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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第一章 ヴィンチェンティ・ファミリー

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第30話 目覚め

規則正しい電子音だけが病室に響いていた。


白い天井。


薬品の匂い。


郁の指先が、かすかに動く。


ゆっくりと瞼を開いた。


眩しい光に目を細める。


「……」


ここは。


病院。


ぼんやりした視界の先に、一人の人影が見えた。


窓際の椅子。


書類へ目を通しているレオンだった。


ページをめくる音だけが静かに響く。


その時。


レオンがふと顔を上げる。


目が合った。


一瞬だけ驚いたあと、ふっと優しく笑う。


「……おはよう、郁」


その声は、いつも通り穏やかだった。


郁も小さく笑う。


「おはようございます……」


その瞬間。


記憶が一気に蘇る。


ニコの家。


狙撃。


銃声。


レオンへ飛び込んだこと。


「……!」


郁は慌てて身体を起こそうとした。


「痛っ……」


「無理しない」


レオンがそっと肩へ手を添える。


郁は傷口を押さえながら、ほっと息を吐いた。


「……無事でよかったです」


「ボス」


「巻き込んでしまって、すみません」


その言葉を聞いた瞬間だった。


レオンの眉間に、深く皺が寄る。


「……」


郁は目を瞬かせた。


レオンが怒っている。


初めて見る表情だった。


「こっちの台詞だけど」


静かな声。


でも、その奥に押し殺した感情があった。


「郁」


「君」


「俺を庇って撃たれたんだよ」


郁は黙る。


レオンは小さく息を吐いた。


「かなり心配した」


「助かったのは」


「俺の方」


「……」


病室が静まり返る。


レオンは郁を真っ直ぐ見つめた。


「前から思ってた」


「郁は笑うようになった」


「みんなとも話す」


「楽しそうにしてる」


「でも」


一拍置く。


「どこか距離を取ってるよね」


郁は何も言えない。


「自分の命より」


「俺たちの命を優先してる」


「違う?」


郁は少し困ったように笑った。


「……ボスを守るのは」


「普通じゃないんですか?」


レオンはゆっくり首を横に振る。


「ボスだから守る」


「それは間違ってない」


「でも」


「命は平等だよ」


郁は少し笑った。


「……ボスらしいですね」


レオンは笑わなかった。


「郁」


「命を軽く見ないで」


その一言は、とても重かった。


郁は目を伏せる。


「でも」


「私、一回死んでるんで」


ぽつりと漏らした言葉。


レオンはすぐに返す。


「それでもだよ」


迷いのない声だった。


「一回死んだから」


「二回目も軽くていい理由にはならない」


郁は言葉を失う。


レオンは小さくため息をついた。


「それと」


「隠し事、多すぎ」


「……?」


郁は首を傾げる。


レオンは少し呆れたように笑った。


「なんで」


「女だって言わなかったの」


「あ……」


郁は固まる。


「えっと……」


「言うタイミングがなくて」


「それだけです」


レオンは思わず額へ手を当てた。


「二人部屋に入れちゃったじゃん」


「しかも」


「シャワーも共同だったよね?」


「男ばっかりだったでしょ」


郁は真面目な顔で頷く。


「女の人が少ないので」


「そういうものなんだと思ってました」


一瞬の静寂。


レオンは思わず吹き出した。


「ははっ」


「それは違うよ」


二人とも少しだけ笑う。


病室の空気がようやく柔らかくなった。


レオンは椅子へ座り直す。


少しだけ遠くを見る。


「……反省だな」


「郁とは」


「もっと話さなきゃいけなかった」


郁は驚く。


「ボスがですか?」


「うん」


「君は何でも一人で抱え込む」


「だから」


「ちゃんと聞く」


「困ったこと」


「隠してること」


「嬉しかったことも」


「悲しかったことも」


「全部」


レオンは穏やかに笑った。


「これからは」


「もっと話そう」


郁はその笑顔を見つめる。


少しだけ目が潤んだ。


「……はい」


小さく頷く。


その返事は、今までで一番素直だった。

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