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人間兵器の日課は、あまりにも重かった





 最初は様子を見るように緩慢だった足取りが、徐々に小走りになり、やがては風を切るように全力で音の鳴る地点へと行き急いでいた。


 ズゥゥン……ッ! ズゥゥン……ッ!


 近づくにつれ、規則正しく響き渡る重低音。


 それはまるで、俺の心臓を直接ぶち鳴らすドラムのようであり、あるいは大砲の砲撃のようでもあった。何が起きている? 誰かが襲撃でもされているのか?


 息を切らしながら茂みを飛び出す。


 「……ここか。いったい何が……って、えぇ?」


 そこは、救護院の裏手にある小さな広場の一角だった。


 緊迫した表情で俺が視線を向けた先にいたのは、想定していた魔物でも不審者でもなく──この救護院の院長である、あのクソ婆さんだった。


 婆さんは先ほどまで着ていた厳かな法衣を脱ぎ捨て、動きやすそうな小汚い道着のような服へと着替えている。


 俺の視線に気づく風もなく、婆さんは片方の膝を胸の高さまで高く跳ね上げ、見事なバランス感覚で片足立ちになった。


 一度、深く、長く、肺の空気をすべて吐き出すように呼吸をする。


 「フゥゥゥゥ……ッ」


 一瞬の静寂。次の瞬間、世界が爆発した。


 「──ハッ!!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に、上げていた足が爆音を伴って大地へと踏み下ろされる。


 『ドカァァァンッ!!』


 凄まじい衝撃波が、文字通り地面を揺らした。同時に、腰の引き手から目にも留まらぬ速さで突き出された拳が、前方の空間を鋭く穿つ。空気が悲鳴をあげるような風切り音が、遅れて俺の鼓膜に達した。


 「……あの踏み込みの音かよ」


 呆然と立ち尽くしながら、冷や汗が背中を伝うのを感じる。


 爆発音の正体は、ただの「ババアの足踏み」だった。どんな脚力をしてやがるんだ。あまりのとてつもない威力と、文字通りの『人間兵器でも見てる気分だった』な光景に、俺はただただ恐れおののくしかなかった。


 と、ピタリと残心を解いた婆さんが、こちらを振り返りもせずに鋭い声を放った。


 「……誰だい。そこでコソコソと乙女の秘密を覗き見してる奴は」


 乙女。


 その単語が脳に届いた瞬間、ネット界隈で鳴らした俺のツッコミ魂が「どの口が言うとんじゃワレェ!」と激しく咆哮した。


 ──が、俺は全力でその魂をねじ伏せ、すっと両手を上げて茂みから這い出た。


 「……俺だよ。音が気になって見にきたんだよ」


 絶対に「どの辺が乙女だ、何百年前に過ぎた話だクソババア」なんて口が裂けても言わない。言えるわけがない。


 俺はまだ死にたくないし、自分の命は地球よりも重いと思っている。あんな大砲みたいな足踏みと正拳突きを生で見た後じゃ、余計に、だ。


 「そうかい。あたしゃ日課の軽い運動だよ」


 軽い? 運動?


 あんな大砲の着弾みたいな音を響かせておいて、それが軽い運動だって!?


 俺はてっきり、これからどこかの組織か国でも一つふたつ潰しに(殺りに)行くのかと思ったぞ……!


 婆さんは己の拳を見つめながら、小さく息を吐いて肩をすくめた。


 「……ッ。年々、体の言うことが聞かなくなってるね。昔ならもっと切れがあったのに、今じゃこの体たらくだよ」


 あのレベルでも十分に人を一撃で即死させられる威力なのに、それ以上って……。このクソ婆さんの全盛期は一体どれだけ凄かったんだよ。もしかしてドラゴンを素手でボコボコに倒しでもしてたのか? この世界にドラゴンがいるかどうかは知らんけど、あながち冗談にも思えないのが恐ろしい。


 「いつまで見てんだい。あんたの仕事は終わったんだろうね」


 ギロリと向けられた鋭い視線に、俺は慌てて首を振った。


 「あんな音を出されてたら、気になって仕事どころじゃなくなるだろうが!」


 「ああ言えばこう言う奴だね。口が達者なよりは、先ずは行動で示しな」


 口が達者なのはどっちだよ、と心の中で全力の文句を返す。


 「はいよ。わかりましたよ……?」


 生返事をしながら背を向けようとした、その時だった。


 俺の視界の中で、婆さんの全身から、陽炎のような淡い光のようなものが、ふわりと漏れ出ているように見えた。


 「……ん?」


 目の錯覚かと思い、俺は何度も手の甲で目を擦ってみる。


 「どうかしたのかい?」


 「……あ、いや、なんか婆さんから光のようなものが見えたような気がして」


 しかし、もう一度しっかりと見据えた時には、その不思議な光は綺麗さっぱり消え失せていた。やっぱりただの気のせいだったのか。疲れが目にきてるな、うん。


 わけがわからないまま、これ以上ここにいて再度お小言(あるいは物理的な拳)を喰らう前に、俺はそそくさと退散して大人しく薪割り場へと戻ることにした。


 ──バタバタと慌ただしく去っていくおっさんの背中を、婆さんは静かに見送っていた。


 「……へぇ。あの穀潰し、少しは才能があるのかもね」


 立ち去った後、婆さんがそんな言葉をぽつりと呟いていたことを、当然、俺は知る由もなかった。










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