
「何回もノアさんに怒られました」
新人たちが思わず笑う。
少しだけ空気が和らいだ。
「だから」
「最初からできる人なんていません」
「焦らなくて大丈夫です」
三人は安心したように頷いた。
――――――
一時間後。
射撃訓練。
パンッ。
パンッ。
思うように当たらない。
一人の新人が肩を落とした。
「向いてないのかも……」
郁は首を横に振る。
「そんなことありません」
「でも全然当たりません」
郁は少し考えてから、自分のノートを開いた。
使い込まれた一冊。
ページには細かな文字がびっしり並んでいる。
新人たちが驚く。
「これ……」
「全部書いてあるんですか?」
「はい」
郁は笑った。
「ノアさんに教わったことです」
ページを指差す。
『肩』
『重心』
『呼吸』
『引き金はゆっくり』
「私」
「全部忘れちゃうので」
「毎日書いてました」
新人たちは目を丸くする。
「すごい……」
郁は少し照れくさそうに笑う。
「すごくないですよ」
「私は才能があったわけじゃないので」
「だから」
「できるまで繰り返しただけです」
新人たちの表情が変わる。
もう諦めた顔ではない。
「もう一回やってみます!」
「はい!」
今度の弾は。
標的の外側へ当たった。
それでも。
「当たった!」
嬉しそうに笑う新人。
郁も一緒に笑った。
「その調子です!」
――――――
訓練が終わる頃には、三人とも汗だくだった。
「ありがとうございました!」
「またお願いします!」
三人は元気よく頭を下げて去っていく。
郁はほっと息を吐いた。
「ちゃんと教えられたかな……」
後ろから足音が聞こえる。
ノアだった。
「どうでしたか?」
ノアはしばらく黙って新人たちの背中を見送っていた。
「……」
そして、小さく口を開く。
「教え方」
郁は少し緊張する。
「……はい」
「俺より上手い」
「えっ?」
思わず聞き返す。
ノアは真顔だった。
「相手が何で困ってるか」
「よく見てる」
「教えるのも」
「無駄がない」
郁は慌てて首を振る。
「そんな!」
「全部」
「ノアさんのおかげです」
「私ができるようになったのは」
「ノアさんが教えてくれたからです」
ノアは少しだけ目を細めた。
「……そうか」
訓練場を後にする。
夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
しばらく歩いたあと。
ノアがぽつりと呟く。
「ちゃんと」
「覚えてたな」
郁は少し笑う。
「もちろんです」
胸元のポケットを軽く叩く。
「ノートに全部書いてありますから」
ノアはその仕草を見て、小さく笑った。
「……そうだったな」
その笑みはほんの一瞬だった。
けれど郁は気付いて、少しだけ嬉しくなる。
教わるだけだった日々は終わった。
今度は自分が、誰かに教えていく番なのだ。




