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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第一章 ヴィンチェンティ・ファミリー

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第2話 拾われた少年?

郁が差し出された手を取ると、レオンは満足そうに笑った。


「それじゃあ、まずは荷物を確認させてもらうね」


穏やかな言い方だったが、拒否できる雰囲気ではなかった。


郁は背負っていた黒いリュックを下ろす。


「分かりました」


床に置いたリュックへ手を伸ばしかけると、すぐそばに立っていたノアが制した。


「自分で開けるな」


低い声に、郁の手が止まる。


「武器が入っている可能性がある」


「……すみません」


郁は素直に手を引いた。


ノアは郁から目を離さないまま、リュックを手に取る。ファスナーを開き、中身を一つずつ机の上へ並べていった。


医学書。講義で使っていたノート。筆箱。財布。イヤホン。飲みかけのペットボトル。


最後に、薄い板のようなものが姿を現す。


「これは?」


ノアが警戒した様子で尋ねた。


「スマートフォンです」


「すまーと……?」


金髪の青年が首を傾げる。


郁は少し迷ってから答えた。


「電話です」


「電話?」


「通話だけではなく、文字を送ったり、写真を撮ったり、調べ物をしたりできます」


「それ一つで?」


「はい」


金髪の青年が興味深そうに身を乗り出した。


「すげえな。使ってみてくれよ」


郁はノアの顔を見る。


ノアは一度レオンへ視線を向け、許可を確認してからスマートフォンを郁へ差し出した。


電源ボタンを押す。


画面はついた。


けれど、当然ながら通信を示す表示はない。


「……電波がありません」


「壊れてる?」


「いえ。使える通信設備が周囲にないんだと思います」


答えながら、郁は内心で確信を深めていた。


(電波がないだけじゃない)


目の前の男たちは、スマートフォンそのものを知らなかった。


イタリアは、日本と変わらない先進国のはずだ。まして、これだけの組織の人間が、誰一人この機械を見たことがないなんて。


(ここは……私の知っている世界じゃない)


白銀色の髪をした青年が、郁の手元をじっと見つめている。


「貸して」


短く告げられ、郁はスマートフォンを差し出した。


白銀髪の青年は細い指で画面へ触れる。


「文字が違う」


「日本語です」


「分解していい?」


「駄目です」


郁が即答すると、白銀髪の青年が初めて顔を上げた。


二人の視線がぶつかる。


「大切なものなので」


「……分かった」


名残惜しそうにしながらも、白銀髪の青年は素直にスマートフォンを返した。


金髪の青年が小さく笑う。


「ルカが一回で諦めた」


「壊したら情報が消える」


「そこじゃないだろ」


その隣で、眼鏡をかけた男は財布の中身を確認していた。


見覚えのない紙幣と硬貨を机の上へ並べる。


「これが日本の通貨ですか?」


「はい。円といいます」


「こちらでは使用できないでしょうね」


「……そうですよね」


分かっていたことだった。


それでも、財布の中にある金が何の価値も持たないと告げられると、郁は改めて自分が帰る場所を失ったのだと実感した。


眼鏡の男が財布の中から、一枚のカードを取り出す。


「これは?」


「学生証です」


カードには、大学名と郁の写真、そして名前が記されていた。


文字を読むことはできなくても、顔写真から本人の物だということは分かる。


レオンが眼鏡の男の手元を覗き込む。


「学生だったんだ」


「はい」


「何の勉強を?」


「医学です」


その答えに、幹部たちの空気がわずかに変わった。


「医者なのか?」


金髪の青年が尋ねる。


「まだ学生です。治療行為をできる資格はありません」


「でも、知識はある?」


レオンの問いに、郁は頷く。


「基礎的なことと、簡単な応急処置なら」


「へえ」


レオンの琥珀色の瞳に、興味が浮かんだ。


「それは役に立ちそうだね」


ノアは医学書を一冊手に取り、中を開く。


当然、そこに並ぶ文字は読めない。


「これも日本語か」


「はい」


「暗号ではないと証明できるか?」


「……難しいです」


郁は正直に答えた。


「こちらの言葉に訳すことはできますが、内容が正しいか判断できる人がいなければ、証明にはならないと思います」


ノアは郁を見た。


疑うような鋭い視線。


けれど、郁は目を逸らさなかった。


「嘘をつけば、ごまかせたと思うけど」


レオンが楽しそうに言う。


「その答えを選ぶんだね」


「証明できないものを、できるとは言えません」


「真面目だなあ」


金髪の青年が肩をすくめる。


「怪しいけど、少なくとも今の荷物に武器はなさそうだな」


「刃物も薬品もありません」


ノアが報告する。


眼鏡の男は学生証と財布を机へ戻した。


「身元を証明する物はありますが、こちらで確認する手段はありませんね」


「そうだね」


レオンは少し考えたあと、郁へ向き直った。


「この荷物は一度預からせてもらうよ」


「スマートフォンもですか?」


「それは返してあげて」


白銀髪の青年が不満そうにレオンを見る。


「調べたい」


「壊さない自信は?」


「ない」


「じゃあ駄目」


「……分かった」


白銀髪の青年はあっさり引き下がった。


レオンは郁へスマートフォンを差し出す。


「大事なんでしょ?」


「……ありがとうございます」


受け取ったスマートフォンを胸元へ寄せる。


今は何の役にも立たない。


それでも、日本とつながっていた唯一の物だった。


「残りの荷物は確認が終わったら返す」


ノアの言葉に、郁は頷いた。


「分かりました」


「じゃあ、改めて紹介するね」


レオンは郁の隣へ立ち、四人の幹部たちへ視線を向けた。


「俺がボスのレオン・ヴィンチェンティ」


そう言って、軽く肩をすくめる。


「見てのとおり、このファミリーには俺以外に四人の幹部がいる」


郁は小さく頷いた。


目の前に並ぶ四人は、誰一人として隙がない。


つい先ほどまで自分へ銃を向けていたこともあり、自然と背筋が伸びた。


「ひとまず、郁にはノアの下についてもらおうと思う」


レオンが大柄な黒髪の男を見る。


ノアは郁の前まで歩いてきた。


鋭い眼差し。無駄のない立ち姿。


一歩近づいただけで、周囲の空気が張り詰める。


「ノア・リナルディだ」


低い声が部屋へ響いた。


「ボスが生かすと決めた。だから、その決定には従う」


一度言葉を切り、郁をまっすぐ見据える。


「だが、お前を信用したわけではない」


「はい」


「ここに置かれる以上、役に立て」


「……分かりました」


郁は深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


(……強そうだ)


鍛えられた身体。鋭い視線。動きに一切の無駄がない。


(この人、多分、この組織で一番強い)


「その認識で合ってるよ」


「……え?」


郁が思わず顔を上げると、レオンが楽しそうに笑っていた。


「顔に書いてあった」


「そうですか……」


「ノアはファミリーで一番腕が立つ。分からないことがあれば、まずノアに聞いて」


ノアは何も言わず、腕を組んで郁を見つめている。


「次はヴィクトル」


レオンが眼鏡をかけた男へ視線を移した。


「財務と人事、契約関係を担当してる。俺の予定もほとんどヴィクトルが管理してるかな」


「管理しなければ、ボスは予定を増やし続けますから」


ヴィクトルは淡々と答えたあと、郁へ向き直った。


「ヴィクトル・モレッティです」


穏やかな笑顔。丁寧な口調。


一見しただけでは、裏社会の人間には見えない。


「ボスがお決めになったことです。ですから、私もあなたを受け入れます」


その言葉に、郁はわずかに肩の力を抜いた。


「ただし」


ヴィクトルは笑顔のまま続ける。


「このファミリーを裏切った場合、容赦はいたしません」


笑顔が一切変わらない。


だからこそ、余計に怖かった。


「……よろしくお願いします」


(この人が、一番怖いかもしれない)


郁は心の中だけでそう呟いた。


「次、マルコ」


「やっと俺の番か!」


金髪の青年が、軽い足取りで郁の前までやってくる。


「情報収集と交渉担当。顔が広くて、口がうまい」


「褒めてる?」


「もちろん」


レオンが笑うと、マルコも楽しそうに笑った。


「マルコ・ヴェルディ。よろしくな!」


「如月郁です。よろしくお願いします」


マルコは郁の顔をじっと見つめた。


「お前さ」


「はい」


「ずいぶん綺麗な顔してるよな」


「……ありがとうございます」


「美男子ってやつ?」


「……」


どう答えればいいのか分からず、郁は黙った。


マルコはさらに郁の顔を覗き込む。


「日本ではモテただろ?」


「普通です」


即答だった。


一瞬、室内が静まり返る。


そしてマルコが吹き出した。


「自覚ないのかよ!」


レオンまで小さく笑っている。


(……陽気な人だ)


先ほどまで銃を向けられていたとは思えない距離の詰め方に、郁は少しだけ圧倒された。


「最後はルカ」


レオンが白銀色の髪をした青年へ顔を向ける。


「情報解析と技術関係。機械については、俺たちの中で一番詳しい」


ルカは端末から一瞬だけ顔を上げた。


「ルカ・フェラーリ」


短く名乗る。


「よろしく」


「よろしくお願いします」


「スマートフォン、あとで見せて」


「壊さないなら」


「努力する」


「努力では困ります」


郁が真顔で返すと、マルコがまた笑い出した。


ルカは少し考えたあと、小さく頷く。


「分かった」


そして、何事もなかったかのように画面へ視線を戻した。


(あまり話さない人なんだ)


郁は四人を順番に見回す。


ノア。ヴィクトル。マルコ。ルカ。


(本当に、全員違う)


レオンが満足そうに頷いた。


「紹介はこんなところかな。とりあえず、幹部の名前だけは覚えておいて」


「はい」


「それと、急で悪いんだけど」


レオンは少し申し訳なさそうな顔をした。


「部屋はしばらく二人部屋でも大丈夫?」


「はい。置いていただけるだけで十分です」


「よかった。助かる」


レオンがそう言った瞬間、ノアがわずかに眉を動かした。


「じゃあ、部屋まで案内しようか」


レオンが言うと、幹部四人の視線が一斉に集まった。


「……ボス」


マルコが笑いながら口を開く。


「ボス御自身が案内するんですか?」


「俺でもいいけど」


レオンは少し考えると、マルコへ視線を向けた。


「マルコ、こういうの得意でしょ?」


「こういうのって何だよ」


「新入りの案内」


「まあ、得意だけど」


「お願いしていい?」


「もちろん!」


マルコは親指を立てた。


「任せろ、ボス!」


「助かる」


レオンは自然にそう返した。


そのやり取りから、二人の普段の関係が伝わってくる。


「じゃあ行こうぜ、郁」


マルコが扉を開ける。


「広いから迷子になるなよ」


「気を付けます」


郁はレオンへ一礼し、マルコのあとについて執務室を出た。


重厚な扉が、静かに閉まる。


――――――


執務室には、レオンと三人の幹部だけが残された。


短い沈黙のあと、最初に口を開いたのはヴィクトルだった。


「本当によろしかったのですか?」


レオンは窓の外へ目を向ける。


夕日が街を赤く染めていた。


「何が?」


「郁です」


「勘だけで、生かすことをお決めになったのですか?」


レオンは少しだけ考える。


「……いや」


三人の視線が集まる。


「あの目かな」


「目?」


ノアが尋ねた。


「死ぬ覚悟はしてた」


銃を向けられても、郁は取り乱さなかった。


処分という言葉の意味を理解しても、命乞いをしなかった。


「でも、生きることは諦めてなかった」


恐怖を押し殺しながら、まっすぐこちらを見返していた。


わずかな可能性にも、手を伸ばそうとしていた。


「ああいう目をする人は、嫌いじゃない」


部屋が静かになる。


ノアは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。


「……なるほど」


ヴィクトルはわずかに微笑む。


「それも勘ですか?」


レオンは悪戯っぽく笑った。


「そういうことにしておこう」


ノアは何も答えず、窓の外へ視線を向けた。


ルカだけは端末を操作し続けている。


「それより」


ヴィクトルが机の上へ残された学生証を見る。


「二人部屋で本当によろしいのですか?」


「空いている部屋、そこしかないでしょ?」


「そうですが……」


郁が本当に危険な存在ではないとは言い切れず、ヴィクトルは言葉を濁した。


レオンが不思議そうに首を傾げた。


「男同士なら、問題ないんじゃない?」


誰も異論を挟まなかった。


写真に写っているのは、短い髪に中性的な顔立ちの郁。


名前だけでは、性別までは判断できない。


白いパーカーに細身の黒いパンツという服装も相まって、彼らは誰一人として疑っていなかった。


如月郁が、少年だと。


その時、廊下からマルコの大きな声が聞こえてきた。


「おーい、郁!」


「そっちじゃない! 逆だ!」


「すみません!」


慌てて戻ってくる足音に、レオンは自然と笑みをこぼす。


「……賑やかになりそうだね」


その声には、わずかな楽しさが混じっていた。

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