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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第一章 ヴィンチェンティ・ファミリー

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第27話 手紙

ニコが亡くなって三週間。


屋敷では部屋替えが行われ、郁は一人部屋になった。


荷物の整理をヴィクトルに相談すると、彼は静かに答えた。


「ニコの荷物は処分して構いません」


「必要な物だけ保管します」


郁はしばらく黙ったあと、小さく口を開いた。


「……私が片付けます」


ヴィクトルは少しだけ考え、静かに頷いた。


「お願いします」


一人になった部屋は、いやに静かだった。


ベッドと机。


置かれたままのマグカップ。


椅子に掛けられたニコのジャケット。


全部、あの日のまま残っていた。


郁は一つひとつ、丁寧に箱へ入れていく。


笑顔が浮かぶたび、涙がにじみそうになった。


そして最後、シーツをはがそうとマットレスを浮かせたところで。


一通の手紙を見つけた。


ニコの丁寧な字で、表にはこう書かれていた。


「郁へ」


――――――


郁へ。


まず最初に、ごめん。


俺はニコ・ロッシじゃない。


本当の名前も、生まれた場所も、家族のことも。


お前に話したことは、ほとんど嘘だ。


……ごめん。


でも。


一つだけ、本当のことがある。


ボスたちと過ごした半年は、全部本物だった。


マルコさんに笑われたことも。


ノアさんに怒られたことも。


お前と食堂でくだらない話をしたことも。


全部、本当に楽しかった。


だから苦しかった。


裏切るたびに、


「もうやめたい」


って何度も思ってた。


でも、俺がやめたら家族が死ぬ。


怖かった。


情けなかった。


最後まで何も変えられなかった。


郁。


このファミリーは、本当に温かいな。


初めて誰かが俺の名前を呼んで笑ってくれた。


失敗しても、やり直せるって教えてくれた。


「おかえり」


って言ってもらえる場所があることを知った。


だから俺は、毎日思ってた。


全部捨てて。


本当にニコ・ロッシとして生きられたらよかった。


潜入でもなく。


偽物でもなく。


最初から。


この家族の一員として。


それと、もう一つ。


郁が女の子だってこと。


最初から気付いてた。


安心しろ。


誰にも言ってないし、これからも誰も知ることはない。


だって郁は、


男とか女とかじゃなくて。


郁だから。


最後に、一つだけお願いがある。


家族への手紙を一緒に入れておく。


もし届けられそうなら、両親か妹へお願いしたい。


難しかったら無理しなくていい。


危険なら燃やしてくれて構わない。


ただ。


俺が死んだことだけでも伝えてもらえたら嬉しい。


あの人たちは、


きっと今も俺を待ってるから。


それと。


この場所を守ってほしい。


ここは、俺が人生で初めて


「帰りたい」


と思えた場所だから。


そして……。


あの日、食堂で言ったこと。


「ここで生まれたかったな」


あれは冗談じゃない。


心からそう思ってた。


半年しかいられなかったけど。


人生で一番幸せな半年だった。


ありがとう。


またな。


――ニコ・ロッシ


――――――


郁は手紙を最後まで読み終えた。


震える手で、そっと便箋を膝の上へ置く。


「……」


何も言えなかった。


頭の中が真っ白だった。


目に映る文字だけが、何度も何度も浮かんでは消える。


――全部、本当に楽しかった。


――ここで生まれたかったな。


――人生で一番幸せな半年だった。


――またな。


「……っ」


息が詰まる。


喉の奥が痛い。


胸が苦しい。


苦しくて。


痛くて。


どうしたらいいのか分からなかった。


「……ばか」


小さく呟く。


「そんなの……」


「一人で背負わなくてよかったじゃん……」


ぽたり。


便箋の上へ涙が落ちる。


一滴。


二滴。


次第に文字が滲んでいく。


郁は慌てて袖で涙を拭いた。


「だめ……」


「濡れちゃう……」


拭いても。


拭いても。


涙は止まらない。


視界が滲んで、文字が読めなくなる。


郁は震える手で便箋を胸へ抱き寄せた。


「なんで……」


「言ってくれなかったの……」


もし話してくれていたら。


違う未来があったかもしれない。


そう思ってしまう。


でも。


手紙を読んだから分かる。


ニコは話せなかった。


話したら。


家族が死んでしまうから。


「……っ」


嗚咽が漏れる。


肩が震える。


必死に声を殺そうとする。


けれど。


溢れてくる涙までは止められなかった。


「ごめんね……」


謝るのは、自分だった。


「気付くのが遅くて、ごめん……」


「助けられなくて、ごめん……」


手紙を抱きしめる力が強くなる。


「……ありがとう」


しゃくり上げながら、小さく笑う。


「友達になってくれて……」


その笑顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「ありがとう……」


部屋には、郁のすすり泣く声だけが静かに響いていた。


――――――


もう一通の封筒へ視線を落とした。


白い封筒。


表には、丁寧な字で一言だけ書かれている。


『家族へ』


郁はそっと手に取る。


開こうとして。


指先が止まった。


「……」


違う。


これは。


自分が読むものじゃない。


郁はゆっくりと封筒を胸へ抱き寄せた。


ニコの字を、そっと指でなぞる。


「最後まで……」


小さく笑う。


涙で滲んだ笑顔だった。


「お兄ちゃんだったんだね」


しばらく黙って封筒を見つめる。


きっと。


この中には。


お父さんや、お母さん。


妹さんへ向けた言葉が綴られている。


でも。


それは家族だけが読むべき手紙だ。


郁は首を横に振る。


「読まないよ」


優しく呟く。


「これは」


「ちゃんと届ける」


ニコの手紙に書かれていた言葉を思い出す。


――難しかったら無理しなくていい。


――危険なら燃やしてくれて構わない。


郁は封筒を大切そうに抱きしめた。


「無理はしない」


「危険なら、一人では行かない」


「ちゃんとボスにも相談する」


一度、空を見上げる。


涙を拭いて、小さく微笑んだ。


「でも」


「届けられる方法があるなら」


「私は諦めない」


封筒を胸へ抱いたまま、小さく頷く。


「約束する」


「ニコ」


「あなたの想い」


「ちゃんと家族へ届けるから」

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