見た目はリエン、中身はエリシアという幻想、 あるいはガラスの三十五代」
「た、たすけてぇえええ~~ッ!! ババえもぉおおおンッッ!!!」
休日が明けた早朝。俺は情けない悲鳴を上げながら、滑り込むように婆さんの所へと駆け込んだ。
「……朝っぱらから騒々しいねえ。だいたい、人を妙ちきりんな名前で呼ぶんじゃないよ」
婆さんはいつものように愛用の煙管をふかし、紫煙の向こうから、ゴミを見るような怪訝な目で俺を睨みつけてきた。だが、今の俺には婆さんの冷たい視線なんて痛くも痒くもない。
「呼び名なんてこだわってられるかってンやでぇべらぼうめぇええッッ!! こっちとらは昨日、推定体長二メートルの清楚系ボイスの世紀末覇王様に、ガチ恋の意味でロックオンされたんだよ! これじゃあ町の外(魔獣)だけでなく、安全なはずの町の中まで俺の命の危険が危なくなったんだよっ!!」
「……とりあえずさ、言葉は正しく使いな。あんたの言ってることは、何となくわかるけどさっぱり意味が伝わらないよ。『危険が危ない』って何だい。頭痛が痛いのかい?」
「うるせぇえええッッ!! 言葉の重箱の隅を突つくようなこだわりは、今すぐ横に置いておけ! とにかく俺の命が物理的に危ないんだ! お願いだから、あの世紀末を生き抜く人から逃げるための対応策か、秘密道具をくれ!!」
「だから、何に対してそこまで命の危険を感じてるんだい。落ち着いて話しな」
必死に机にすがりつく俺に、婆さんはやれやれと首を横に振った。
「覇王様だよ覇王様! さっきから言ってるだろ! 万力のような握力で、俺の右手をメキメキと握り潰しかけながら、目がガチのハートマークになってたんだぞ、あれは! 完全に『壊れないオモチャ(運命の男)』を見つけた目をしてたんだよぉおおッ!!」
「だからさ、その『覇王様』ってのは一体どこの誰だい?」
「エリシアだよエリシア!! 魔狩人のおっさん達が連れてきた、あの歩く最終兵器少女みたいなエリシアさんだよ! これで分かれよ!!」
俺が名前を絶叫した瞬間、婆さんはあぁ、と合点がいったように煙管の灰をトントンと落とした。
「ああ、あの娘かい。なんだ、あの良い子に見初められたのかい。そりゃあおめでとう。しっかり捕まえて、幸せにしてやるんだよ」
「ふ・ざ・け・ん・なッッ!!! どこが『おめでとう』だクソ婆ぁあああッッ!! あんな世紀末で覇王様と一緒に暮らしてみろ! 三日と経たずに俺の体は心身複雑骨折のバラバラ死体にされて、肉料理のレパートリーにされるわぁあああああッッッ!!!」
「まったく、何が不満だって言うんだい。贅沢な男だよ」
呆れたように紫煙を吐き出す婆さんに、俺は涙目で必死に食ってかかった。
「見た目覇王様で、好意の握手だけで俺を物理的に殺しに掛かってくるところだよ!! 命がいくつあっても足りねぇわ!」
「……はぁ。じゃあ、どんな子ならあんたは納得するんだい?」
「…………見た目はリエン。中身はエリシア。そんな感じの、ハイブリッドな美少女」
恥ずかしげもなくド直球な欲望を口にすると、婆さんは煙管を咥えたまま、じぃいーーっと俺の顔を三秒くらい見つめてきた。その目は、憐れみと軽蔑が七対三くらいで混ざり合った、なんとも言えない冷ややかなものだった。
「……あんた、自分の鏡を見て言ってるんだろうねえ?」
「う、うるせいやいッッ!! 三十五歳の無職(希望)が、異世界でちょっとくらいのプライスレスな夢を見ちゃ悪いって言うのかよ!!」
「悪かないがね、そりゃあ夢しか見れないよ。現実を見な、あきらめな」
「うわぁあああん! 生々しい現実を言うなよぉおおおッッ!! 繊細なんだよ俺の心は! 壊れそうなガラスの十代(※三十五歳)なんだよぉおおおッッ!!!」
「……はぁぁ……あんたね、先ずその訳のわからない言動を直しな。聞いてるとなんでか頭痛がしてくるよ」
おいおいと床に突っ伏して泣く俺に、容赦のない正論のナイフを次々と突き刺してくるクソ婆さん。チクショウ、この世界には俺の味方は一人もいねぇのか。
「……まあ、ちょうど良いと言えば丁度良いのかね」
ふと、婆さんが顎に手を当てて、そんなことを呟き始めた。
「あんた『天』はもう、それなりに出来るようになったんだろうね?」
「……ん? 天、天さん? すみませんが気功法は使えませんし、額に三つ目の眼もありませんが?」
「何をトチ狂った想像をしてるのかは知らないけどね! あたしが言ってるのは、意念の『天』の話だよ!」
「ああ、そっちね。はいはい、出来ますよ。まぁ、婆さんの劣化コピーとは違って、俺のはもっとこう、ドローン的な近未来的スタイリッシュ──痛い痛い痛いッッ!?!? 何するんだよ危険物で殴るなッ!!」
「減らず口を叩く前に、あたしに見せてみな!」
激しく煙管を振り回す婆さんから全力で逃げ出し、俺は言われた通りに意念の『天』を扱った。
すうっと意識が上空へと引き上げられ、自分の肉体を含めた周囲の景色が、まるでゲームの俯瞰神視点のように見下ろされる。
その様子をじっと観察していたカザン婆さんは、何やらフムと満足げに頷いた。
「……ふん。癪だけど、思ったより上達が早いね。これなら、もう一段階上げても問題なさそうだ」
「え? なに? 婆さん今、何て言っ──」
「よし、決まりだ。これからあんたは、次の修行に移りな」
「嫌です。絶対に嫌です。過酷な労働だけでキャパオーバーなのに、これ以上修行(拷問)を増やされてたまるかってんだ」
秒で拒絶する俺に、婆さんはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて、最大のキラーワードを投げかけてきた。
「これを覚えりゃあ、あのエリシアからも自分の身を守れるようになるよ?」
「早く教えろクソババァ!!! 今すぐだ! 今すぐそのチート技術を俺に伝授しろぉおおお痛いマジで痛いやめてっッ!! 打たないで! 灰が熱い! リアルに熱いからぁああああッッ!!!」
「本当に口の減らない、図体ばかりでかい大きな子供だねぇ」
煙管の乱打で俺を黙らせた婆さんは、ふぅと短く息を吐き、真剣な目をしてこう告げた。
「次の修行で、あんたには『空』と『甲』を覚えてもらうよ」
「くう? こう? ……なんだよそれ。ドラゴンボールの主人公(悟空)的なあれなの?」
謎の漢字二文字を突きつけられた俺は、頭の上に大量の疑問符を浮かべる。一体全体、この鬼婆は俺に何をさせようってんだ!?
「良いかい。よくお聞き。まず『空』はね、『心蝕』系統に属する技だ。相手の意思を読み取り、動きの流れを読み、その場全体の空間を制する。……で、もう一つの『甲』は『強化』系統の技だ。こちらは意念の力を、自分の体の皮膚一枚分の極薄の領域にまで極限まで圧縮し、強固な鎧のよう膜を張って身を守る。これが出来りゃあ、相手のどんな物理攻撃だって劇的に軽減することが出来るのさ」
婆さんは煙管を持ち替え、大真面目な顔で解説を続ける。
「まあ、あんたはこれまで『強化』系の修行しかしてないからねぇ。『心蝕』系の『空』を修めるのには少し時間が掛かるだろう。だから、まずはとっつきやすい『甲』の習得から始めるようにしな」
「へー、なるほど。……ちなみに、その修行の内容は? 出来れば、座って煎餅でも食べながら出来るような、めちゃくちゃ楽なやつが良いです」
「修行に楽もクソもあるかい、この怠け者が! 『甲』の修行はね、意念の操作を維持しながら、その体に鉄棒か何かを思いっきり打ち付けて、衝撃を完全に無効化して身に纏えるようになるまでひたすら叩き込むんだよ」
「そんなドM御用達の緊縛監禁拷問みたいな修行は断固拒否するわッッ!! 俺の性癖はそこまで歪んでねぇ!!」
「だったら、もう一つの『空』をやるんだね。こっちはね、目隠しをした状態のあんたに向かって、攻撃してくる相手の打撃をひたすら避けるだけの修行さ。まぁ、自分の体を棒で引っ叩かれる必要がない分、楽と言えば楽な修行だねぇ」
「楽じゃねぇわ!!! どこがどう楽なんだよクソババァ!! 目隠しして飛んでくる攻撃を全部避けろって、どこの暗殺拳の伝承者だよ! どんな手品を使えばそんな芸当が出来るんだよ!?」
「だから言っただろう、そっちは『心蝕』系統なんだよって。目で見るんじゃない、相手の『攻撃しよう』という意思の起こりを、気配の揺らぎを先んじて読み取るんだ。これが出来るようになれば、『空』は自然とできるようになる。……さぁ、頑張りな。泥水をすするような努力さえ惜しまなけりゃあ、出来るようになるよ。……あんたならね」
フッと不敵に、だがどこか愛弟子の素質を信じるような、温かい視線を向けてくる婆さん。
がんばり?
努力?
……なにそれ、おいしいの?
新種の異世界発祥のスイーツか何かですか?
頼むから、そんな少年漫画の主人公みたいな熱い期待の目を俺に向けないでくれ。
俺は血も汗も涙も流したくないし、一分一秒でも長く、寝っ転がってスマホ(※ないけど)をいじりながら自堕落に生きたいだけなんですぅううう。おのれぇええ、世紀末覇王エリシアァアアアッッ!!この恨み晴らさずおくべきかぁああッ!!!




