魔法が出ないなら物理で出せ! 必死の「ソニックブーム」を子供に完全論破されて土下座するおっさん。三十五歳
ブン! ブン! ブンッッ!!
「 ……くそっ、出ろ! 出やがれッ!」
俺は裏庭の隅で、救護院の備品であるボロいうちわを一心不乱に振り回していた。
風は出る。そりゃそうだ、うちわを全力で仰いでいるんだから。だが、俺が求めているのはこんな夏の風物詩みたいな生ぬるい微風じゃない。狙った標的を容赦なく切り裂く、カマイタチのような鋭い真空の刃だ。
「スウゥゥゥ…………フゥゥゥウウウウウ――ッッ!!!」
風がダメなら火だ。俺は大きく息を吸い込み、限界まで体内に溜め込んでから、腹の底から一気に吐き出した。某国民的忍者のように、親指を立てて口元に結び、体内のエネルギーを炎に変換するイメージで――。
「……ハァー。……うん、ただの吐息だな。ちょっと口臭が気になるレベルの、ただの熱い息だわ」
ちくしょう、ならこれならどうだ!?
俺はすっと腰を落として半身に構え、重ねた両手を腰だめに引く。
スッ……バッ! スッ……バッ!!
「……波ァッ! 波動拳ッ! どどん波でも可よッ!!」
手のひらを勢いよく前方へ突き出す。だが、いくら手のひらから衝撃波やら光線やらを放とうと、空気の壁を押し出すマヌケな肉体の運動音が響くだけで、謎のエネルギー弾が放たれる気配は万に一つもなかった。
「ちくしょう、ここまでやってダメなのかよ。こんな波動拳が出るまでコントローラーで必死に操作して左手の親指を豆だらけにしていた時以来の努力をしてもダメなのかよ!もうこれ以上どうすればいいんだぁあああ……っ!!」
いくらやっても、どれほど脳内イメージを研ぎ澄ましても、うんともすんとも発動してくれない『現象』の系統。
俺はあまりの虚しさと絶望に耐えかねて、その場に膝から崩れ落ち、地面に両手を突いてガックリと項垂れた。砂埃が俺の涙(※出てない)で微かに濡れる。
「おかしいだろ……っ! なんで『昇龍拳』と『竜巻旋風脚』はリアルで出せるのに、肝心の『波動拳』だけが撃てないんだよ……!」
これまでこの理不尽な異世界で必死に生き残るため、魔獣を拳と蹴りでボコり倒してきたせいで、俺の『強化』の技術は気持ち悪いほど実戦レベルで身についてしまっている。要するに、コマンド入力は完璧なのだ。それなのに、飛び道具だけがどうしても画面に出てくれない。
「俺には……俺には『現象』の才能が、一ミリも無いって言うのか……!? これほどまでに、オタク知識に裏打ちされた完璧なイマジネーション(中二病)があるというのに……! なぜだ! ……坊やだからか!」
誰もいない裏庭で、俺は独り、赤い彗星のトゲトゲしい名台詞を虚空に投げかけるのだった。
そんな虚しい名台詞が救護院の庭の虚空へと消え去った、その時だった。
いつの間にか、一人の救護院の子供が俺のすぐ横にすっと立っていた。子供は地面に落ちていたボロうちわを無言で拾い上げると、両手で恭しく構え、目を閉じて何やらぶつぶつと呪文めいた言葉を呟き始めた。
「……母なる大気の息吹よ、我が呼び声に応え、旋風となりて敵を切り裂けッ! ──アディコ・ネザカッ!!」
バッ!! とガキがうちわを鋭く振り下ろした瞬間、凄まじい突風が巻き起こった。ただうちわを扇いだだけでは絶対に起こり得ない、明確な指向性を持った『現象』としての烈風が、裏庭の砂埃を激しく巻き上げる。
俺は口を半開きにしたまま、呆然と目の前の光景を見つめることしかできなかった。
すると子供は、これ以上ないほど小憎たらしい「ドヤ顔」を俺に向けてニヤリと笑うと、うちわをポンとその場に放り投げた。そして、四つん這いで固まっている俺の肩に、ポン、と優しく、哀れみのこもった手を置いてこう言い放った。
「……これが『現象』だよ、おっさん。分かったら大人しく、お肉を運ぶお仕事に戻りなよ」
そう言って、子供は満足げに去りやがった。
「……はは。ははは。あはははははははッ!!!」
いいぜ。キレちまった。この異世界に来て、久しぶりに心の底からブチギレちまったよ……!
アラサーの元引きこもりニートであるこの俺を、あそこまでコケにして煽り倒したんだ。絶対に後悔させてやる。あのクソガキのドヤ顔を驚愕と絶望に染め上げ、度肝を抜かしてやるからよ! 覚悟しやがれ!!
それからの俺は、文字通り狂ったように練習を重ねた。
記憶にある、あらゆる遠距離攻撃を持つ二次元のキャラクターたちのモーションを脳内で再生し、片っ端からその肉体模倣を試みる。できるか出来ないかじゃねぇんだよ! あのクソガキに「参りましたお師匠様!」と言わせて平伏させる、ただそのためだけに俺の全意念(怨念)を滾らせるんだ!
「うおらぁああああああッッ!!! 出ろォオオオオオッッ!!!」
――そうして数日間の地獄の特訓を経て、俺はついに『それ』を会得した。
コホォオオ……コホォオオ……。
某暗黒卿のような呼吸を深く刻み、体内の意念を全細胞に行き渡らせる。そして、毎日の魔獣ハントで鍛え上げられた己の背筋を、極限までギリギリと弓なりに絞り上げる。
両の腕を鎌のように鋭く、鞭のようにしなやかに構え――そして、人間の限界を超えたトップスピードで、前面の空間へ向けて激しく交差させたッ!!
「ソニックブームぅうううううウッッッ!!!!!」
ドッッッ!!!!!
凄まじい爆音と共に、俺の手のひらから放たれた衝撃の風が、裏庭の木々を激しくへし折らんばかりの威力で吹き荒れた。凄まじい風圧だ。これならあのガキの突風など、文字通り木っ端微塵に吹き飛ばせる。
……って、いや待て。
これ、ただの常軌を逸した筋力とスピードによる「純粋な物理の力業(風圧)」じゃねぇかァアアアッ!!!
しかしだ。しかしだよ。手段はどうあれ、出たことは出たんだ。長年悩まされた頑固なお通じがドカンと開通した時のように、俺の手から確かに強烈な「飛び道具」がブチ放たれた。それは揺るぎのない事実である。
「フッフッフ……、ふははははッ! 相手は所詮クソガキよ! 物理の風圧だろうが意念の現象だろうが、口八丁手八丁でだまくらかせばなんとでもなるわ! 泣きっ面で這いつくばらせて、『おっさんスゲェ! ごめんなさい!』と言わせてやるぞぉお!」
俺は即座に例の子供を裏庭へと呼び出し、自信満々に特訓の成果(※ただの超高速素振り)を披露した。だが――。
「……ごめんなさい。もう許してください。本当にすみませんでした! もうその辺で勘弁していただけませんでしょうか! 私めが浅はかで愚かでございましたぁあッ!!」
バチコォオオン!!! と、庭の地面に思いっきり額を叩きつけ、頭を土にめり込ませる勢いで全力の土下座をぶちかましている俺の姿がそこにあった。
おかしい。どうしてこうなった……!?
子供の浅い知恵なんぞ、大人のハッタリでいくらでも誤魔化せると思ったのに、現実は非情だった。
「あのさぁ、おっさん……」
土下座する俺の頭上から、冷え切った、憐れみすら枯れ果てた子供の声が降ってくる。
「俺、おっさんと違って毎日いろいろ忙しいのよ。突然呼び出されたから何事かと思ったら……何それ? 思いっきりの腕の力で空間を振り抜いて、無理やり風を起こすって、意味がわからないんだけど。そんなただの脳筋な力業のどこが『現象』の意念なわけ? ちょっとそのへんの理屈、俺にも理解できるように論理的に説明してくんない?」
「ひ、一言もございませんッ!!」
痛い。子供のド正論のナイフが、俺の腐りきったプライドにザクザクと突き刺さる。
「っていうかさ、ぶっちゃけ子供だと思って舐めてない? こっちはね、親がいない救護院で毎日必死に生きてるんだよ。毎日ぶらぶらしてお昼寝キメてるおっさんと違って、遊んでる暇なんてないの。わかる?」
「すみません! すみません! もう本当に勘弁してください! 俺の精神的HPはとっくにゼロどころかマイナスです! 毒状態のまま歩かされてるくらいゴリゴリ削れてます!!」
「聞いてる? おっさん。だいたい最初の構えからしてさ――」
クソォオオオ! この世界の子供は精神年齢が精神と時の部屋に入ったんかってくらい成熟しすぎだろ! 元の世界のゆとり教育で育ったアラサーニートの貧弱なメンタルじゃ耐えきれねぇよ!
その後も俺は、額を泥まみれにしたまま、直立不動の子供から「大人のあるべき姿」について延々と説教を食らい続け、独身の自由(チート能力)を掴み取るための最初の挑戦は、ただただ惨めな敗北の歴史として俺の黒歴史ノートに深く刻まれるのだった。




