これぞニートライフ、ばーざーい
「グ〜スカ〜……、グ〜スカ〜……」
東の空からようやく太陽が昇りきり、誰がどう見ても「完全なる朝」だと認識できるようになった頃。
俺は、救護院の裏庭にある薪割り場にて、今しがた叩き割ったばかりのゴツゴツとした固い薪を贅沢に枕代わりにして、安らかなる眠りを全力で堪能していた。
「……これぞ、ニートライフ……ばーざーい……zzz」
まさに至福のとき。
ここ数ヶ月、バトルゴリラ尼僧にシバかれ、熊公と命がけの殺し合いをさせられ、クソ婆さんには連続煙管タップを喰らい……そんな地獄の連鎖を生き抜いた俺が、血と汗と涙の果てにようやく手に入れた、あまりにも尊い安息の時間だった。
「おーいイチロウ! いるかーっ!」
──が、そんな俺の至福の結界を、デリカシーなく踏み荒らしにやってきたバカがいた。
「イチロウー? お、いたいた。やっぱりこんなところで引っくり返ってたか。おいイチロウ、おーい!」
鼓膜を直接揺らすようなデカい声で俺を呼ぶのは、魔狩人衆の頭であるおっさんだった。
だが、今の俺は無敵の惰眠モード。断固としてその眠りから覚めようとはせず、狸寝入りを決め込んで薪に頭をすり寄せる。
「起きろイチロウ。そろそろ時間だ、いくぞ」
ぐいぐいと肩を揺すられ、ついに俺の堪忍袋の緒がブチ切れた。
「やかましい! 俺は心地よい眠りを妨げられるのが、一番ムカつくんだよ!」
ガバッと跳ね起きて怒鳴り散らす俺に、おっさんは一瞬怯みながらも、困ったように頭を掻いた。
「……いや、うん。眠いところを邪魔されて腹が立つのは、俺もよくわかる。わかるが、でもな、イチロウ。そろそろ時間だからよ」
「何の時間だよ!? 俺は見ての通り、今『眠るの』にめちゃくちゃ忙しいんだよ! 用事があるなら一昨日にしてくれ!!」
「いや、一昨日はもうとっくに過ぎてるからな!? あと『眠るのに忙しい』って言葉、俺の人生で初めて聞いたよ!」
(──また『初めて』かよ!? おっさん、お前はいったい幾つ俺に初めてを奪われれば気が済むんだよチクショウッ!!)
変なところで純情な乙女みたいな脳内ツッコミを入れつつ、俺は未だに重い瞼をこすりながら、おっさんを思い切り睨みつけるのだった。
「だけどな、イチロウ。そろそろ仕事の──」
おっさんが口を開き、その後に続くであろう『労働』という名の二文字を察知した瞬間、俺はビシッと人差し指をおっさんの鼻先に突きつけ、胸を張って言い放った。
「──だが断る」
「へ?」
「この鈴木一朗が最も好きな事柄の一つは、自分がニートであると自覚している時に、労働の誘いを蹴ってやることだ。どんなに好条件の案件を出されたとしても、プライベートな時間が持てないのであれば、NOと言いきる男だ。分かったらそこを退け」
どこぞの天才漫画家ばりの鋭い眼光で拒絶権を行使する俺に、魔狩人衆の頭は「何だこいつ……」と言いたげな顔で完全に引いている。おっさんはどうしたもんかとガリガリと頭を悩ませ始めた。
よし、このまま煙に巻いて二度寝の体勢に入ろう──そう思った、次の瞬間だった。
「いいからさっさとお行き! この穀潰しがッ!!」
ドゴォッ!!
「ぶっへぇえええええっッッ!!!???」
背後から放たれた無慈悲かつ鋭利な前蹴りが、俺の尻へと完璧にクリーンヒットした。
あまりの衝撃に地面を二、三転がりして泥だらけになった俺の視界に、煙管を片手に鬼の形相で立つカザン婆さんの姿が映る。
「さっさと連れてお行き、頭。もしこいつが道中でグズるようなら、背中から矢で撃ち抜いて無理矢理にでも歩かせりゃあいいんだよ」
「死ぬわッッ!!? そんなことされたら確実に俺の短い人生がシャットダウンするわっ!!」
「されないように這いつくばってでも働きな! まったく、ちょっと昨日褒めてやりゃあこれだ……」
婆さんはフンと鼻を鳴らすと、ブツブツと呪詛のような小言を吐き散らしながら、さっさと母屋のほうへと帰っていった。
あとに残されたのは、お尻をさすりながら涙目で震える俺と、苦笑いを浮かべるおっさんだけである。
「……じゃあ、行くか、イチロウ」
「……ここで寝てちゃだめですか? お願いです、見逃してください。何でもしますから(働くこと以外)」
「……いや、俺は見逃してやりたいんだがな。ここでモタモタしてると、あの婆さん、今度は本物の弓矢を持って出てくると思うぞ」
「……はい。すぐいきます。……ところで、その弓って石の矢かな?」
「……普通の鉄の矢じりだと思うぞ」
「……そっか」
カザン婆さんセカンドステージの襲来だけは、熊公との戦い以上に確実に命が危ない。
俺は一瞬でジョジョ立ちを解除して従順な子犬へと戻ると、鉛のように重い足取りで、おっさんの背中をトボトボと付いていくことを選ぶのだった。




