残飯と化したお弁当、および全方位から外堀を埋めてくる子供たちから逃亡して人間を辞めかけるおっさん
フゥ~~~、あぶねぇあぶねぇ! もう少しで取り返しのつかないレベルで最新の黒歴史を更新するところだったぜ……。
まったく、わざわざ飯を作って持ってきてくれるのは神の如くありがたいんだが、タイミングってものがあるだろう。……って、はっ!?
今、俺の脳内思考、エリシアが飯を持ってきてくれることが完全に『当たり前』の日常として馴染んでなかったか!?
馴染む俺、ガイルッッ!!!
……違う! 『俺がいる』だろッ!!
バ、バカな……ッ! いったいぜんたいどういう事だ……!?
あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ!
「俺は裏庭で大技の修得をしていたと思ったら、いつの間にか覇王様の接近を許し、しかもその存在をすんなり受け入れている自分がいた」
な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺自身も何をされたのかわからねぇ……! 頭がどうにかなりそうだ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。あの世紀末覇王の圧倒的なプレッシャー(気圧)に対し、俺の生存本能が勝手に「従属」を選択したというのか……!? クソぉ、認めたくねぇ……!
俺が裏庭の壁に背中を打ち付けたまま、アイデンティティの崩壊の危機に直面して激しく悶絶し、頭を抱えていたその時。
ふと、開け放たれた救護院の庭で、エリシアの困惑したような声が風に乗って聞こえてきた。
「あ、あの、皆さん……。それは、イチロウさんのために私が作ってきたお弁当なので、できれば食べないで欲しいんですが……」
「でもエリシアの姉ちゃん、一朗のおっさん、あそこの庭でなんか『くぁwsed』とか叫びながら一人で悶えてて、全然食う気なさそうだぞ?」
救護院の子供Aの声だ。
何を言っている。俺は今、脳内でポルナレフ状態になって忙しいんだ。飯なら後で美味しくいただくに決まって……。
「いえ、あれは……きっと何か、独自の深い集中をなさっている最中なのだと思いますので。後でしっかり召し上がっていただければと……」
「こんな美味そうなメシ、今食わないでいつ食うのよ! 今でしょう!」
今度は子供Bの生意気な声が響く。おい待て、冷めても美味いのがエリシアさんの弁当だろうが。それとお前は林先生か!
「い、いえ、そう言って美味しく食べようとしてくださるのは本当にありがたいんですけど……あの、本当に、イチロウさんの分は残しておいてあげてくださいね……?」
「うん! 大丈夫、俺たちの腹が満たされたら、ちゃんと残るから!」
……おい。
今、「腹が満たされたら残る」って言ったか?
それ、成長期の子供の胃袋が限界を迎えるまで食い尽くした後に残る「空っぽの器」か「パセリ」のことじゃねぇだろうな!?
「おいこら待てぇえええいッッ!!! 俺のために作ってきてくれた極上の飯を、俺抜きで勝手に食い進めてんじゃねぇえええッ!!!」
危機感を察知した俺は音速で食堂へと突入し、テーブルの上に広げられたお重へと飛びついた。……が、時すでに遅し。そこにあったのは、凄惨な略奪の爪痕だけだった。
「……おい。おい、クソガキども。ちょっとお前ら並べ。これは、なんだ?」
「見れば分かるだろ? 綺麗に肉を削ぎ落とした『骨付き肉の骨』だよ」
「こっちはシャキシャキの『野菜の芯』!」
「お重の底に溜まった『煮物の煮汁』もあるぞ!」
「「「 ほら、ちゃんと言われた通り残しておいたぞ!! 」」」
子供たちが一斉に、これ以上ないほど輝かしいドヤ顔でサムズアップを決めてくる。
「残飯って言うんだよこう言うのはァアアッ!!! 骨と芯と汁だけでどうやって俺の空腹を満たせってんだよ! 犬猫の餌やりじゃねぇんだぞ!?」
「ごめんなさい、イチロウさん……。私の方でも、必死にお重を死守しようとはしていたんですけど、皆さんもの凄い勢いで……」
エリシアさんが申し訳なさそうに眉を下げておろおろしている。くっ、エリシアさんが悪いわけじゃないんだ。全てはこの餓鬼(欠食童子)どもの、底なしの食い意地が張っているのが……。
ゴッ!!!
「あたっ!? 痛てぇ! な、何するんだよ婆さん!?」
背後から息をするように繰り出されたカザン婆さんの煙管スナイプが、俺の後頭部にジャストミートした。
「子供たちに食い意地を張って欲しくなかったら、あんたがもっと稼ぎを増やして救護院にたっぷり金を入れな、この穀潰し! 自分が甲斐性無しなのを棚に上げてガキ相手に怒鳴るんじゃないよ」
「そうだそうだ! おっさんがもっと稼がないから、俺たちはいつも腹をすかせてるんだぞ!」
「そんな頼りない経済力で、よくもまあ嫁が取れると思ってるのかよ!」
「嫁さん泣くぞ! 子供泣くぞ!」
「こ、こいつら……っ! 言いたい放題言いやがって……!」
カザン婆さんの言葉を盾に、ガキどもが一斉に「おい、早くこっちの姉ちゃんと結婚して養えよ」と言わんばかりのジロリとした、同調圧力の塊のような視線を向けてくる。おい、外堀の埋め方がエグすぎるだろ!
っていうか、その「嫁さん」って暗にそこの覇王様のこと指して……って、おい! あなた(エリシア)はそこで何を顔を赤くして、もじもじと照れていらっしゃるんですか止めろください!!
「え、あ、あの、はい……。その、お、お嫁さん、だなんて……」
「あ、おっさん泣かした! エリシア姉ちゃんを困らせて泣かしてるぞ!」
「ひでぇ男だ。なんて不誠実なやつなんだ!」
「エリシア姉ちゃん、こんな穀潰しでケチなおっさん、早く見切りをつけなよ!」
「あ、いえ、そんな……っ! イチロウさんは、その、とても面白くて、優しくて……本当に素敵な方だと思いますよ……?」
子供達の非難の嵐に対し、エリシアさんは両頬をりんごのように真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で俺を庇ってくれた。
だが、その純粋すぎる擁護が、逆に子供たちの視線をさらに冷たく尖らせる。子供たちの目が、完全に『おいこのハゲ!(※ハゲてない)、これほどの聖女にここまで言わせておいて、お前マジでいつまで独身でノロノロしてんだ早く結婚しろよ』という無言の凶器に変わっていた。
そ、そうやって……っ! そうやって全方位から俺を包囲して、お気楽独身ニート人生を終わらせようと追い詰めるな! うわぁあああああ(現実逃避)!!!
俺は頭を抱えながら、文字通り脱兎のごとく庭から逃げ出した。
「あ、逃げた」
「穀潰しな上に、いざとなったら逃げ出す卑怯もんだよ、あのおっさん」
「ねえ、本当にあんな情けないおっさんでいいの? エリシア姉ちゃん」
子供たちが一様にため息をつく中、エリシアさんは門から外へと続く扉を愛おしそうに見つめながら、ふにゃりと微笑んだ。
「はい。イチロウさんは、いつも新鮮な驚きをくださる、とても面白くて素敵な方です」
「……うーん。他人の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ、エリシア姉ちゃん。悪いこと言わないから、いっぺんお医者さんに見てもらった方がいいと思うよ。頭の」
「……?」
子供の本気のアドバイスに対し、エリシアさんの丸太のように太く強靭な首が、コテンッと可憐に傾いた。
「ちくしょうッ!! 全部テメェらのせいだ!! 責任取りやがれコンチクショーーーッ!!!」
「……いきなり怒鳴り込んできたかと思えば、ワケのわからん言いがかりをつけないでくれるか、イチロウ」
救護院から全力で逃走し、魔狩人衆の詰所に飛び込んだ俺を、頭が困惑半分、呆れ半分のジト目で迎えた。
「ワケわからんことあるか! エリシアだよ、エリシア!! お前らが、あの親切心の塊みたいな世紀末覇王を紹介してくれたお陰でさぁ! 俺の『お手軽お気楽極楽独身ニート生活』っていう完璧無比な人生設計が根底から崩壊しかけてんだよ! 責任取れやぁああ!」
「……エリシアは、素直で料理も上手い良い子だぞ」
「知ってるよそんなことは! 骨の髄まで知っていても、あの圧倒的な『外見(威圧感)』が怖いんだよ! 分かるかお前ら男共にッ!? いきなり背後から音もなくにゅっとあの(覇王の)顔を出された瞬間の、キャンたまがヒュンッって縮み上がる恐怖の感覚がッ!!」
「……まあ、その感覚については、同じ男として分からんでもないが。……だが、本当に良い子なんだよ。あの子は」
頭が遠い目をしながら、ほんの少しだけ同情を込めて頷いた。
「だから、知ってるんだってば!! 健気で良い子なのを理解してるからこそ、無下にするのも悪いと感じちまう『まともな倫理観を持った俺』が心の中に存在している事実が、なおさらおっかないんだよ! このままだと流されて婚姻届(仮)にハンコ押しちまうだろうが!!」
「……結婚すれば、間違いなく良い家庭が築けると思うぞ。あの子と一緒なら、どんな魔獣が襲ってきても家(物理)は頑丈に守られるだろうしな」
「やめろぉぉおおお!!! 外壁の防衛力じゃなくて、俺の精神の防衛力の話をしてんだよ! 俺は、俺は一生ひとりを満喫してのたれ死にたい独身貴族なんだよぉおお!」
頭を抱えてのたうち回る俺を、頭は哀れみのこもった目で見つめ、静かにパイプを咥え直した。
「……イチロウ。ひとつだけ、人生の先輩として良いことを教えてやる」
「なんだよ……! もしかして、この包囲網から脱出して結婚を合法的に回避する方法でもあるのか!?」
「――人間、諦めが肝心だ」
「一番聞きたくねぇんだよそんな絶望の重みがある言葉はァアア!!! も、もういっそ、この村から出て行って別の土地で……」
「……出て生きていけるか? お前の実力なら野良の魔獣くらいは対処出来るだろうが、他は? お前、常識も地理もなんも知らんお前が、この先ひとりでどうやって食っていく?」
「ど正論吐きやがって、クソぉがぁあああ!!!(正論のクリティカルヒット)」
ぐうの音も出ない。あまりにも圧倒的な現実の壁。
村を出たら餓死。村にいたら覇王の妻帯者。右を向いても左を向いても地獄。
こうなったら、生き残る道はただ一つ。
「こうなったら……覚えてやる! 覚えてやるぞぉおおお! 見てろよクソッタレがぁあああ!! 団扇でもなんでもブン回して、火でも嵐でも何でも出せるようになってやるわぁあああ!! 俺はニートを取り戻すぞ!ジョジョぉおおお!!!」
「……なんだか、今にも人間を辞める勢いの決意だな。そこまで嫌か、エリシアが。――いや、結婚するのがか」
頭の冷ややかな呟きを背中に浴びながら、俺は涙目で「楽してチート」の夢を捨て、生き残る(独身を守る)ための血の滲むような努力へと向かって、狂ったように咆哮を上げ続けるのだった。




