第12話 自主訓練
ある夜のこと。
夕食を終え、部下たちはそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
「いやー、食った食った!」
ニコはお腹をさすりながら大きく伸びをする。
「郁!」
「風呂行こうぜ!」
郁はタオルを肩に掛けながら、小さく首を横に振った。
「ごめん」
「少し自主練してくる」
ニコは目を丸くする。
「え?」
「今日も?」
郁は照れくさそうに笑った。
「まだ全然足りないから」
「皆さんに追いつきたいし」
ニコは呆れたように笑う。
「真面目すぎるだろ……」
「ほどほどにしろよ?」
「うん」
郁は笑って手を振ると、一人訓練場へ向かった。
夜の訓練場は昼間とは違い、人影はほとんどない。
ここへ来て間もない頃は、勝手に使うことなど許されなかった場所だ。
けれど、ひと月の積み重ねを認められて、今は自由な出入りをノアから許されている。
射撃場も同じだった。
「俺か担当者がいる時だけ使え」――最初にそう言われた場所も、今は決められた弾数だけという条件付きで、一人での使用を認められていた。
その信頼を、裏切りたくない。
郁は軽く準備運動をすると、走り始めた。
屋敷の外周を数周。
息が整うと、今度は体術の復習を始める。
ノアに教わった踏み込み。
重心。
相手との距離。
一つ一つ思い出しながら身体を動かす。
「違う……」
小さく呟き、もう一度。
納得がいくまで繰り返す。
やがて地下の射撃場へ移動すると、今度は銃を構えた。
ゆっくりと呼吸を整え、狙いを定める。
パン。
パン。
乾いた銃声が、防音壁に囲まれた射撃場に響く。
決められた弾数を撃ち終えると、銃を丁寧に片付け、地上へ戻った。
夜風が、火照った身体に心地いい。
郁は訓練場の隅のベンチへ座り、小さなノートを取り出した。
今日教わったことを書き込んでいく。
――肩に力を入れすぎない。
――重心は前すぎない。
――踏み込みは一歩目が大切。
――呼吸を止めない。
細かく書き終えたその時。
「郁」
聞き慣れた低い声が響く。
郁は驚いて振り返った。
「!」
「ノアさん」
ノアはゆっくり歩み寄る。
「何してる」
郁はノートを閉じながら立ち上がった。
「今日教わったことを忘れないうちに復習を」
ノアは黙ったまま郁の手元を見る。
「……」
「見てもいいか?」
「はい」
郁は少し恥ずかしそうにノートを差し出した。
ノアはページをめくる。
そこには今日の訓練内容が細かくまとめられていた。
肩。
重心。
踏み込み。
呼吸。
自分が注意したことが、一つも漏れることなく書かれている。
(全部覚えているのか)
ノアは静かにノートを閉じた。
「毎日やってるのか」
「はい」
郁は頷く。
「忘れたくないので」
その言葉に、ノアはほんの少しだけ口元を緩めた。
「そうか」
郁は再び構えを取る。
「見ていただいてもいいですか?」
「ああ」
郁はゆっくりと構える。
ノアは腕を組み、その姿を見つめた。
「……肘」
郁がぴくりと反応する。
「少し下げろ」
「はい」
言われた通りに修正する。
「そう」
「今の方がいい」
郁の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
その笑顔を見て、ノアは心の中で静かに思う。
(教えた分だけ吸収する)
(だから伸びる)
少し間を置き、ノアは言った。
「今日はここまでだ」
「はい」
郁は素直に返事をする。
ノアは夜空を見上げ、小さく息を吐いた。
「頑張ることは悪くない」
郁は黙って耳を傾ける。
「だが」
「無理をすると、いずれ身体がついてこなくなる」
郁は少し驚いたようにノアを見る。
ノアは真っ直ぐ郁を見つめた。
「頑張りすぎるな」
その一言に、郁は少し目を丸くする。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……はい」
自然と笑みがこぼれる。
「今日はもう休め」
「明日も訓練だ」
「はい!」
郁は元気よく返事をすると、ノートを胸に抱え、訓練場を後にした。
――――――
屋敷へ戻る途中。
ふと足が止まる。
廊下の先には、小さな灯りが漏れている部屋があった。
図書室。
郁は少しだけ表情を和らげる。
「少しだけ……」
誰に言うでもなく呟き、静かに扉を開けた。
一方その頃。
執務室で書類を読み終えたレオンは、大きく伸びをした。
「ふぅ」
窓の外はすっかり夜だ。
部屋を出て廊下を歩く。
すると、図書室の扉が静かに閉まる音が聞こえた。
視線を向けると、見慣れた後ろ姿が本棚の奥へ消えていく。
「……」
レオンは小さく笑った。
「またいる」
本当に本が好きなんだな。
そう思っただけだった。
声は掛けない。
邪魔をするのも違う気がした。
レオンはそのまま足を止めることなく、自室へと戻っていく。
静かな図書室。
郁は一冊の本を手に取り、ゆっくりとページをめくった。
紙の匂いに包まれると、不思議と心が落ち着く。
今日もまた、少しだけ本を読んでから眠ろう。
そう思いながら、郁は静かな夜を過ごした。




