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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第一章 ヴィンチェンティ・ファミリー

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第12話 自主訓練

ある夜のこと。


夕食を終え、部下たちはそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。


「いやー、食った食った!」


ニコはお腹をさすりながら大きく伸びをする。


「郁!」


「風呂行こうぜ!」


郁はタオルを肩に掛けながら、小さく首を横に振った。


「ごめん」


「少し自主練してくる」


ニコは目を丸くする。


「え?」


「今日も?」


郁は照れくさそうに笑った。


「まだ全然足りないから」


「皆さんに追いつきたいし」


ニコは呆れたように笑う。


「真面目すぎるだろ……」


「ほどほどにしろよ?」


「うん」


郁は笑って手を振ると、一人訓練場へ向かった。


夜の訓練場は昼間とは違い、人影はほとんどない。


ここへ来て間もない頃は、勝手に使うことなど許されなかった場所だ。


けれど、ひと月の積み重ねを認められて、今は自由な出入りをノアから許されている。


射撃場も同じだった。


「俺か担当者がいる時だけ使え」――最初にそう言われた場所も、今は決められた弾数だけという条件付きで、一人での使用を認められていた。


その信頼を、裏切りたくない。


郁は軽く準備運動をすると、走り始めた。


屋敷の外周を数周。


息が整うと、今度は体術の復習を始める。


ノアに教わった踏み込み。


重心。


相手との距離。


一つ一つ思い出しながら身体を動かす。


「違う……」


小さく呟き、もう一度。


納得がいくまで繰り返す。


やがて地下の射撃場へ移動すると、今度は銃を構えた。


ゆっくりと呼吸を整え、狙いを定める。


パン。


パン。


乾いた銃声が、防音壁に囲まれた射撃場に響く。


決められた弾数を撃ち終えると、銃を丁寧に片付け、地上へ戻った。


夜風が、火照った身体に心地いい。


郁は訓練場の隅のベンチへ座り、小さなノートを取り出した。


今日教わったことを書き込んでいく。


――肩に力を入れすぎない。


――重心は前すぎない。


――踏み込みは一歩目が大切。


――呼吸を止めない。


細かく書き終えたその時。


「郁」


聞き慣れた低い声が響く。


郁は驚いて振り返った。


「!」


「ノアさん」


ノアはゆっくり歩み寄る。


「何してる」


郁はノートを閉じながら立ち上がった。


「今日教わったことを忘れないうちに復習を」


ノアは黙ったまま郁の手元を見る。


「……」


「見てもいいか?」


「はい」


郁は少し恥ずかしそうにノートを差し出した。


ノアはページをめくる。


そこには今日の訓練内容が細かくまとめられていた。


肩。


重心。


踏み込み。


呼吸。


自分が注意したことが、一つも漏れることなく書かれている。


(全部覚えているのか)


ノアは静かにノートを閉じた。


「毎日やってるのか」


「はい」


郁は頷く。


「忘れたくないので」


その言葉に、ノアはほんの少しだけ口元を緩めた。


「そうか」


郁は再び構えを取る。


「見ていただいてもいいですか?」


「ああ」


郁はゆっくりと構える。


ノアは腕を組み、その姿を見つめた。


「……肘」


郁がぴくりと反応する。


「少し下げろ」


「はい」


言われた通りに修正する。


「そう」


「今の方がいい」


郁の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


その笑顔を見て、ノアは心の中で静かに思う。


(教えた分だけ吸収する)


(だから伸びる)


少し間を置き、ノアは言った。


「今日はここまでだ」


「はい」


郁は素直に返事をする。


ノアは夜空を見上げ、小さく息を吐いた。


「頑張ることは悪くない」


郁は黙って耳を傾ける。


「だが」


「無理をすると、いずれ身体がついてこなくなる」


郁は少し驚いたようにノアを見る。


ノアは真っ直ぐ郁を見つめた。


「頑張りすぎるな」


その一言に、郁は少し目を丸くする。


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


「……はい」


自然と笑みがこぼれる。


「今日はもう休め」


「明日も訓練だ」


「はい!」


郁は元気よく返事をすると、ノートを胸に抱え、訓練場を後にした。


――――――


屋敷へ戻る途中。


ふと足が止まる。


廊下の先には、小さな灯りが漏れている部屋があった。


図書室。


郁は少しだけ表情を和らげる。


「少しだけ……」


誰に言うでもなく呟き、静かに扉を開けた。


一方その頃。


執務室で書類を読み終えたレオンは、大きく伸びをした。


「ふぅ」


窓の外はすっかり夜だ。


部屋を出て廊下を歩く。


すると、図書室の扉が静かに閉まる音が聞こえた。


視線を向けると、見慣れた後ろ姿が本棚の奥へ消えていく。


「……」


レオンは小さく笑った。


「またいる」


本当に本が好きなんだな。


そう思っただけだった。


声は掛けない。


邪魔をするのも違う気がした。


レオンはそのまま足を止めることなく、自室へと戻っていく。


静かな図書室。


郁は一冊の本を手に取り、ゆっくりとページをめくった。


紙の匂いに包まれると、不思議と心が落ち着く。


今日もまた、少しだけ本を読んでから眠ろう。


そう思いながら、郁は静かな夜を過ごした。

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