三十五歳児、異世界で駄々をこねる。
「──でな、俺は声を大にして思うわけよ。普通、ネット小説とかで異世界に来たらさぁ、チート無双で可愛い美少女たちに囲まれて、ハーレムでキャッキャウフフするのが当然の流れじゃん! なのに俺はどうなの!?」
魔狩人衆の詰所──。
おっさん達のむさ苦しい体臭と革の匂いが充満する部屋の中で、俺は床に大の字になって天井を仰ぎ、魂の叫びをぶちまけていた。
「毎日毎日、したくもない過酷な肉体労働をクソ婆さんにさせられ。ゴリラ尼僧には修行という名の拷問をさせられ。娯楽もねぇ! 美少女もいねぇ! 周りを見渡せばおっさんしかいねぇ! オラこんな町いやだぁ、都会さ行くだぁアアアアアッッッ!!」
「……なぁイチロウ、お前が何を言いたいのか半分も理解したくないんだが。生きるために『仕事』が必要なのは、この世界の絶対的な道理だぞ?」
魔狩人衆の頭──おっさんが、呆れ果てた顔で冷たい正論を吐く。だが、今の俺は休日のリミッターが解除された無敵のクズだ。
「楽して生きてぇんだよ俺はッ!! 左手うちわで可愛い美少女をはべらせながら、取っ替え引っ替え、例の、あの茶色いビルの一角にある『例のプール』みたいな事をして人生をイージーモードで楽しみたいんだよぉおおッ!!!」
あまりにも生々しくも意味不明なニートの欲望に、部屋にいた魔狩人衆の男たちは「……お前、今の言葉の意味わかるか?」「いや、さっぱり……」と互いの顔を見回し、全員でシンクロするように首を横に振っていた。
「……ハァ。とりあえず、お前がそこまで言うほど『娯楽』が欲しいというのは分かった」
「そうだよ! なんか無いの!? お前ら普段、仕事以外で一体なにして過ごしてんだよ!?」
俺がガバッと起き上がって詰め寄ると、一人の魔狩人が顎を触りながらフムと呟いた。
「仕事以外で、か? そうだな……弓や矢の手入れをしたり。山に仕掛ける罠の調整を──」
「それは『仕事の延長線』だろうがぁああああッッ!! 俺が言ってんのはそういうことじゃねぇんだよ! 遊びだよ! 遊興! ゆとりが欲しいんだよ、ゆとりが! それがこの不毛の地には決定的に足りないんだよ!!」
喉がちぎれんばかりに力一杯叫ぶ俺に、見かねた魔狩人の一人が、どんぶりのような木製の器を持って近づいてきた。そして、その中にコロン、コロン、と、何やら見覚えのある六面体の骨で作られた物体を落とした。
「俺らは普段、どうしても暇な夜はこれで遊ぶぞ。遊び方は、まずこの器の中にサイコロを三つ──」
「チンチロじゃねぇかッッ!!! 圧倒的チンチロ(賭博)じゃねぇか!! そうじゃねぇんだよ俺が今求めている清らかな癒やしの娯楽はぁあああああッッッ!!!」
よりによってカイジ的なガチの地下労働施設ばりのギャンブルを提案された俺は、ドォンッ!! と床に力いっぱいに拳を叩きつけ、むさ苦しいおっさん達のど真ん中で、激しい悔し涙を流しながら男泣きを執り行うのであった。
「なんか他に無いのかよ他にぃいいッ! 毎日でも楽しめるような、もっとこう、令和の最先端を行くようなイカした娯楽はよぉっ!!」
床に拳を叩きつけ、涙目で喚く俺を見かねて、魔狩人衆の男たちが「うーん」と首をひねりながら、ぽつりぽつりとアイデアを絞り出し始めた。
「そう言われてもなぁ……。強いて言えば、年に一度の『収穫祭』か?」
「たまに、この辺りの領地を回ってる旅芸人の一座が来るな。あれは結構見応えがあるぞ」
「『精人祭』も、娯楽と言えば娯楽か?」
年一。たまに……。
……よし、完全にわかった。この世界、というかこの町には、日常的に消費できる現代的な娯楽なんてものは一滴も存在しねぇんだな。
終わった。完全にオワタ。鈴木一朗、異世界にて死す。享年三十五歳(精神年齢九歳)。死因、深刻なエンタメ不足による脳細胞の壊死。
「お前らなぁ! 百歩譲ってネカフェやネトゲがねぇのは許すよ!? でもファンタジーだろここ!? 酒場もなければ、男のドリームが詰まった娼館もねぇって、一体全体どういう治安なんだよこの世界はっ!!」
絶望のあまり机を叩いて立ち上がる俺に、魔狩人の一人が不思議そうに首を傾げた。
「酒場なんか、わざわざ金払って行く必要ねぇだろう。酒が飲みたきゃ、裏庭の果実を壺に詰めて自分で作れば良いんだからよ」
「それ密造酒だろっ!!? 刑法に引っかかるやつだろ!! どんな世紀末だよ!」
すると、隣にいたベテランの魔狩人が、遠い目をしながら顎ヒゲをなでた。
「あと、娼館についてだが……あれはなぁ、イチロウ。ぶっちゃけ当たり外れがデカすぎるぞ」
「そうそう。ヤバい店に当たると、一発で得体の知れない病気を持たされるからな。俺の知り合いも昔、股間が腐り落ちそうな病気になって寝込んでたぞ」
「衛生管理もなってねぇのかよぉおおおッッ!!!???」
中世だ。ここは文字通り、医学もクソもない、まごうことなき暗黒の中世ヨーロッパ風の世界だ……ナーロッパどこ行った!
誰だ! ネットの小説とかで「異世界に行ったらスローライフで幸せになれる」なんて適当なデマを流したヤツは! 今すぐ俺の前に出てこい!
俺が『天』の境地からの超精密手刀で、そのふざけた脳天を一発ぶん殴ってやるからなぁああああッッッ!!!
「……エンタメもなければ、まともな出会いもクソもねぇ。なぁお前ら、こんな絶望の砂漠みたいな世界で、俺は一体どうやってモチベーションを保って生きていけばいいんだよ……」
床に突っ伏したまま、シクシクと泣き言を漏らす俺に、一人の魔狩人がぽつりと呟いた。
「……出会い、か」
「……ん? なんだよお前、なんか良い情報でもあるのか?」
俺がギラリと血走った目を向けると、その男は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、俺は普通にかみさんがいるんだけどよ。今思えば、普通に出会って普通に結婚したなぁと」
「氏ねぇやッッ!!! 独身貴族の前で、のろけ自慢するヤツは全員まとめて氏ねやぁあああッッ!!」
「俺は、実家の家が隣同士だったな」と、別の男が乗っかる。
「お隣同士の幼馴染みからのゴールインとか、どこのラノベの1巻だよッ! 爆発しろ!!」
「俺なんか、嫁さんの一目惚れだぞ? あんまりにも熱烈に迫られて、その勢いで流されてよぉ」と、さらに別の男がニヤニヤしながら続く。
「リア充は爆発しろッッ!! 粉々に粉砕されて消えてなくなれぇええええッッ!!!」
魔狩人衆の、あまりにも順風満帆な結婚話の波状攻撃に、俺がいちいち大袈裟に絶叫してのたうち回るものだから、おっさん達はすっかり面白がって、からかうように次々とノロケ話を被せてくる。完全に詰所のオモチャにされていた。
そんな中、魔狩人衆の頭──おっさんだけは、顎に手を当てて何やら真剣な顔で考え込んでいた。
「……おい、イチロウ。そこまで本気で『出会い』が欲しいなら、一人、紹介できる奴がいるぞ」
「マジでっッ!!? 美人!? 美少女!? 欲を言えば、ニートの俺を養ってくれるくらい優しくて性格が良ければなお良いんだけど!!」
ガタッと椅子を蹴立てて食いつく俺に、頭はう〜んと眉間を寄せた。
「……いや、美人かどうかは人それぞれの好みの問題だろうな。性格は……まぁ、さっぱりしてる奴、かな」
すると、周囲のおっさん達の顔から一瞬でニヤニヤ笑いが消え、ゴクリと生唾を飲み込む音が響いた。
「頭……まさか、あいつを紹介するんで?」
「独り身で、イチロウと年代が近いってなると、確かに町内であいつしかいないだろうが……」
「なになに!? なんだよお前ら、その不穏な空気は! もしかしてそいつ、性格に致命的な問題がある人? スロカス、ヤニカス、サケカスみたいな、依存症トリプルスリーのヤバい女なのか!?」
「いや、別に悪い癖はないと思うぞ。ただ……そうだな、理想がちょっと高いだけで」
「あぁ、スペック厨ってことね? 年収とか職業とか気にするタイプ? ちなみに、ニートでも怒らない寛大な人ですかね!?」
「……う〜ん、たぶんイチロウなら問題ないとは思うんだが。おい、お前らどう思う?」
頭が話を振った瞬間、部屋にいた魔狩人衆の男たち全員の視線が、一斉に俺の全身へと注がれた。頭のてっぺんから爪先まで、ガチの品評会のような目でじっくりと見定められる。
「……たぶん、いけるか?」
「……イチロウの、あの妙な頑丈さなら、行けるかもしれないな」
「まぁ、見た目はあれだがな……」
「待て。ちょっと待てお前ら。最後の『見た目はあれ』って、一体どういう評価なのっッ!? 腕が四本あるとか、顔が般若とか、そういう物理的なアレなのっッ!!? 教えてくれよぉおおおおッッ!!!」
休日を潰して手に入れた、あまりにも謎すぎるお見合い(?)のチャンス。
おっさん達の含みを持たせた視線に、俺は出会いの期待よりも、得体の知れない恐怖で全身の毛を逆立たせるのだった。




