ひぃいいい! 俺、何しちゃいましたぁあああッ!?
ズンッゥゥ……ッ!!
重戦車のようだったイフガマの巨躯が、左右対称に真っ二つへと分かれ、地響きを立てて左右の地面へと崩れ落ちた。
あまりにも圧倒的、かつ、あまりにも静かな一撃だった。
「……」
その光景を、その場にいた全員が、呼吸をすることすら忘れて凝視していた。
魔狩人衆の男たちだけではない。おっさんたちと死闘を繰り広げていたはずの手負いの鹿──イモハニガキまでもが、完全に戦意を喪失した様子でガタガタと四肢を震わせている。
イモハニガキは、両断されたイフガマの死体と、その前に佇む俺の姿を交互に見つめると、次の瞬間、脱兎のごとき勢いで反転し、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。もう二度とこのエリアには近づかない、とでも言うような必死の逃亡劇だった。
「……すげぇ」
ぽつりと、誰かが声を漏らした。
人間業とは到底思えない超常の所業。武器すら持たぬ素手で、あのイフガマを大根のように両断したのだ。
魔狩人衆の男たちは誰もが、まるで神話の英雄でも見るかのような呆然とした目で、老木の前に立つイチロウの背中を見つめていた。
そして、その渦中のイチロウはといえば──。
「……ぁ」
一歩も動かず、無言のまま、木の棒が倒れるように真っ直ぐ前のめりに地面へと倒れ込んだ。
ドサッ。
「お、おい!? イチロウッ!!?」
一番近くにいた魔狩人衆の一人が、弾かれたように叫んでイチロウへと駆け寄る。
やはり、いくら強力な意念の技とはいえ、素手であんな無茶をすれば肉体が反動に耐えられるはずがない。もしかして命に関わる重傷を負ったのでは──!
男は青ざめた顔で慌てるようにしてイチロウの身体をひっくり返し、首筋に手を当てて容態を確認した。
「……おい、イチロウは大丈夫なのか!?」
頭のおっさんが悲痛な声をあげて心配そうに駆け寄ってくる。
しかし、イチロウの身体を検分していた男は、あてていた手をそっと離すと、何とも言えない、ひどく微妙な顔をして頭を見上げた。
「……頭。こいつ……寝てます」
「……は?」
「いや、ですから。重傷とかじゃなくて、ただぐっすりと寝てますよ、こいつ」
「はぁあああ!?」
どういうことだと、周囲の男たちもゾロゾロと寄ってきてイチロウの顔を覗き込む。
そこには、先ほどまでの神がかった鋭さは微塵もなく、いつもの締まりのない顔で「スースー……」と、実に気持ちよさそうに健康的な寝息を立てて爆睡しているおっさんの姿があった。
「……おいおい、マジかよ。あれだけのデカい事をしたから、一瞬で体力の限界を迎えて、落ちちまったってことか?」
「多分、そうかも知れないですね……。いや、それにしてもスゴかったですね、あれ」
「ああ。手刀一つでイフガマを真っ二つにするなんてな。最初はただの腑抜けかと思ったが……さすがはあのリエン姉ちゃんが、直々にうちの頭に推薦状を残していっただけのことはある男だぜ」
「全くだ。とんでもねぇ化け物を貸してもらったな……」
床に転がって泥のように眠るイチロウを囲みながら、魔狩人衆の男たちは、畏怖とリスペクトの混ざった深い溜息を漏らすのだった。
☆★☆★☆
ズンッゥゥ……ッ!!
重戦車のようだったイフガマの巨躯が、左右対称に真っ二つへと分かれ、地響きを立てて左右の地面へと崩れ落ちた。
あまりにも圧倒的、かつ、あまりにも静かな一撃だった。
──いや、ちょっと待て。
何だ今の。自分自身、一体全体何をしでかしたのか全く分からないくらいの出来事だった。
なろう小説でよく見る「俺、また何かやっちゃいました?」どころの話ではない。
「ひぃいいい! 俺、何しちゃいましたぁあああッッッ!!!」である。
走馬灯の中で思い出されたリエンの言葉に従うように、身体が勝手に動いたと言った方が正しい。無意識の中の意識というか、自分という意識は確かにあるのに、あのバトルゴリラ尼僧にシバかれながら反復練習で無理やり叩き込まれた薪割りと解体の動きを、俺の肉体が機械のようにオートマチックに実行していたのだ。
とにかく、自分が自分であって自分じゃないような、ひどく奇妙で恐ろしい感覚だった。
「……ぁ」
ふと視線を落とすと、地面に転がった熊公(半分)と、バチッと目が合った。
すでに死んで真っ二つになった顔の、その半分の剥き出しになった眼球が、じっと恨みがましく俺を見つめている。
(……ガクガクブルブルブルブルッッッ!!!)
あかん。
ゾーンが切れて現実に引き戻された瞬間、遅れてとんでもない恐怖の波が押し寄せてきた。
俺、本物のバケモノを素手で引き裂いちゃったの? え、ていうかこの熊の死に方グロすぎない!? 呪われる! 絶対呪われるこれ!!
(い、意識が……もた……ない……)
過呼吸の一歩手前で脳のシャッターが強制終了し、俺は無言のまま、前のめりにバタリと地面へと倒れ込んだ。
ドサッ。
「お、おい!? イチロウッ!!?」
一番近くにいた魔狩人衆の一人が、弾かれたように叫んで俺へと駆け寄る。
その光景を、その場にいた全員が、呼吸をすることすら忘れて凝視していた。
対峙していたはずの手負いの鹿──イモハニガキまでもが、完全に戦意を喪失した様子でガタガタと四肢を震わせ、脱兎のごとき勢いで一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
「……おい、イチロウは大丈夫なのか!?」
頭のおっさんが悲痛な声をあげて心配そうに駆け寄ってくる。
しかし、俺の身体をひっくり返して首筋に手を当てていた男は、何とも言えない、ひどく微妙な顔をして頭を見上げた。
「……頭。こいつ……寝てます」
「……は?」
「いや、ですから。重傷とかじゃなくて、ただぐっすりと寝てますよ、こいつ」
「はぁあああ!?」
どういうことだと、周囲の男たちも依って集まって俺の顔を覗き込む。
そこには、先ほどまでの神がかった鋭さは微塵もなく、恐怖のあまり失神したとは夢にも思えない、いつもの締まりのない顔で「スースー……」と、実に気持ちよさそうに健康的な寝息を立てて爆睡(気絶)している元ニートのおっさんの姿があった。
「……あれだけのデカい事をしたからな。一瞬で体力の限界を迎えて、落ちちまったってことか」
「そうかも知れないですけど、スゴかったですね、あれ。手刀一つでイフガマを真っ二つにするなんてな。さすがはあのリエン姉ちゃんが、直々にうちの頭に推した男だぜ」
「全くだ。とんでもねぇ化け物を貸してもらったな……」
本人は「熊の顔が半分こになってて怖い!」という情けない理由で失神しているだけなのに。
床に転がる俺を囲みながら、百戦錬磨の魔狩人衆の男たちは、畏怖と最上級のリスペクトの混ざった深い溜息を漏らすのだった。




