第34話 昇格
夕方。
屋敷のホールには百人近い部下たちが集まっていた。
ざわざわと話し声が響く。
「なんだ?」
「全員集合なんて珍しいな」
「ボスから話があるらしい」
やがて。
レオンがゆっくり前へ立つ。
隣には郁。
少しだけ緊張した表情だった。
ざわついていた会場が静まり返る。
レオンは全員を見渡す。
「今日は一つ」
「みんなへ報告がある」
一呼吸。
「今日から」
「郁を幹部へ迎える」
一瞬の静寂。
次の瞬間だった。
「おぉぉぉーーー!!」
大きな拍手がホールへ響く。
「やった!」
「やっぱり!」
「おめでとう!」
「納得だ!」
口々に祝福の声が飛ぶ。
レオンは少し笑う。
「ちなみに」
「幹部会では満場一致だった」
「反対した人は一人もいない」
マルコが笑う。
「そりゃそうだ」
「反対する理由がねぇ」
ヴィクトルも頷く。
「彼女なら適任です」
ルカも短く言う。
「……当然」
ノアは腕を組んだまま静かに頷いた。
レオンは郁を見る。
「一言お願い」
郁は少し緊張しながら一歩前へ出る。
深く頭を下げた。
「如月郁です」
「まだ未熟ですが」
「皆さんのお役に立てるよう、一生懸命頑張ります」
「よろしくお願いします」
一瞬。
静かになる。
そして。
「真面目か!」
マルコの大きな声が響いた。
会場が一気に笑いに包まれる。
「かたーい!」
「もっと気楽でいいって!」
郁は少し慌てる。
「えっ」
「えっと……」
「よろしくお願いします!」
もう一度頭を下げる。
さらに笑いが起こった。
レオンも肩を揺らして笑う。
「これからも」
「郁をよろしく」
「「「はい!!」」」
ホールいっぱいに声が響いた。
――――――
その夜。
今度は幹部だけの会議室。
レオンがグラスを持ち上げる。
「改めて」
「郁」
「幹部就任、おめでとう」
「これからも」
「一緒に頑張っていこう」
郁も照れながら頭を下げる。
「よろしくお願いします」
乾杯。
穏やかな空気が流れる。
その時だった。
レオンが思い出したように口を開く。
「あ」
「そうだ」
「郁」
「秘密にしてたこと」
「そろそろみんなに話そうか」
「?」
郁は首を傾げる。
マルコもルカもヴィクトルも不思議そうにレオンを見る。
「秘密?」
「何?」
郁は慌てて手を振る。
「い、いえ!」
「別に隠してたわけじゃないんです!」
「?」
三人そろって首を傾げる。
レオンは苦笑した。
「いや」
「隠してたでしょ」
「言うタイミングがなかっただけです!」
「……?」
マルコがルカを見る。
「何の話?」
ルカも小さく首を振る。
「知らない」
ヴィクトルまで困惑している。
レオンは肩をすくめた。
「実は」
「郁」
「女の子なんだ」
「…………」
沈黙。
三秒。
四秒。
五秒。
「……は?」
マルコが固まる。
「…………え?」
ヴィクトルが眼鏡を外す。
ルカは瞬きを二回。
「……女?」
郁は恥ずかしそうに頭を下げる。
「はい……」
「言う機会がなくて……」
マルコ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
屋敷中に響く声だった。
ルカ。
「…………」
「なるほど」
ヴィクトルは額に手を当てる。
「ボスも今まで知らなかったんですか……?」
レオンが苦笑する。
「俺も救護中に知った」
「ボスも!?」
マルコがさらに驚く。
「知らなかったの!?」
「うん」
「だから」
「申し訳ないことしたなって」
郁は慌てて首を振る。
「本当に気にしてません!」
「女の人が少なかったので!」
「そういうものかと……」
マルコは頭を抱えた。
「天然すぎるだろ……」
ノアだけは、さほど驚いた様子を見せなかった。
その落ち着いた様子に、マルコが真っ先に気付いた。
「……あれ」
「ノア、お前驚いてなくね?」
「気付いてたのかよ!」
ノアは少し間を置いてから答えた。
「線が細い」
「筋肉のつき方も、男とは違う」
「多少は、考えたことがある」
郁は目を丸くした。
「確証はなかったから、言わなかった」
その一言だけで、いつも通りの淡々とした調子だった。
マルコは呆れたように肩をすくめる。
「疑ってたなら言えよ」
「疑っていた、程度だ」
ノアは短く返し、それ以上は語らなかった。
ルカはぽつり。
「だから」
「腕細かったのか」
ヴィクトルはため息をつきながら微笑む。
「それでも」
「郁は郁ですね」
レオンも笑う。
「うん」
「何も変わらない」
マルコは大きく頷いた。
「そうだな!」
「男でも女でも!」
「郁は郁だ!」
ルカも静かに頷く。
「……同じ」
郁はみんなを見回した。
少しだけ目が潤む。
「ありがとうございます」
レオンは笑った。
「はい」
「これで秘密なし」
部屋には笑い声が広がった。
その時だった。
マルコが勢いよく立ち上がる。
「……あ」
「そうだ」
全員がマルコを見る。
「就任パーティーやんねぇと!」
レオンが思わず笑う。
「ああ」
「そうだった」
「いいね」
「やろっか」
「よっしゃ!」
マルコは拳を握る。
「店予約しとく!」
「美味い店知ってるんだよ!」
ヴィクトルが苦笑する。
「仕事は大丈夫なんですか?」
「はやめに終わらせる!」
「しっかり終わらせてください」
ルカがぽつり。
「肉」
「いっぱい」
「了解!」
マルコは親指を立てる。
「肉な!」
レオンは笑いながら言った。
「今回は」
「とりあえず幹部だけで」
「改めて歓迎会をしよう」
郁は驚いたように目を丸くする。
「私のためにですか?」
「もちろん」
レオンは穏やかに笑う。
「幹部になった最初の日だからね」
「ちゃんとお祝いしないと」
郁は少し照れくさそうに笑う。
「……ありがとうございます」
マルコはもう予定帳を広げている。
「明日空いてる!」
「いや、明後日か!」
「ルカ!」
「肉食える店でいいよな!」
ルカは真顔で頷く。
「……肉」
「ヴィクトル、お酒飲める?」
「飲めます」
「ボス!」
「予約人数、六人でいい?」
レオンは笑って頷いた。
「うん」
「頼んだよ」
「任せろ!」
マルコは意気揚々と部屋を飛び出していく。
その後ろ姿を見送りながら、全員が思わず笑った。
郁はそんな光景を見つめながら、小さく思う。
(また)
(新しい思い出が増える)
ニコがいなくなって。
たくさん泣いた。
たくさん迷った。
それでも。
この人たちとなら。
きっと前を向いて歩いていける。
郁は自然と笑みを浮かべた。
その笑顔を見たレオンも、静かに微笑んだ。
「じゃあ」
「幹部就任パーティー」
「楽しみにしてるよ」




