油圧式万力ハンドと、頬を染める覇王様
魔狩人衆のむさ苦しい詰所で、なぜか突如として思わぬ『お見合い』の話へと発展しそうな予感に震えている男が一人。
俺こと、鈴木一朗、三十五歳独身。希望職種は永久不滅のニート。
……だが、おかしい。何かが決定的に引っかかる。
出会いを紹介してくれると言い出した魔狩人衆の面々が、どいつもこいつも、そのお相手の話題になった途端、なんかこう……言葉を濁して避けているというか。差別や偏見ではないのだが、明らかに「特殊な生き物」を見るような目で遠い空を見つめているのだ。
「なぁ頭、本当のところを教えてくれ。そいつ、一体全体どんな地雷物件なんだよ」
「地雷とは人聞きが悪いな。見た目に関しては……まぁ、好みが激しく分かれるとしか言えんが、性格は決して悪くはないはずだぞ。さっぱりしていて裏表がないしな。なんでも料理をはじめとした家事全般がめちゃくちゃ得意だそうで、俺たちもたまに美味い飯をご馳走になってるくらいだ」
「そうだそうだ。あいつの作る肉料理はガチで絶品だからな……」
う〜ん。そこまで聞いてみる限りだと、花嫁修業の一環として家事一般技能を極限まで高めた、健気で家庭的な女の子って感じのプロファイルなんだが。
じゃあなんでお前ら、全員さっきから俺と目を合わせようとせず、不自然に泳いだ目線でボソボソと喋ってるんだよ。絶対に何か裏があるだろう。
実は裏社会で多大な借金を背負ってて、ヤクザに追われてるとか。あるいは、普通の男じゃ到底ついていけないような、業の深い特殊性癖(ハードなSMとか)を持っているとかさぁ!
「いや、借金はないぞ。むしろ、しっかり者だから将来の生活のためにコツコツと貯金して溜め込んでるって言ってたしな」
「性癖については、さすがに俺たちも知らん。ただ、あいつが口癖のように言ってる『男の好み』なら知ってるぞ」と、別の魔狩人が腕を組んだ。
「好み? どんな男がタイプなんだよ」
「『いざという時、私の前に立って、ガッシリと自分を守ってくれるような強い人物』……だそうだ」
そこだけ文字面通りに受け取れば、か弱くて儚げな、庇護欲をそそる王道の美少女を連想させられる王道のセリフなのだが。
カザン婆さん(鬼)やリエン(バトルゴリラ)という凶悪な生物が身近にいる今の俺の野生の勘が、最大級の警戒警報を脳内で鳴り響かせていた。
自分を守ってくれるような、強い人──。
だからお前ら、さっき「イチロウのあの妙な頑丈さなら行ける」とか言ってたのか。
おいおい、マジかよ。一体これから、どんな規格外の『怪物』が俺の前に現れるって言うんだ……!
「頭。外にエリシアを連れてきましたが……」
詰所の外へ出かけていた魔狩人の一人が、件の人物を伴って戻ってきたようだ。
……エリシアさん、か。
ほう、名前だけならネット小説のメインヒロインを張れるレベルの、非常に可憐で美しい響きじゃないか。いかんいかん、恐怖のあまり勝手にハードルを上げて化け物を想像していたが、案外、本当にちょっと背が高いだけの清純派美少女だったりする可能性も──。
「そうか。エリシア、急に呼び出して悪かったな」
頭が入口の扉の向こうへ向かって声をかける。すると、
「ふしゅるる……。問題ないですよ、マシラさん。それで、私のお相手になってくださるという方は……?」
地鳴りのような重低音の呼吸音と共に、詰所のドア枠の『上部』に頭をぶつけないよう、ギチギチと窮屈そうに身を屈めながら入ってきた『それ』を見た瞬間。
……………………………はっ!?
あまりの衝撃映像に、俺の貧弱な現代オタク脳の処理能力が一瞬で上限に達し、完全にフリーズした。
なに? あれ?
どこの世紀末からタイムスリップしてきた覇王様ですか!!?
推定体長、二メートル超え。
推定体重、余裕の百五十キロオーバー。
それでいて、胸元はち切れんばかりの爆乳に、不自然なまでにキュッと引き締まったウエスト。スリーサイズを強引に推測するなら、おそらくB110・W68・H90という、全盛期の海外のボディビルダーでも成し得ないレベルの奇跡のバグった超絶ダイナマイトボディ!!
そして何より、声だ!
あんな世紀末覇王様みたいな見た目なのに、どう聞いても清楚系ボイスだぞ!?のと!?はやみん!?おかしいだろうが!!
なのに──なのに、仕草や言葉遣いがめちゃくちゃ丁寧で礼儀正しいだとぉおおッッ!? 脳の処理が追いつかなくてバグるわコンチクショウ!!
料理が得意、だと!?
それ、包丁じゃなくてガチの巨大な大ナタを振り回して、獲物の『解体』が得意っていう意味の間違いじゃねぇのか!!?
いざという時、男性に自分の前に立って守って欲しい、だと!?
嘘つけぇえええッッ!! むしろ貴女の前に立つ男は、敵の攻撃じゃなくて貴女の放つ凄まじい威圧感(覇気)から身を守るための盾が必要だし、ぶっちゃけ単分子レベルで敵を殲滅する圧倒的な攻撃力を素手で持っていそうなんですけどぉおおおッッ!!!
エリシアさんはその見た目通りの規格外の体格で、一歩進むたびに「ドスン、ドスン」と、詰所の頑丈な床板を本気で激しく揺らしながらこちらへ近づいてくる。
その歩く大質量兵器のようなプレッシャーに、俺の貧弱な足腰がガタガタと震えそうになったその時。彼女は俺の目の前でピタッと足を止め、深々ときれいな礼を尽くしてきた。
「あなたがイチロウさんですね。私、エリシアと言います。……急なお呼び立てで驚かせてしまいましたか? どうぞ、よろしくお願いしますね」
……れ、礼儀正しい。言葉遣いも物腰も信じられないくらいお上品で、本当に性格が良いのが一発で伝わってくる。
だけどな、とにかく圧が強ぇんだよぉおおおッッ!!!
どう贔屓目に見ても、彼女だけファンタジー世界じゃなくて、核戦争後の荒廃した世界からバイクのケツに乗ってやってきた側の存在だぞ。
俺は助けを求めるように、周囲の魔狩人衆の男たちへ必死に目線を送った。だが、おっさん達は全員、なんとも言えない生温かい苦笑いを浮かべて目をそらすばかり。
あぁ、そういうことか……。俺は全てを察した。
このエリシアさんという女性、前評判通り本当に、純粋で、家事も得意で、性格も最高に良い人なのだ。ただ、あまりにも『見た目のギャップ(覇王)』がカンストしすぎているせいで、この町の男たちが誰一人として付いていけず、今日まで独り身のまま取り残されていただけなのだと。
「あ、ど、どうも……よ、よろしく〜……っッ!!?」
俺が引きつった笑顔で差し出した右手を、エリシアさんが「まぁ」と嬉しそうに両手で優しく包み込むように握り返してきた──瞬間。
メキメキメキッ!!! と、俺の右手に、まるで油圧式の万力でゴリゴリに締め付けられたかのような、凄まじいG(重力)と破壊的な質量が襲いかかった。
い、痛ぇえええええッッ!!
いま俺の手刀は意念の力で熊の骨を叩き割る程の硬度があるはずなのに、彼女の柔肌(鋼鉄)に包まれた途端、まるで未熟な果実みたいに簡単に潰されそうになってるんですけどぉおおおッッ!?
「ふふ。私が手を握っても壊れなかった男性はイチロウさんがはじめです。噂通りの頑丈な、とっても素敵な男性のようですね。……ふしゅるる、今後とも、ぜひ親しくよろしくお願いしますね?イチロウさん」
上目遣い(※見下ろされてるけど)で、ほんのりと頬を桜色に染める世紀末覇王ヒロイン。
……嫌です。俺は一ミリたりとも、今後ともよろしくしたくないです。
こうして、俺の記念すべき異世界初の『女性との出会い(お見合いのようなもの)』は、これ以上ない形で幕を閉じた。
──なお、これが「生きてて良かった」と思えるようなロマンスではなく、「二度とあの万力のような手と、地鳴りのような呼吸音に近づきたくない」と魂の底から誓った、恐怖の初陣であったことを、ここに深く、深く記しておく。
この世界には見た目美人で中身筋肉ゴリラ。見た目覇王様で中身良妻賢母な人の二択しかねぇのかよ!?




