第15話 優しい人たち
その日の夜。
部屋へ戻ると、ニコがベッドへ寝転がっていた。
「お!」
「帰ってきた!」
「初任務どうだった?」
郁は苦笑する。
「大変だった」
「車で撃たれた」
「えっ!?」
ニコが飛び起きる。
「マジか!」
「で?」
「撃ったの?」
「……うん」
「タイヤを」
ニコは目を丸くした。
「当てたの!?」
「すげぇじゃん!」
「初実戦で!?」
郁は照れくさそうに笑う。
「マルコさんが教えてくれたから」
「いやいや!」
「それでも普通当たらねぇって!」
ニコは嬉しそうに笑った。
少ししてから、ふと思い出したように口を開く。
「安心しろよ」
「うちって、映画みたいなマフィアじゃないから」
「え?」
「もちろん危ない仕事はあるけど」
「普段は交渉とか護衛とか、そういう仕事の方が多い」
「だから、人を撃つような任務ばっかりじゃないよ」
郁はほっとしたように息をついた。
「そうなんだ」
「よかった」
その様子を見て、ニコも笑う。
「人なんて」
「撃たないで済むなら、その方がいい」
郁は少し黙る。
「……ニコは」
「人を撃ったことある?」
部屋が静かになった。
ニコは少しだけ視線を落とす。
「あるよ」
その一言だけだった。
郁は何も言えない。
ニコは小さく笑った。
「気持ちいいもんじゃない」
「できれば、もう撃ちたくない」
「でも」
「仲間を守るためなら撃つ」
「それだけ」
郁は静かに頷く。
「……そっか」
ニコは空気を変えるように笑った。
「だからさ!」
「郁には、なるべくそんな経験してほしくないな」
「……うん」
郁は笑った。
でも、その笑顔は少しだけぎこちなかった。
ベッドへ横になる。
天井を見つめる。
(いつか……)
(私も人を撃つ日が来るのかな)
昼間、一発で撃ち抜いたタイヤが頭に浮かぶ。
あれが人だったら。
そう考えた瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
まだ、その答えは分からない。
しばらくして、郁はそっとベッドを抜け出した。
机のノートを開く。
今日の分を書き込んでいく。
――尾行は、同じ車が三回続いたら疑う。
――走行中の射撃は、風と速度と距離。
――撃つ前に、呼吸を整える時間を作る。
技術のことは、すらすらと書けた。
その最後で、ペンが止まる。
(あれが、人だったら)
書こうとして、やめた。
まだ、それを書ける言葉を持っていない。
郁は静かにノートを閉じ、ベッドへ戻った。
隣からは、ニコの穏やかな寝息が聞こえている。
(この人たちは優しい)
(だからこそ)
(その優しい人たちが、人を撃たなければならない世界なんだ)
郁は目を閉じた。
答えの出ない問いを、胸の奥へしまいながら。




