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みんな生きてる!俺だって生きてる!(※だけど友達はいません)




 爆発音の正体がクソ婆さんの足踏みだと知ったあの日から、俺はしばらく同じ毎日を繰り返していた。


 朝早く起きて、井戸から水を汲み、運び、メシ食って、薪割る……カユ、ウマ……。


 じゃなくて。ゾンビ化の進行記録じゃあるまいし、俺がやっているのは単なる「この世界の生活に慣れるためのルーティン」だ。


 相変わらず一日置きくらいには、裏手から『ドンドン!』と婆さんの「軽い運動」という名の重低音(大砲の着弾音)が鳴り響いていたが、それすら日常のBGMになりつつあった。


 そんな、ある日のこと。


 いつものようにウサイ・カダイ(いただきます)の祈りを終え、食事のために集まった広間でのことだった。


 上座に座る婆さんが、おもむろに俺をギロリと睨みつけ、低く冷たい声を放った。


 「……穀潰し。あんた、いつまでここにいるつもりだい」


 喉に雑炊を詰まらせそうになりながら、俺は慌てて言い返した。


 「半年はここに居ていいって話じゃなかったのかよ!?」


 「だからって、いつまでも次の仕事も探さず、メシだけは一丁前に食う奴をのうのうと置いとく謂れはないね」


 「いや、働いてますが!? 水汲みに薪割りを! 毎日毎日、全身バッキバキの筋肉痛になりながらも、きっちりやってますがね!?」


 俺は自分のプルプルと震える腕を突き出して抗議した。


 「こちとら筋肉痛が酷すぎて、外に出歩くことすら出来ねぇんだよ!」


 しかし、婆さんは鼻でフンと笑い、一瞥する。


 「知ったこっちゃないよ。それにね、そんなのは『仕事』とは言わないんだよ。あんたがここで間借りして飯を食ってる以上、やって当然の雑用さ。……まあ、それすらもまともに出来ちゃいないがね」


 ぐぅの音も出ねぇ。


 いやダメだ、ここで引き下がったら追い出される、何かしら反論しなくては……。


 ──なにも出てこねぇよ。


 俺の脳内検索エンジンは、あまりのド正論に完全フリーズを起こしていた。


 俺にこれ以上の反論の余地がないと分かると、婆さんはやれやれと深いおため息を吐いて、膳を下げた。


 「穀潰し。後で裏手に来な」


 「……裏手の、何処よ」


 「あたしが運動をしてるところだよ。いいね。わかったかい」


 「……了解しました」


 いつの間にやら完全に主導権を握られ、俺は借りてきた猫のように大人しく返事をするしかなかった。


 なんだろう、あの呼び出しは。いよいよ「今すぐ出て行け」っていう最終宣告(クビ通告)だろうか?


 それならこの容赦ないクソ婆さんなら、わざわざ裏手に呼び出さずにこの場で言いそうなもんだけど……。


 俺は残りの質素な雑炊を胃袋に流し込みながら、これから待ち受けるであろう婆さんの用件に、すっかり気を重くしていた。


 飯を食い終えた俺は、婆さんに言われた通り、どんよりとした気分のまま救護院の裏手へとやってきた。


 もちろん、指示されていた薪割りなんぞは1本たりともやっていない。


 もしあのクソ婆さんの用件が「今すぐここから出て行きな」という冷酷なクビ宣告だった場合、今から真面目に薪割りなんてやっていたら、ただの働き損になってしまう。自分の労働力を無駄遣いしないためのリスクヘッジ。これぞ十年間培ったニートの防衛本能である。


 「来たぞ婆さん。何のよう、だ……」


 茂みを掻き分けていつもの広場に足を踏み入れた瞬間、俺の言葉が不自然に凍りついた。


 広場の中央で俺を待ち構えていた婆さんは──なんと、あの「軽い運動」をしている時と全く同じ、動きやすそうな、あの戦闘モードの道着姿だったのだ。


 (……や、殺られるッ!?)


 脳内で警報がけたたましく鳴り響く。


 まさか「働かない穀潰しは我が救護院の予算の無駄」ということで、法的な手続きを踏む前に、この裏手で物理的に始末しちまおうっていう腹か!?


 あの時目撃した、大地を割るような凄まじい正拳突きが、今度は俺の顔面に飛んでくるイメージがフラッシュバックする。死ぬ、マジで死ぬ!


 「まて! 早まるな婆さん! みんな生きてる! 俺だって生きてる! だから友達なんだ、友人なんていねぇよ!! ネット民だけだわ!!」


 全力の命乞い。しかし、極限状態のパニックのせいで、元の世界のアニメのセリフと自分のあまりにも悲しい交友関係の真実がごちゃ混ぜになり、最悪の叫びとなって口から飛び出していた。


 「…………あんた、一体なに訳のわからないこと言ってんだい」


 大絶叫する俺を前にして、婆さんは拳を構えるでもなく、ただただ心底から呆れ果てたような顔で、深いため息を吐いたのだった。


「……いや、俺殺されるのかなって」

 

 恐る恐る告げた俺に、婆さんは理解不能だと言いたげに首を横に振っていた。

 

 「……どう言う思考回路をしてたら、そんな物騒な話に行き着くんだい?」


 あきれ顔のまま、婆さんはふっと視線を落とし、どこか訳知り顔で独りごとのように呟いた。


 「……まあ、その妙ちきりんな脳みそと感覚をしているからこそ、あの『才能』があるのかもね」


 「才能?誰に?俺に?なるほど……ボケたか?」


 「ボケちゃいないよ! ……ハァ、あんたと会話してると、どうしてこう妙な疲れが出てくるのかねぇ」


 知らんがな。婆さんが勝手に疲れてるだけじゃねぇか。


 そんな俺の内心を察したのか、婆さんは大きく一つ足を踏み鳴らし、姿勢を正した。


 「とにかく本題だ。あんた、今のあたしを見てどう思う?」


 どう思う、と聞かれても困る。動きやすい服。ガチすぎる正拳突き。それらを踏まえて、俺は三十五歳独身としての、精一杯の誠実な回答をひねり出した。


 「すみません。好みのタイプではありません。たとえ六十歳くらい若くなろうとも、性格的にちょっとお断り案件です」


 「ぶっ殺すよ! あんた!」


 地雷を真上から踏み抜いた。


 その瞬間、婆さんの全身から、言葉通り『殺気』としか形容できない、おぞましい何かが爆発した。


 「……ひぃぃっ……!?」


 喉の奥から情けない悲鳴が引き攣って漏れる。


 だが、おかしい。俺の感覚が恐怖でバグってしまったのだろうか。


 視覚的には、婆さんの周りの空気が陽炎のように揺らぎ、熱せられた高圧の蒸気を全身に浴びせられているかのような『熱気』を感じているはずだった。なのに、その直後、今度は鳥肌が立つようなとてつもない『寒気』が、容赦なく俺の肉体と精神を支配していくのだ。


 熱いのに、凍えるように寒い。脳の処理が追いつかない。


 「なん……だ、これ……!?」


 立っていられなかった。視界がぐにゃりと歪み、急速に光を失っていく。


 急激なプレッシャーに耐えかねた俺の意識は、ここで完全にブラックアウトした。


 地面に倒れ伏し、意識の灯火が消えるまさにその瞬間──。


 「あ、いかん。やりすぎちまったよ」


 どこか遠くで、婆さんが焦ったような声を吐いていた気がしたが、それを確かめる術はもうなかった。













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