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思考の壁はサランラップ並み




 「ねーちゃんねーちゃん! 本当にその雲水のおめしもののままで、あんなでっかい恐竜ディラズィラを狩ってきたの!?」


 「はい。本当ですよ。ちょっとお洋服が汚れちゃいましたけどね」


 「すっげぇーーーっ!!!」


 救護院の子供たちが、キラキラと輝く純粋な眼差しでリエンを見つめて歓声を上げている。


 そりゃあ子供たちからすれば、身の丈の数倍はある怪獣をケロッとした顔で引きずってきたリエンは、おとぎ話の英雄か何かに見えることだろう。


 「どうやって倒したの!? 魔法!? 凄い技!?」


 「魔法ではなく、意念ですよ。そうですねぇ。私は『意念使い』の中でも肉体の『強化』を得意としますので──あ、イチロウさん。そこの関節部分は、もう少し刃を鋭角に入れて切れ込みを作ってください。──ええ、それでですね、ディラズィラのふところに飛び込んで、こう、ドカンと殴ってですね、一撃で打ち倒しました」


 「おおおおおっっっ!!! かっけえええええ!!!」


 リエンのあまりにも大雑把かつ暴力的な戦闘解説に、男児どもが興奮の絶頂に達して飛び跳ねている。


 だが、俺の注目ポイントはそこじゃない。


 (……待て待て待て。何なんだ、あの人……!?)


 恐怖のあまり、俺の背筋にゾクリと冷たいものが走った。


 リエンは今、子供たちに囲まれ、完全に俺に背を向けた状態で喋っているのだ。それなのに、俺がボロ包丁をどの位置に、どんな角度で当てようとしているかを、一切こちらを見ることなく完璧に把握して的確な指示を出してきた。


 マジで何なのあの人。後ろ髪をかき分けたら、後頭部に第3の目でもついてるのか? 妖怪百目の仲間か何かか?


 「ふふ、後頭部に目などはついていませんよ、イチロウさん。ですが、意念によって『五感の領域』を極限まで強化すれば、視界の外であっても周囲の空気の振動や気配で、ある程度は手に取るように分かるのです。……そうですね、今回は『強化』の応用ですが、もしこれが相手の精神に干渉する『心蝕しんしょくの意念使い』の熟練者であれば、背後の気配どころか、人の考えている思考(脳内)すら容易に読み取ると言われていますよ」


 リエンは振り返りもせず、さも一般的な知識を教えるかのように、のほほんと解説を付け加えた。


 それを聞いた俺は、ボロ包丁を握り締めたまま、心の中で全力のツッコミを叩きつけた。


 (……いや、あんた今、俺の脳内の「後ろに目がついてるのか」っていう考えを、一言一句違わず完全に読み取って返信してきましたがなァアアアッッッ!!!???)


 心蝕の意念使いじゃなくても、このバトルゴリラ尼僧の野生の勘の前には、元ニートの思考の壁なんてサランラップ並みの薄さで筒抜けらしい。


 俺はこれ以上変なことを考えてへそを曲げられたら命に関わると察し、ただただ無言で、大人しくボロ包丁を恐竜の皮へと突き立てるのだった。


 「くっ!? ぬ、ぬおっ!? ……クソッ、なんだ急にここだけ手応えが硬く──っ!」


 巨大な恐竜の肉塊と格闘する俺の手元で、ボロ包丁がガチリと虚しく止まった。


 「あ、イチロウさん。その辺りはディラズィラの筋が特に堅い部位なので注意してくださいね。う~ん、そうですねぇ……今のイチロウさんの実力なら、刃に込める『意念』を少し強めれば、すんなり切れるはずですよ。頑張ってください!」


 ちくしょう、後ろを向いたまま相変わらず気楽に言いやがって……!


 意念を強めろ、だと?


 要するに、さっきリエンが言ったみたいに、包丁に流し込むイメージ力をさらに研ぎ澄まして限界突破させろってことだろ?


 なら任せろ! そういう脳内設定の構築とイマジネーションの暴走なら、十年物の大ベテランであるこの俺の大得意分野だ!!


 イメージしろ。この手にあるボロ包丁は、ただの錆びついた鉄クズじゃない。


 すべてを切り裂く、次元をも断ち切る究極の神剣──。


 切れる。切れる。俺のこの手は、すべてを切り裂く『断空の剣』……!


 やってやるぜー!異世界の怪獣ごときが俺の暗黒の刃の錆びになりやがれェーーー!!!


 「あ、イチロウさん。それではちょっと──」


 「切りさけぇエエエエエエエーーーーーッッッ!!!!!」


 リエンが何かを言いかけるのと同時に、俺は脳内の絶叫と共にボロ包丁を筋目へと全力で押し込んだ。


 ……シーン。


 ……ピクリとも動かねぇ。


 「何でだぁああああああッッッ!!!???」


 俺の魂の叫びも虚しく、ボロ包丁は恐竜の頑丈な肉の筋にパツンと弾かれ、一ミリも刃が進んでいなかった。神剣どころか、ただの鈍器のままである。


 「……はぁ。ですから、何を思い浮かべたかは分かりませんけど、そういった『強すぎる思い(雑念)』は、純粋な意念としての出力を濁らせてしまうので発動することはありませんよ、と止めようとしたのです。少しずつ、少しずつ、自身の感覚を包丁へと『浸透』させるように行うのです」


 リエンがやれやれと首を振る。


 ……またしても、俺の妄想力が無駄に強すぎて、出力がパニックを起こしたのが原因なのか。中二病のエネルギー密度が高すぎて現世が拒絶を起こしてんじゃねぇよ。


 というか……おい。


 周囲にいる救護院のクソガキども。俺をそんな目で見るな。


 「うわぁ……なんか痛いおっさんが大声で叫んで自爆してるよ……」みたいな、腫れ物に触るような、心の底から『かわいそうなヤツ』を見るような目で俺を見るんじゃねぇ!!


 クソッ、この生温くて痛烈な視線、めちゃくちゃ見覚えがあるぞ……!


 そうだ、あれだ。まだ俺が日本の会社で辛うじて働いていた暗黒の社畜時代。


 名前から普段の言動、果ては仕事のスタンスまで、全方位に設定の煮詰まったガチの『中二病な奴』が中途入社してきた時、俺を含めた同僚一同が遠巻きに送っていた、あの「あっ……(察し)」という哀れみの視線と完全に一致しやがっている……!!


 (……すまん、あの時の元同僚のキミ。キミは何も悪くなかった。もし、もし万が一にも日本に戻ってあいつに再会することがあったら、今度は仏のような心で優しく接してやろう……)


 そして、俺は今まさに異世界で本物の超能力(意念)を手に入れました、と『ドヤ顔』で自慢して、マウンティングでマウントポジションを取ってボコボコにしてやろう。


 そんな、どこまでもセコくて器の小さい復讐の誓いを脳内で固めながら、俺は涙目でボロ包丁を握り直すのだった。


 ちなみに──。


 俺があまりにも脳内妄想の暴走と大スベリを繰り返し、牛歩の如きスピードでしか解体作業を進められなかったせいで、周囲で待っていた子供たちが完全に腹を空かせてブーブーと大合唱を始めてしまった。


 見かねたリエンが、「う~ん、仕方ありませんね。お腹がペコペコな子供たちを待たせるわけにはいきません。イチロウさん、ちょっと代わってください」と、俺の手からそっとボロ包丁を回収した。


 そこからの光景を、俺は一生忘れないだろう。


 結論から言おう。──秒で終わった。


 あのバトルゴリラ尼僧は、何をトチ狂ったかボロ包丁すら放り捨て、まさかの『完全なる素手』であのダンプカー並みに巨大な恐竜ディラズィラへと突撃したのだ。


 「ふんっ、はっ、たぁ、やぁあッ!」


 シュバババババババッ!!! と、裏庭に響き渡る高速の風切り音。


 リエンの手刀が白銀の閃光となって乱舞するたびに、ディラズィラの鋼鉄じみた鱗が、岩のように硬い筋組織が、まるで高級ホテルの完熟完熟豆腐のように滑らかに切り裂かれていく。


 骨と肉が面白いように綺麗に分離され、見る間に部位ごとの見事なブロック肉へと姿を変えていくのだ。


 ……怖ぇよ怖ぇよォオオオッッッ!!!


 なんなんだよあの人!? 怖すぎるわ!! なんで生身の手であんなに精密かつ美しく怪獣を解体できるんだよ!?


 しかも、あんな大量の血が噴き出してもおかしくない巨体を捌いておきながら、彼女の純白の雲水服には、返り血ひとつ付着していないのだ。意念の風圧か何かで血をすべて弾き飛ばしているとしか思えない。まさに神業、というかガチのバケモノである。


 呆然と立ち尽くし、腰が抜けかけている俺の元へ、リエンは肉の油で汚れることすらなかった綺麗な手をパタパタと払いながら、いつも通りの聖母の笑顔で歩み寄ってきた。


 「お待たせしました、イチロウさん。ふふ、そんなに驚かなくても、しっかりと修行を積めば、いずれイチロウさんもこれくらい出来るようになりますよ?」


 ニッコリ。


 「…………」


 俺は引きつった笑顔のまま、心の中で本日最大級の絶望の悲鳴を上げた。


 (それって、安易に俺をそこまでの領域に引きずり込んで、将来的に『一人で恐竜を素手解体できる戦闘工兵(ブラック奴隷)』に仕立て上げるってことですかねぇええええーーーーッッッ!!!???)


 楽をするために意念を覚えようとした元ニート一朗。 


 このリエンが思い描く「一朗の将来のハードル」は、すでに人類の限界を遥かに突破しているのだった。


 助けて、婆さん……駄目だ!あの婆さんはやりな!とか。努力しな。しか言わねぇ!俺はどっちにしても地獄じゃねぇか!!













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