第28話 託された願い
昼食を終えた食堂。
部下たちが思い思いに食後のコーヒーを飲みながら談笑している。
その中で、郁は一通の封筒を大切そうに抱えていた。
何度も迷って。
ようやく席を立つ。
「ノアさん」
食器を片付けていたノアが振り返る。
「どうした」
郁は少し緊張した表情で封筒を差し出した。
「少し……行きたい場所があります」
ノアは封筒を受け取る。
表に書かれた文字を見る。
『家族へ』
そして、もう一枚。
郁がそっと差し出したニコの手紙。
ノアは静かに察した。
小さく息を吐き、額へ手を当てる。
「……危険だ」
その一言だった。
郁は俯く。
「分かっています」
「でも……」
顔を上げる。
まっすぐノアを見る。
「危なくても」
「私は届けたいんです」
ノアはしばらく郁を見つめていた。
やがて静かに尋ねる。
「場所は分かるのか」
郁は首を横へ振る。
「いいえ」
「だから」
「今から調べようと思っています」
その時だった。
「じゃあ手伝うよ」
突然、後ろから声がした。
「!」
振り返る。
そこにはマルコとルカが立っていた。
「マルコさん……」
「ルカ……」
マルコはにっと笑う。
「仲間の最後の頼みだろ?」
「一人でやらせるわけないじゃん」
ルカも小さく頷く。
「探そう」
「一緒に」
郁の目が少し潤む。
「……ありがとうございます」
ノアは小さくため息をついた。
「まずはボスだ」
「許可を取る」
――――――
レオンの執務室。
事情を聞き終えたレオンは、静かに椅子へ背を預けた。
長い沈黙。
「……」
誰も口を開かない。
やがてレオンは小さく息を吐いた。
「本音を言えば」
「許可はしたくない」
郁は静かに俯く。
「危険だから」
「ディ・ネーロの縄張りに近付くことになる」
レオンは封筒を見つめた。
「でも」
郁を見る。
「駄目と言っても」
「郁、一人で行こうとするでしょ」
「!」
郁は思わず目を逸らす。
図星だった。
レオンは苦笑する。
「やっぱり」
ノアも小さくため息をついた。
「まだまだだな」
郁は申し訳なさそうに笑う。
「……すみません」
レオンは立ち上がる。
「だから」
「ちゃんとみんなで行こう」
――――――
その日の午後。
情報室。
ルカは次々と監視カメラの映像を呼び出していた。
「ニコ」
「亡くなる前」
「ポケットに家族写真」
映像を止める。
拡大。
「これ」
郁が身を乗り出す。
確かに。
小さな写真が映っている。
ルカはすぐに解析を始める。
「敵組織周辺」
「防犯カメラ」
「全部確認する」
画面が切り替わる。
一時間後。
「……いた」
ルカが呟いた。
画面には、買い物袋を持つ女性と、小さな女の子。
そして片目に眼帯をした男性。
郁は息を呑む。
「ニコの……」
ルカは頷く。
「たぶん」
「でも」
地図を開く。
「ここから先は分からない」
「家までは追えない」
その時。
マルコが立ち上がった。
「じゃ」
「俺、行ってくる」
「え?」
郁が驚く。
マルコは帽子を被りながら笑った。
「ちょうどあの辺で情報集める予定あったんだ」
「ついでに聞き込みしてくる」
ルカを見る。
「写真だけ印刷しといて」
「了解」
プリンターが動き出す。
郁は何度も頭を下げた。
「皆さん……」
「本当にありがとうございます」
マルコは笑う。
「気にすんな」
「一人じゃ仲間じゃねぇだろ?」
――――――
三日後。
夕方。
マルコが勢いよく食堂へ入ってきた。
「分かったぞー!」
郁が立ち上がる。
「本当ですか!?」
マルコは紙を広げる。
「ここ」
「近所のおばちゃん強かったわ」
「全部教えてくれた」
ヴィクトルが苦笑する。
「あなたはそういう才能がありますね」
――――――
翌朝。
屋敷の前。
ノアが車へ乗り込む。
「行くぞ」
「はい」
郁も助手席へ乗り込もうとした、その時。
後部座席のドアが開いた。
「おはよう」
聞き慣れた穏やかな声。
「……ボス?」
レオンが当たり前のように乗り込んでいた。
郁は目を丸くする。
「どうして……」
レオンはにこりと笑う。
「俺も行くよ」
ノアはエンジンをかけながら小さく息を吐いた。
「危険はある」
「だが、一度言い出したら聞かない人だ」
レオンは悪びれもせず笑う。
「そういうこと」
郁は思わず吹き出した。
「ふふっ……」
ニコの事件以来。
久しぶりに自然と笑えた。
その笑顔を見て。
レオンとノアは、そっと顔を見合わせて微笑んだ。
車は静かに屋敷を後にした。
ニコの最後の願いを胸に乗せて。




