内政チートは一切不可! 門番の毛根にトドメを刺したおっさん、異世界の「魔法」の起源を知る
「いやさ、兵士のおっさん。最近つくづく思うわけよ。俺とおっさんのこのやり取り、さすがにマンネリ化してきたなって。そうは思わねぇ?」
「マンネリかなんだか知らないがね、ここは神聖な仕事場(関所)だって何遍も言わせるなよ……。頼むから早く帰ってくれ……」
町の重厚な正門の前。相変わらず槍を手にしたまま、いつ胃に穴が空いてもおかしくない顔をした兵士のおっさんに対し、俺は今日も今日とてウザい角度で寄りかかりながらの対話を継続していた。
「いやいや、繰り返しの天丼ギャグもさぁ、三回もやると読者も飽きてくると思うのよ。引き際ってのが大事じゃん?」
「飽きたんなら今すぐそのふざけたお喋りをやめて消えてくれな」
「でさ、話は変わるんだけど。この異世界って、なんかこう……もっと『異世界らしい変わったもの』とかないわけ? スライムの体液で作った謎の超便利液体とか、魔力の結晶で動くお掃除ロボ的なやつとかさぁ」
「知らねぇよ。そもそもお前がさっきから言ってる、その『異世界』の妄想設定なんか知るか」
「妄想じゃねぇよ! 現実にあった世界だよ! 俺の世界はこことは違って文明が超進んだ素晴らしい世界だったんだよ!」
「へーえ、そうかい」
兵士のおっさんは、ハエでも追い払うかのように適当に相槌を打つ。
「じゃあ、そんなに凄い世界だったんなら、お前のその知識とやらで、元の世界の便利なモノでもこの世界で再現して作ってみせたらどうだ? 町の奴らも喜ぶぞ」
「……」
俺は一瞬だけ真顔になると、何事もなかったかのように笑顔で話をループさせた。
「でさ、この世界でなんか面白いものない?」
「お前の元の世界の話はどこへ行ったんだよッ!? 聞いてんのかこの野郎が!!!」
ついに堪えきれなくなったおっさんが、槍をガタガタと震わせながら怒号をあげる。そんなおっさんに向けて、俺は逆ギレ気味にビシッと人差し指を突きつけてやった。
「ばかやろう! 誰も彼もが『異世界転生したら内政チート持ってる』と思うんじゃねぇよ! マヨネーズの作り方? 卵と酢を使うってことくらいは分かるよ! だけどな、配合の黄金比率(分量)とか、油を分離させずに混ぜるコツとかは一切知らん! 電気? 静電気ならパチパチ作れるぞ!」
「それは冬場であれば衣服の摩擦で誰でも作れるな。……つまりなんだ。お前は自分の世界のことを、ちっとも詳しく知らないのか? 一体どうやって生きてきたんだ、元の世界とやらで」
「親と爺さん婆さんが亡くなってから、自堕落に四畳半の部屋に籠ってネトゲ三昧してましたが、それが何か?」
堂々と胸を張って言ってやった。我ながら完璧に純度の高いクズの告白である。
「……きっと、お前の両親と祖父母は泣いてると思うぞ。草葉の陰で、今のお前の姿を見たら」
おっさんは、槍の穂先すら下がりそうなほどの、同情と哀れみに満ちたド直球の正論を放ってきた。だが、この程度の精神攻撃、鈴木一朗には一ミリも通用しない。
「ハッ! 何を言うかと思えば! 働かなくても一生遊んで暮らせるくらい莫大な遺産を残してくれた偉大なご先祖さまだぞ? きっと天国から『一朗、よくぞ我が家の資産をキープしたまま立派に働かず成長したわね』って笑顔で言ってくれるはずだわ!」
「……子が子なら、親も親なのか……?」
「子供が将来、働かなくてもいい具合にガッツリ金を稼いでおいてくれた、最高に素敵な両親と祖父母ですぅーだ!」
「……いや。やっぱり草葉の陰で、めちゃくちゃ泣いてると思うぞ、それ」
「はぁ……。じゃあさ、おっさん。この世界に特有な面白いものって、具体的に何か他にないわけ?」
「この世界特有の面白いものって言われてもな。俺にとってはここが普通の日常なんだから、どれが珍しいかなんて分かるかよ」
「じゃあ、こう……何かあるじゃん! ドラゴンとか、ダンジョンとか! 魔族とか獣人族とか、エルフとかドワーフとか! そういうファンタジーの王道的なやつらはよぉ!」
俺が身を乗り出して尋ねると、兵士のおっさんは顔を盛大にしかめ、本気で怪訝そうな表情を浮かべた。
「ドラゴ、ン……? ダン、ジョン……? すまん、お前がさっきから何を言っているのか、言葉の意味がさっぱり分からん」
「分かんねぇのかよ!? 異世界転生モノにおける一般常識だろうが! お前は今まで一体どんな義務教育(常識)を学んできたんだよ!」
「……お前のいた世界の常識を熱弁されても、こっちが知るかよッ! 異世界だかなんだか知らんが、ここに住み着いてるお前のほうが、いい加減この世界の常識を語れるようになれよ!」
「……ッチ。郷に入っては郷に従えってか……」
俺は深く、これ以上ないほど面倒くさそうにため息を吐いた。
「いいか、おっさん。俺は元の世界から『努力』とか『勤勉』とかいう暑苦しい言葉を服と一緒に置いてきちまったんだよ。よって、俺に学ばせるのではなく、お前が俺の世界の常識を新しく学べ」
「……お前、今自分で、ものすごく理不尽で身勝手なことを言ってる自覚はあるか?」
「気にするな。あんまり細かいことを気にしてカリカリしてると、その生え際がさらに後退することになるぞ?」
「ハゲてねぇよッッ!!! おい、ふざけたこと言ってると本当にこの槍で刺すぞコラァアアッッ!!!」
おっさんが顔を真っ赤にして、自分のデコを隠すように槍を振り回す。必死すぎるおっさんに向けて、俺はフッと妖しげな笑みを浮かべ、あえて声を潜めて囁いてやった。
「……まぁ、落ち着けよ。実は、俺の元の世界にはな、『毛生え薬』っていう、失われた毛根を奇跡の如く復活させる魔法の薬品が存在したんだが……」
ピクッ……!?
その瞬間、おっさんの目の色が変わった。怒りで震えていた槍がピタリと止まり、その瞳に「すがるような希望」の光が宿る。
「よし思い出せ。すぐ思い出せ。今すぐその薬の作り方を思い出せ、イチロウッ!!! それこそがお前が言っていた内政の話だろう!!!」
ガシッと両肩を掴まれ、もの凄い力でガタガタと揺さぶられる。俺は哀れみすら含んだ生暖かい笑みを浮かべ、残酷な事実を告げてやった。
「いや、作れって言われても製法なんか知らんし。そもそも、元の世界でそれを使ってるおっさんたちを何人も見たことあるけどさ……みんな一様に、ほとんど見た目が変わってるようには見えなかった(※効果には個人差があります)んだよね」
「……」
がっくりと両膝を地面につき、兵士のおっさんは槍を杖代わりにしながら、呆然と虚空を見つめた。
「……希望を、俺の希望を返せよ……」
「大丈夫。夢も希望も、いつだってそれを信じてる人に訪れるんだよ(たぶん。知らんけど)」
「……とりあえず。お前が俺を盛大にバカにして遊んでるのだけは、嫌でもハッキリと分かったぞ……」
「そんなことはないさ! はっはっはっは!」
まったく。せっかく異世界の有益な情報交換をしてやろうっていうのに、雑談すら満足にできない悲しきハゲかけたおっさんだな。
しかし、うーん。ドラゴンとかエルフとかはやっぱりいないっぽいな。それとも名前が違うだけで、実は存在してたりするのか?
「なあなあ、ハゲたおっさん」
「誰がハゲたおっさんだッッ!!! お前本当にいい加減にしないと、俺だって兵士のプライドと覚悟を持ってお前を本気で刺すぞッ!!」
「怖っわ! 門番が一般市民にガチの殺人予告してきたぞ! ばかやろう、ここには対象殺人を量産する眼鏡をかけたバーローな少年も、じっちゃんの名に懸けるIQ180の少年もいないんだぞ! 証拠不十分で確実に迷宮入りするわ!」
「お前の話は本当によく分からんぞ……! なんでそう、会話の主軸が横道ばかりに逸れるんだ……!」
「雑談なんてそんなもんだろうが。そんでな、おっさん。ドラゴンは知らないとか言ってたけど、この
国の名前って、たしか『マケドニア』だっけ?」
「『ドラゴニア』な。ああ、まあ、聞いた瞬間にちょっと響きが似てるなあとは思ったが」
お、ドラゴニア。やっぱり名前に「ドラゴン」が入ってるじゃん。
「そのドラゴニアって、何か名前の由来とかあるわけ? ちなみに俺の世界の『ドラゴン』ってのは、空を飛び、口から烈火を吐き、洞窟に金銀財宝を隠し持ってる最強のトカゲ生物な。男の子のロマンを凝縮した、嫌いな奴はいないと言われるほどの超人気モンスターなんだが」
「……どんな大層な化け物生物だよそれ。悪いが、国の名前とは何の関係もなさそうだな。『ドラゴニア』ってのは元々この地方の名前から来てるんだ。ドラゴニア地方を武力で治め、国にまで発展させたから、現在の『ドラゴニア帝国』があるのさ」
「あ、ここって帝国だったのか。ってことは、トップには偉い皇帝様がいるわけだ」
「ああ。現在は八代目の皇帝陛下が国を治めていらっしゃるぞ」
「なるほど吉宗か。普段は貧乏旗本の三男坊『徳田新之助』を名乗って、江戸の町を白馬で暴れ回ってたりしない?」
「なんで皇帝陛下が他国の町を暴れ回るんだよッ!! 滅相もない、いたって生真面目で立派なお方だという噂だぞ。まあ、俺みたいな末端の門兵が見たことあるわけないから、なんとも言えんが……。少なくとも、他国との大きな戦争も起こさずに平穏を保ってくださってるしな」
「あ、この世界って他国と戦争とかしてんの?」
「たまにな。何十年かに一度、忘れた頃に思い出したかのように仕掛けてくる小国があるらしいが……」
「へぇ。じゃあこの国自体は、今は戦争をしてないと」
「ああ。建国初期の二代目辺りまではかなり激しくやり合ってたって話だが、それ以降、この国内では大きな戦争は一度も起きてないはずだ」
「へぇ、そいつはすごいな」
人が集まれば必ず争いが起きるのが世の常だ。組織が大きくなればなるほど、その火種は巨大になるというのに、長年平和を保っているというのは素直に大したものである。
……と、そこで俺の灰色の脳細胞(※サボりのプロ)に、ふとある記憶が蘇った。
「あ、そういや一つ思い出した。兵士のおっさん、俺と初めて会った時にさ、この世界には『魔法』があるってドヤ顔で言ってたじゃん」
「……いきなり話が飛んだな。……まあ、確かに言ったような覚えがあるが、それがどうした?」
「いや、この世界で超常現象を起こす技術って、要は『意念』のことなんだろ? なんでおっさんはそれを『魔法』なんて大層な名前で呼んでたんだ? そもそも魔法なんて概念が、この世界にあるのか?」
「ああ、それはな。かつて『シンザン様』と呼ばれる、天元流の凄腕の雲水(放浪僧)の方がいらっしゃったんだが……その方が各地を訪れた際に使われた技が、あまりにも凄まじかったらしいんだ。火を巻き上げ、大地を穿ち、嵐を呼んだと、まことしやかな噂話が世界中に飛び交ってな。であれは一体何なんだって話になって、誰かがシンザン様に直接聞いたらしい」
「なんて答えたの?」
「シンザン様曰く、『魔獣を打ち倒すための法ゆえに、私はこれを「魔法」と呼んでいる』……と。そこから一気にその呼び名が民の間に広まったんだよ」
「……」
おいおいおい。意念を練り上げるだけで、火を回したり嵐を呼んだりなんて芸当が本当にできるのか……? 俺だって毎日それなりに意念を使って森の魔獣をボコってる(※生存戦略)けど、そんな派手な現象は逆立ちしたって出来んぞ。
「それぶっちゃけ、尾ひれがつきまくったただのホラ話じゃないのか?」
「まぁ、そこは俺には分からんよ。俺だって実際にその目で見たわけじゃないんだからな。……どうしても真相が知りたいなら、お前の身近にいる『カザン様』に直接聞いてみればわかるんじゃないのか?」
よし。なら、あのクソ婆さんに直球で聞いてみるか。
そうと決まれば、こんな生え際後退おっさんと油を売っている時間はない。
「んじゃ、俺は真相究明の旅に出るから帰るわ。あばよハゲ!」
「ああ、何度も何度も言うが、俺の仕事の邪魔をしには二度と来るなよ、って誰がハゲだ!」
「はいはい、また明日来るからなー!」
「二度と来るなって言ってるだろうがァアアアッッ!!!」
背後から響く、おっさんの怒髪天(※薄毛)の怒号を小気味よく聞き流しながら、俺は『魔法』の真相を確かめるため、救護院にいる婆さんの下へと向かうのだった。




